第31話〔一体なにが〕⑥
「頭部の方は傷らしい傷でもありませんので、使いの者を同伴させ、自宅まで送りましょう。――貴方の家は、どちらでしょうか?」
片膝をついた状態から、すっと立ち上がり。身長の差で、見下ろしつつ女騎士が言う。
「ぇ、ええっと――ジブンは街から外れた住宅地のハぃダイッ!」
さっと二人の所に行った少女が幼女の足を踏み付ける。というかは略、蹴り技のように見事な踏み込みだった。
「きゅ救世主様……?」
「――ぁ。ごめん、足がすべったわ」
そんなバカな。
と、痛そうにうずくまる幼女を見ながら思う。
「イ……今のは、どう見ても救世主さまから、ジブンの足に――ヒ」
自身を上から見る少女に顔を向けた幼女が小さな悲鳴を漏らす。
「――ん、なんか言った?」
「ス……スびません」
いや、なんで謝る。
「ん。――てワケだから、預かってもらえるわよね?」
そう、くるっと顔を女騎士の方へ、長い黒髪を舞わす様に少女が動かす。
「え? っと、どういうワケ、なのでしょう……?」
「わたし達が両親を捜してる間、この子の面倒を見るって、流れよ」
ム。
「な、流れ……? いつ、その様な話を……」
「今、わたしが決めたところよ」
「で、ですが、その……」
「なに、駄目なの?」
「いっいえ、決して、駄目などではないのですが……」
「なら、頼んだわよ」
「えっと……、わ――分かりました。お預かりいたします」
「先に言っとくけど、面倒を見るのは騎士さまだからね。誰かに押し付けたら、駄目よ」
「そ、その様な事はいたしませんっ。救世主様からお預かりした以上は、私自身が責任を持って、お守りします」
「ん、頼んだわよ。――ま、ついでに予行演習にもなるでしょ」
「……予行演習? 何のでしょう?」
「そりゃ、騎士さまに子ができた時のでしょ。ていうか、そんなの言わせないでよね」
「きゅ救世主様っ。ま、まだっ私達に子どもは!」
と、その場でバタバタと耳まで赤くして、女騎士が声を上げる。
「はいはい、分かってるわよ。だから、予行なんでしょ」
そして少女が、既に自分も把握している状況を、相手越しにチラ見する。
「――で。どうなのよ?」
「ど――どう……?」
「わたしより先に、女になった心境よ」
「きゅ救世主様ッ?」
「ま、相手は水内さんだし。悪くはないでしょ」
「わっ悪いなど! その様な事はっ決して!」
前傾した姿勢をとり、自身の胸に手を当てて女騎士が力強く口にする。
と途端にピクリと身動ぐ少女が、腰に片方の手を当てて肘を張り。
「……――なんか、イラッとしたわ」
「きゅ救世主様……?」
「念のために言っておくけど。いつまでも自分が一番だなんて、思わないコトね。少しでも気を抜けば、容赦なく、わたしは奪い取るわよ」
するとやや緩んでいた女騎士の頬と紅潮が引き、次いで姿勢が正される。
というか、さっきから何の話をしているんだろ……。
チラリと状況を見て、思う。
「私も、そうやすやすと――いえ、生涯、手放すつもりはありません。例え、救世主様と敵対しようとも、この気持ちが変わる事などありえません」
「ふーん。――アンタにできんの?」
「無論、過酷なものとは思います。ですが、その道は独りで歩く訳ではありません。愛する人と共に歩む、道のりです。其処に振り返る暇などはありません」
改めて胸に手を当てる女騎士が、穏やかな口調で少女を真っ直ぐに見据え、告げる。
「……言ってくれるわね。――ま、分かったわ。今は、そういうコトにしてあげる。けどね、純粋なだけじゃ男は悦ばないわよ。果たして騎士さまに、できるかしら?」
なんの事だ……?
