第35話〔一体なにが〕⑩
「いいんですか? こんな感じで……」
ひとまず向こうの状況が進展するのを待つ間、隣でフワフワしている相手に現状の不満はないのかを問う。
というか、完全に外から見える位置に居るけど、大丈夫……?
「こんな感じとは、どんな感じじゃ?」
「ええと。いまみたいなのを繰り返せば、女神様は納得するんですか?」
どう考えても茶番なのだが。
「ウン、するよー。じゃって、おもろいやろ?」
「いや……オモシロいかどうかでは、ないんですけど……」
自分としては、もっと真面目に取り組みたい。
「まあ何をするにも、コミカルは大事じゃよ」
「……――身内の命運が、かかってますから」
そして互いに沈黙して、相手を見詰め合う。
と急に顔ごと眼を逸らされ。
「アレのどこが、そんなにいいのかねぇ」
「……どういう意味ですか?」
「まあ気にするでない。ソナタのたらしっぷりと冷酷さを称賛しておるだけよってに」
スッゴイ気になるんですけど。
そう思い。事の追求をしようとした矢先、少女が自分達の所に寄って来る。
「部屋に戻ってきたみたいだし。続き、やりましょ」
次いで、ム。と、石棒を持つ少女の方へ、体を向ける。
***
重厚感のある見た目に比例せず、柔らかな座り心地のソファに沈むホリの口から安堵の息が漏れる。と、自身の席には戻らず、アリエルは幼女の隣に腰を下ろす。
「無事に用を足せて何よりです」
「ハ、ハイっ。アリエル騎士団長のおかげです!」
そして、静かに女騎士が顔を向ける。
「貴方の目的は、何でしょう?」
次いで、へ? と幼い口から声が出る。
「貴方がただの子どもでない事は、既に把握済みです。ですから、目的は何でしょう?」
「え……ええっと、――ジ、ジブンはただのッ、いたって平凡なお子さまですよっ!」
「……――話せない理由がある、と言う事ですね」
再び、幼き声が口を飛び出す。
「たとえそうであったとしても、救世主様に託された以上、私がすべき使命は変わりません。しかしその目的が何であるかを知ると知らないとでは、警護の質も変わってきます。ですので、不都合がない限りで構いません。――事情を、お聞かせいただけますか?」
「ぇ、ええっと……」
*
……こ、これは。
「なんか完全に勘違いしてるわね。――ま、こっちとしては好都合だけど」
ふ、ふム……。
「じゃ。せっかくだし、うまい具合に利用させてもらいましょ」
ム?
***
じっとジブンを見据える真剣な眼差しにホリの口がアワアワとまごつく。
そして真意を知ろうとする強い視線に屈しかけた瞬間、幼い耳に声が届く。
『ダメ騎士、これから言うコトと、同じコトを言いなさい』
「ぇ? あ――ハイっ」
と衝動的に返事をする――幼い女子を、不可解な面持ちで女騎士が見直す。
「突然……何でしょう?」
「ぇ? あ――なっなんでもありませんっっ」
「……――ですが」
再び、幼き耳に声が届く。
「――ア、アリエル騎士団長っ」
途端に両手を握り締める幼女の上体が身を押し出すようにぐっと女騎士の方へと傾く。
「急に何でしょう……?」
「じ、じつはジブンっ、ただのお子さまではないんですよ!」
「……えっと、それを今……」
「でっでもッ騎士さまの熱意にワタシ、負けましたっ!」
「……騎士さま? 先程までと」
「こっ、こうなってしまってはっ――ア、アリエル騎士団長に! ワタシが課せられた極秘任務を手伝っていただくより他はありませんッ!」
「……――その、極秘任務と言うのは……?」
そして前傾姿勢のまま、幼女が黙り込む。
「――……どうか、しましたか?」
小首を傾げ、両手に拳をつくり勢いよく話し出した幼い女子の突然の静止に、女騎士が心配して声を掛ける。
「す……すこしっ、待ってくださいっ」
*
「どうしたんですか?」
石棒を持ったまま突然黙り込む少女を心配して、声を掛ける。
「んー。――なんて言ったら、いいと思う?」
え……。
「……どういうコトですか?」
「ぶっちゃけ、言ってるうちになんか思いつくと思ったんだけどね。駄目みたい」
エエ……。
「……ど、どうするんですか……?」
――早くしないと。
「水内さん、なんか思いつかない?」
そんなの急に言われても。
と、返事すら出来ずに困る。
すると近くに居た聖女がスっと紫色の石棒を持つ少女に顔を寄せて――。
「――どれ、ワレに任せてみィ」
***
「……いつまで待てば、よいのでしょうか?」
目につく動きもなく静かな部屋に無言のまま数分間も待ち続けた女騎士が、同じく勢い付けた姿勢のまま動かずにいる幼い女子に問い掛ける。
「も、もうすこしだと思います……」
「思う? 何故、思うなのでしょう? それ以前に、貴方まで」
そして幼い耳に声が届く。
「キっ、きましたッ!」
まるで天からの啓示を受け取る様に幼き両手が天を――もとい天井を仰ぎ、声を上げる。
「な……何でしょう?」
「――ハイっ。今まさにッ女神さまのお告げがきました!」
「お、お告げ……? 貴方は何を」
「お告げによればっ、ジブンとアリエル騎士団長が一騎討ちをしてッ勝負を争えとのコトですっっ――てええええぇええッッ?」
*
『――貴方は一体なにを言って……』
いやいやいや。
「どういうコトですか?」
というか、なにを。
すっと顔を引いて背筋を正す聖女が、低い姿勢から自身を見上げている、自分を見る。
「じゃって、暇じゃろ?」
「……暇?」
「いい加減、ぐだぐだ進行するのは厭きたよって、ここらでアクションが欲しいのよ」
エエ……。
「ヨウジとて、こんなよう見えん所から眺めとっても、ツマンなかろ?」
「オモシロいかどうかでは、ないんですけど……」
「またその話かえ。さっきも言ったがの、エスプリの効いた会話でなければ読者は喜ばんのじゃ。精進いたせ」
エ、エスぷ……?
そして出てくる少女、が――。
「その読者とやらが喜ぶ展開に、なりそうよ」
――と言って、石棒の先を自分達に向ける。
『詰まり貴方に勝てば、何者かを――何を目的としているのかを、教えていただける、と言う事ですね?』
『まっままっ待ッ待ってください! ジ、ジブンが言ったわけではッ!』
『はい。ですので、神のお告げに従って行ないましょう』
『か、神のお告げっ? 気は本気ですかッ?』
『……――私は、至って正気です』
気は本気……。――結構、好きかも。
次いで石棒から悲鳴の如き声が上がる。




