第37話〔一体なにが〕⑫
ほんの少し前に居た騎士団の訓練場に再び訪れた自分達の前で、歩み寄ってきた女騎士が足を止める。
「何故、ヨウ達がここに居るのでしょう……?」
「それは……」
と、戯れついてくる幼女を蹴飛ばして、自身の手を叩いている少女を見る。
すると自分の視線に気づき――。
「――ん、なに?」
と言って、黒髪の少女がしれっと自分達の所に来る。
「えっと……――救世主様達は、ご両親をお探しに行ったものと」
「――そういうのは、もういいのよ」
ム。
「どうせ、気づいてるんでしょ?」
「……――何の、事でしょう?」
「ま。なんだって、いいけど。とにかく、そういうのはいいから。さっさと始めましょ」
言って、くるりと振り向き、座ったまま痛そうにしている幼女の方へと少女が戻る。
と――次の瞬間、軽い風圧を受ける程の俊敏な動きで、何故か女騎士が後ろに飛び退く。
「じゃっわッ――なっ、なんじゃっ。ビックリするじゃろぉもう!」
「めっ女神様……?」
ん?
次いでそそくさと、違和感を持つ自分の前に、女騎士が戻り。
「もっ申し訳ありません。突然お見えになりましたので……反射的に」
「……まぁよいがの。――ヌ、ヨウジよ。ソナタ、頬が切れておるぞよ」
なぬ。と思い。次いで、どこですか? と、尋ねて相手の示す所に触れる。
そして特に痛みはなかったものの確認の為に見る自身の指に、僅かな血を視認し――。
ム。
「だ、大丈夫ですかっ」
――顔がぐいっと、首の筋に痛みを走らせ、女騎士の方に引き寄せられる。
「イタタ。だっ大丈夫です。落ち着いてくださいっ」
「ぁ。――す、すみませんっ」
パッと自分の顔を掴んでいた両手が開き、軽く浮いていた片足と共に体の傾きが直る。
「いえ、問題はないです。傷も大したことなさそうなんで、気にしないでください」
きっと、さっきの飛び退きで小石でも掠めたのだろう。
「――それより、どうして急に? 女神様なら、ずっと自分の後ろに居たはずですけど」
「ぇ、そうなのですか? 私の目には突然、現れた様に見えました」
ム。
其処でスッっと、後ろに居た聖女が自分達に見える位置へと移動する。
「ワレを見ることができるのは、ワレの許可を得た者だけじゃと言ったであろう。じゃが、にもかかわらず、其の方が時折こちらを向くのが解せぬ。何故じゃ?」
「こちら……? そういえばここ最近、気配を感じて見たものの、何も無い事が度々ありました。あれは、女神様だったのでしょうか?」
ああ、なるほど。そういうコト……なのか?
と、自分には分からない感性に、内心で首を傾げつつも一応の納得はする。
「じゃからって、刃を投げることはあるまい。野蛮じゃ」
「もっ申し訳ありませんッ。あれも、女神様だったのですねっ」
そう言って女騎士の頭が起き上がり小法師の如く激しく平謝る。
「謝って済めば加護は要らぬ。汚名を返上したくば、成果で浄めるがよい」
「成果……? 何の事でしょう」
今一考えが及ばないといった感じで女騎士が相手の顔を真っ直ぐに見詰めて言う。
すると着ている物の長い袖を垂らし、聖女の細い指が幼い姿を示す。
「あの者との仕合、敗ける事は許さぬ。かというて、幼子に怪我を負わすなど以ての外。不測如何に関わらず、その場合は其の方に厳罰を科す。よいな?」
な。
「――さすがにそれは」
「分かりました」
全く声に乱れのない、力強い返事が自分の言葉に被さる。
ム……。
「ウム、よい返答じゃ。一応、期待はしておるぞ」
そして聖女がスーッと、小さな二人の所へと離れて行く。のを見送ってから――。
「――今の、よかったんですか……?」
次いで女騎士の顔が自分に向く。
「何がでしょう?」
「いやだって、その……明らかに不利では?」
「そう、でしょうか?」
ム――。
「――どういうコトですか?」
「えっと、確かに条件は偏っています。しかし、相手は子どもです。端から攻める心算はありません。ですから、不公平とは思いませんでした」
え――。
「――子ども? と言うと?」
はい。と、相手が幼女の方を見る。
「どの様な訳があってかは知りませんが、あの子は只の子どもではないと思われます。今のところ、注意深く観察はしていますが正体を知るまでには――至っておりません」
自分に向き直る女騎士が真面目な顔つきで、告げる。
「私の予想では、預言者様に関連した尊い家柄のお忍び、ではないかと思っています。どうでしょう?」