と、何となく、趣旨が分かりかけてきた矢先の抽象的な転換に再び内心で首を傾げる。
「きゅっ救世主様――……も、――勿論ですっ」
「へぇ。結構、自信ありげね?」
「と、当然ですっ。妻女たるもの、亭主に尽くす術を養うのは至極の理っ、私とて例外ではありません!」
ム……。
「だったら。その理ってので得た成果を、一つくらい教えなさいよ」
「そ――それはっ」
「なに? ムリなの? ――なら」
「無理などではありません! た――例えばッ、その――……」
「その。なによ? 時間稼ぎなんてしたら、往生際が悪いわよ」
「時間稼ぎなどと、その様な――……」
「なら、早く言いなさいよ。言いにくいコトなら、今回だけにしてあげるから、さ」
「……ハ、ハィ。その――わ、私は、父以外に比較する……モ、モノをっ知りません。で、ですのでっ、断言することまでは、できませんが……」
「待って。それって、水内さんの男としての沽券に、関わるコトよね?」
ム。
「えっと……――そう、かもしれません」
「だったら。今は、なしよ。第一比較する対象が体格からして、釣り合ってないわ」
「ぇ? ――どういう、事でしょう?」
「そりゃ、個体差までは知らないけどね。普通、小さいモノは大きいモノには勝てないでしょ。だから、そのへん公平にしないと、いろいろ後で差し支えるわよ」
差し支える……? ――一体、さっきから、なんのコトを。
と、いい加減、口を挟もうと思った矢先に何故か食い付く感じで女騎士が顔を向け合って話す少女の方へと上体を寄せる――。
「――やはり、そうなのでしょうか?」
「な、なにがよ……」
「普通は、体格に比例するモノだと、私も思っておりました」
「……ま。絶対ではないと、思うけどね」
「はい。ですから私は、ヨウが特別、そうなのだと思っています」
「ん、ちょっと待ちなさい。――それ、どういう意味よ?」
「はい。私が思うところ、ヨウのは体格の割りに、肥大前後の容積や、父と比べての標準が常識を欠いている事で、前々から――ぇ?」
自分にはハッキリと分からなかったが、よっぽど気になる内容の話だったからか、はたまた別の理由か。――漸く、自身の後方に集まって来ていた騎士達の方へ、女騎士の顔が向けられる。
「……貴方達?」
次いでわなわなと体を震わす騎士の長――が、何を思ってか、近寄ってきた幼女に顔を向ける。と――。
「――あの、ジブン思ったのですが。ヨウジどのが変なのではなくて、王様が小さいという線は考えられませんか?」
途端に集まってきていた群集がどよめく。
「と言っても、ジブンは一度触っただけなので、確りと見てませんが」
ム……。――あ、そういうコトか――って。
閃くようにして繋がる一連の内容。だが、時すでに遅し。飛び付く勢いで幼女の頭部をガッチリと掴む王族騎士が――。
「――その話、詳しく聞かせて貰えますか?」
「ひッ、いダっミシシッッ!」
ああ……。
***
皆が去った後、滞っていた書類に目を通す作業をしていた預言者の居る部屋に、ノック無く、丈の短い赤の外套を羽織る少女が入ってくる。
「おや。皆、既に向かわれましたよ」
途端にピタリと、閉めた扉に片手を当てたまま、赤を羽織る少女が動きを止める。と、その反応を見て預言者は薄々察していた事を確かめる為――。
「――その様子からして、行き違いになりましたか?」
しかし返事はなく。反対に、預言者の胸を指で差し、少女が質問を投げかける。
「それ、いいの?」
立場も逆転し、今度はピタっと預言者の動きが止まる。が、直ぐに頬を緩め、口元に手を添えると。
「おやおや、豊満ゆえの悩みにお気づきですか。さりとて、こればかりはどうにもなりません。――いっそのこと、何かで吸い取ってしまうというのもありなのでしょうが、今はまだ、時機でもありませんし、困ってしまっています」
次いで先と同様に返ってくる事はなく。扉に触れていた少女の手が静かに取っ手を握る。
「……――取ってほしかったら、いつでも言って」
続いてカチャっと扉が小さな手で僅かに開かれ。
「ええ、検討しておきましょう。――して、もし皆と合流するのであれば、状況から察するに昼食を持参するのをおすすめします。そうすれば皆と共に洋治さまも喜ばれますよ」
「……――分かった」
と頷き。更に僅かな空間を開く少女の小さな身体が、その隙間を通り、部屋を出て行く。
そうして、再び一人になった預言者は窓の空を見上げ、無意識に――。
「取れるモノなら……とうの昔に」
――胸の奥から込み上げる言葉を口に出す。
*
今後の成り行きに支障のないよう配慮はしたものの。
「私は誓います。近い将来、必ずや、あのケダモノを二度と女神のもとから帰らぬよう、魂ごと、消滅させる事をっ!」
そして剣を掲げる女騎士に、周りの女性騎士達が同調して声を上げる。
すると痛む頭部を手の平で押さえつつ、それを見ていた幼女が自分の隣に来て。
「……なにやら、えらい騒ぎになりましたね……」
アナタの所為ですけどね。




