第32話〔一体なにが〕⑦
「今晩にでも、話せそうなら話しますんで。宜しくお願いします」
後の発端となりそうな出来事が一先ず収拾し集まった騎士達が各々場を離れていく中、極力周りの目を気にしつつ、こっそりと女騎士に言う。
すると何故かにっこりと微笑み――。
「――はい。私は何も心配していません」
ム。
「どういう、コトですか?」
「その、詳しい事情などは知りません。ただ、ヨウが居るのですから、危険な事はないと踏んでいますし。もし何かあったとしても、先ほど」
「なんか、メンドクサイことになっちゃったわね」
肩をすくめながら手の平を上にして欧米風に髪を揺らす少女が、オカッパ頭の騎士と幼女を伴い、やって来る。
そして片手に剣を持っていた騎士が、騎士団長。と言って相手に歩み寄り、物を手渡す。
「手間を取らせました。感謝します」
「本当に手間ですよ。どれほどの力で投げているのかは知りませんが、もっと加減をしてください。これではご主人さんの身を案じてしまいますね」
受け取った予備の剣を見て、剣身の根元近くまで付いていた木屑の様な汚れを一振りで払い落とし腕輪に収納する騎士の長を呆れた口調と表情で見つつ補佐役の騎士が述べる。
「ど、どうしてそこでヨウの話になるのですかっ」
「それを一番お分かりなのは、騎士団長だと、私は思いますよ」
「でしたら案ずる必要はありません。私の訓練は既に修了しておりますっ」
「何の事ですか、その訓練というのは……」
「え、っと、それは……――て、適合訓練ですッ」
まぁ間違ってはいない。
と、先の事もあり、発言の意図を汲み取りつつ傍観する。
「何に対する適合ですか……」
「勿論、ヨウに適合する為の訓練です」
「そんなご主人さんを環境みたいに言わないでください」
「よ、よいではありませんかっ。私にとってヨウは、帰る場所、生活の基点なのです」
「まるで住まいのヨウな扱いですね」
ついに不動産となってしまったか。
「ち違いますッ、どうしてその様な解釈になるのですかっ」
「今なら釈明の余地はありますよ」
「その様な事をする必要はありませんッ」
「相変わらず、頑固ですね」
ふ、ふム。
「貴方に言われたくありませんっ」
「む、それは聞き捨てなりませんね。私ほど柔軟で誠実な人柄も珍しいと思いますが」
「自身で言えば世話なしですッ。ルシンダ、貴方はその――じ、自意識過剰ですっ」
ムム。
「自分自身を意識するのは大切な事です。むしろ他人の目を気にし過ぎる人ほど、自己中心的だと、私は思いますよ」
「ア、ぅ。ど、どうしてっ貴方はそう口が減らない……!」
そして顔を寄せて睨む様に自身を見詰める女騎士とオカッパ頭の騎士が正面で向き合う。
其処に、足下の草をダンッと踏み、少女が出てくる。
「アンタ達、ふざけ合うなら、他所でやりなさい。こっちは後がつかえてんのよ」
「――救世主様、私達はふざけ合ってなど、おりませんっ」
出て来た少女に顔を向け、上体をやや傾けて女騎士が弁明する。
「そんなコトは、どうでもいいのよ。私はね。とやかく言う前に、やるべきコトをやれって言ってんのよ。分かる?」
と、珍しく強気な姿勢で意思を示す相手に、どこか荒っぽい口調で少女が返す。
すると臆した感じはないものの、はっと目を覚ます様な顔をして、女騎士が身を引く。
「申し訳ありません……」
「べつに、謝る必要なんかないわよ。それより、ちゃんと分かってるわよね?」
「ハイ。――そちらのお子をお預かりいたします。本日中のみ、で宜しいでしょうか?」
と全く緊張感のないポケっとした表情の幼女を見、女騎士が言う。
「ん、頼んだわよ。夕方には受け取りに行くから」
「かしこまりました。それまで私が責任を持って保護し、監視いたします」
「ん。ところで、どっか出かける予定とかはあるの?」
「今のところ、その様な務めは組まれておりません。――ですね、ルシンダ」
「はい、私が現状把握している範疇には存在しません。一応、これから事務室に戻り、確認はしておきますが」
「そ。なら、もし受け取りに行って居なかったら、不在票でも残しておくわ」