「……ええと。スミマセン、自分は詳しい事を知らされていないので……」
「そう、ですか。では救世主様達については、どうでしょう?」
「鈴木さん達? と、言うと?」
「先程まで救世主様と共にヨウが居た所は、ルシンダが度々足を運んでいる場所の筈です。そうすると、ヨウに疑いがない以上、二人の間に何か遣り取りがあったものと推測が可能です。――如何、でしょうか?」
「……知ってた――というか、見えていたんですか……?」
「いいえ、見えてはいません。しかし以前にルシンダが、あの場所を訪れる事を知ってからは気を付けるようにしていました。――ですので、二人のことも知る事が出来ました」
いや、どうやってよ。
とはいえ、そのへんの事を聞くと自分には理解が出来そうにないので――。
「――……そこまで、不審を感じているのなら、何故……?」
「それが私の務めだからです。形式に拘らず、出来うる限りの努力で、結果を出す。後ろめたく考える事などはありえません」
「……――そうですか。それなら、自分が口を出す事も、ありませんね」
次いで無意識に、体の側面を相手に向け。顔を背ける形で、小さな二人と宙に浮いた女性神を視界に収める。
「ただ、いざとなったら責任より、逃げる事を考えてくださいね」
「それは……――逃げるなど、出来ません。私はこの国の騎士です。どの様な時も、身命を賭して、立ち向かいます」
「ならその時も、自分はジャグネスさんの傍に居ますね」
「……何故、でしょう……?」
「だって――ジャグネスさんが特別危険な目に遭ってる時に、自分だけ安全な場所に居るのは我慢なりません。それに、それはもう約束しました。忘れたりはしてませんよね?」
と、視界を転じ顔を向ける先で相手を見据え、尋ねる。
「もっ勿論ですッ。私はそれを生涯、守ると誓いましたっ」
「なら、ジャグネスさんの居る場所が、俺の居たい所ですよ。それだけ忘れずにいてくれたら、あとは好きにしてください」
と言っても、実際は止めようがないのだが。――ん?
そう思い、一瞬の瞬き――後の開いた視界に覆い被さる硬い鎧が、重みと衝撃で転倒する自分の頭部を地面に叩き付ける。
死ぬかと思った。
生まれて初めて土の中に埋まっていく感覚と音を耳にして、なんとか生還した頭部を撫でながら内心で述べる。
そして、これから始まる二人の成り行きに目を向け。
――何事もなく終わればいいけど。と、やや距離を空けて訓練場の草木が疎らに生えた平地で対峙する二人、から幼い女子の方を見る。
最終的に二人の一騎討ちならぬ、模擬戦は――五分間の内に一撃でも入ったら敗け、という攻守を分ける内容となった。が、まさかの――。
「――……本当に、真剣でやるんですか……?」
自分と少女の間でフワフワと浮いている聖女を見て、問い掛ける。
正直、練習用の木刀みたいなのでやるのだと思っていた。
「当然じゃ。アレでヤるほうが判別しやすいからの」
ムム。
「しかしあれじゃのぅ。ハンデどころか、対等にもなっておらぬ」
ぬ?
「それはどういう――」
――って、あれ?
いつの間にか顔の様子が、もといそれ以前に容貌が変わっていた。着物姿の金髪美女に、誰かの面影が重なる。
***
離れた所で自分達を見る存在の他、誰も居ない訓練場を今の身の丈に合わぬ刃を掲げて走るホリの一撃が地面を掘り起こす。その威力は、幼い身柄からは予想だにしなかった出来事であり、躱したアリエルの目には歪に映る。
そして追撃、斜め上に返す刃をいとも容易く避ける女騎士の口から出る疑問。
「……――貴方は、どこかで騎士に指導を受けた事が?」
次いで、手元に引く剣を構え直し、相手に正面を向ける幼い体が姿勢を維持したまま、動きを止める。
「ハ、ハイっ。ちゃんと一人でも訓練は続けてますっ」
「一人? 訓練? 貴方は、騎士団に関係があるのですか?」
「え、ええっと――今は、あまりないと思います……」
「そう、ですか。ぁ、話をしながらでも、手は止めずに撃ち込んでください」
「ぇ。あ――ハイっ」
と、剣を持たずに立てた指でトントンと自身の腰を叩く女騎士の導きに従い、刃が振るわれる。
*
腰の辺りに振るわれた剣を簡単に、しかし自分には全く理解できない動きで避ける女騎士の姿に思わず、おぉ。と小さな感嘆が口から出る。
そして記憶に残らない、気がつけば顔の形が変わっていた金髪聖女を視界の端に入れる。
「ツマラン。あれではお遊戯じゃ」
というか、よくあの体で剣を振るってられるなぁ。