「承知しました。その際はお手数をおかけいたしますが、宜しくお願いします」
「ん、任せといて」
たぶん、鈴木さんは、分かってやってるな。というか、言ってる。
――そう、幼女を郵便物扱いしているであろう少女の微妙に上がった口角を見て、思う。
そうして各々が行くべき場所、やるべき事をする為に散会した後、自分は少女と共に案内された草むらに身を隠す事となったのだが――。
「――なんで、ルシンダさんが居るんですか?」
自分を少女と挟む形で、草むらから前方を見ているオカッパ頭の騎士に顔を向けて問う。
「なんで? ――この場所を教えたのは私ですよ」
「それは、そうなんですけど……」
一番に城内へ戻ったはずが、二人が居なくなった途端に現れ、その後は。
「いいのよ。――わたしが、その子にお願いしたんだから」
ム。
少女の方へ、向き直る。
「いつ――というか、なんのお願いを?」
「水内さんがこっそり、騎士さまと話をしてた時くらいよ」
ム――。
「――……聞こえてましたか?」
「まさか、さすがにそれは距離的にムリよ」
「そうですか。けど、妨げになるようなことは、言ってないつもりです」
「ん、分かってる。って言うかは、信頼してる、かしら」
「信頼ですか。それはまた、そら恐ろしいですね」
「ん――なんで?」
「……ええと、――気にしないでください」
「普通に気になるわよ?」
ムム。
「――……一応、確認をしたいのですが。騎士団長の動向を探るのが、ご主人さん達の目的ですよね? まさかとは思いますが後々、密会場所を提供した、とかにはなりませんよね?」
「――勿論、なりません」
「それは残念ですね」
え、なんで。
「……――ええと。ルシンダさんは、ジャグネスさんと仲良いんですよね……?」
「どこから出た情報ですかね?」
「個人的に見ていて、そう思ってます」
「でしたら、すじ違いですね。騎士団長と私の仲は、良くありませんから」
「え……そうなんですか?」
「はい、私が勝手に騎士団長を尊敬しているだけですね」
「え、尊敬? ――だとしたら、仲は良いのでは?」
「親近感と尊敬心は別物です」
ふ、ふム。
「そういう意味でも、私とご主人さんは似ています」
ム――。
「――どういう」
途端にグイっと腕の服が右側から引っ張られ、やや上体が傾く。
「はい、そこまでよ。ナニわたしのコトほっぽらかして、その子とイチャついてんのよ」
くるっと視界を転じる先で、草むらに身を隠しつつ双眼鏡で向こうの状況を見ていた少女がレンズを覗いたまま、そう述べる。
「そんなコトはしてませんけど……」
すると掴まれていた袖がパッっと放され、傾きが戻る。と次いで双眼鏡を下ろす相手がこっちに顔を向け――。
「――そろそろ、スタンバイしましょ」
「スタンバイ? 何のですか?」
「モチロン、検証する為の、よ」
ム。
「けど――この距離から、一体なにを?」
と五十メートルは優にある平らな土地を見渡す。
「ふっふー。当然、仕込み済みよ」
そう言って少女が、肩から下げているバッグに手を入れ、紫色の棒石を取り出す。
***
コチコチと時が刻まれる音を聞きながら、目の前に置かれたジュースの入ったグラスの表面をゆっくりと伝う水滴をただぼうっと眺めているホリの耳に、突然の呼び掛けが入る。
「ハ、ハイっ」
思わず反射的に立ち上がり、返事をする。と奥の席で書類に目を通し、署名をしていたアリエルは不可解な面持ちでソファに座り直す幼い女子を眺めたのち――。
「――どうか、したのですか……?」
そして、へ? と驚きの表情を見せ、直ぐに――。
*
『――なッなにでもありません! お構いなくです、ハイっ』
おお……。――向こうの声が聞こえるようになってる。
「ど。フェッタに頼んで、ちょっと改造してもらったの」
「なるほど。ちなみに、向こうはそれを知ってるんですか?」
「モチロン、言ってないわよ。ていうか、自由に発言できると人って勝手なコトをしだすから、ヘタに与えないほうがいいのよ。だからとりわけ、ナニするか分かんないバカってコワイから、気をつけないとね」
コワ。




