第17話〔そもそも死んでませんよ〕②
「大きいですね……」
摩訶不思議なコントラストが織り成す衝撃的な光景を見て、一言、感想を述べる。
――先の話を終え、連れてこられた地下の巨大な一室。その部屋の中央にある大きな台座には、細長い柱が四隅に立っており、直上では途轍もなく大きな球状の転移空間が放電現象の様にエネルギーを奔らせ、浮かんでいた。
地下なのに天井が高い。
「洋治さまはここから出てきたのですよ?」
上を見る自分の隣にやって来た預言者が、疑問の表情で、そう言う。
「来た時は視界が真っ白で、何も見えてなかったんです」
「――アリエル、転移空間から出る際は目を閉じるという注意事項を貴方、説明してなかったのですか?」
皆の後ろに居る女騎士へ振り返り、預言者が問う。
「申し訳ありません……」
先ほど散々怒られて落ち込み気味の女騎士が、立ったまま、体を小さく丸めて謝る。
「まァいいでしょう。貴方をいじめるのはこれぐらいにして、先を急ぐとします」
預言者様って、怒らせたら駄目なタイプだ。
そして顔を戻し、皆の前に歩み出た預言者が、こちらへと振り向いて、口を開く。
「御三方、異世界へ赴く準備の方は宜しいでしょうか?」
「自分は大丈夫です」
「いつでも、いいわよ」
「準備は万全です、預言者様」
「――では本日の予定を簡単に、ご説明させていただきます。主となる目的は救世主様の私物を持ち帰る事と、今後の活動資金を模索する事です。そして、言うまでもない事ですが、救世主様は勿論の事、洋治さまを護るのも、貴方の責務です。しかと心得ていますね、アリエル」
「元より、この身に代えても御護りする覚悟です」
「宜しい。では先に渡した石の扱いについて、何か質問は?」
「通信石の使用法なら不足なく、理解しました」
「宜しい」
「ただそれとは別に、お聞きしたいことが……」
「ええ、なんです?」
「お借りした石の中に、前回のような……」
「おや。根に持っていましたか?」
「そそ、そんなっ、根に持つとかではなくて、ですねっ」
「心配はしなくとも、今回渡した物の中に、その手の類は一切入っておりませんよ。ただ」
何故か自分に、視線が向けられる。
「気を悪くされては困りますので、先に申し上げておきます。洋治さまにお渡しした翻訳石にのみ、私の水晶に大凡の位置を示す機能が付いております」
「分かりました」
「――……よいのですか?」
「なにがですか?」
「いえ。貴方は、そういう人柄なのでしたね。――ええ、今のはお忘れください」
そう言われると気になるんですが……。
「あ、それはそうと――」
と言って預言者が、着ているローブの内側からゴソゴソと、取り出したのは――。
「――このような物が、前回の転移時に、アリエルと入れ替わりで装置から飛び出してきたのですが。もしや?」
――どう見ても、自分の下着だった。
「水内さんて、トランクス派なんだ」
キャー。
「――どうして、それが……」
あ、分かった。引き出しに入ってたやつだ。
「やはり洋治さまのでしたか。他の物も、こちらで預かっておりますよ」
「自分の、下着です……」
「なるほど、下着でしたか。それはそれは――、ェ」
途端に下着を広げて持つ相手が凍り付いた様に動かなくなる。
早くしまってっ。
「――……大変、失礼をいたしました。預かっている他の物も含めて、本日中に」
ナゼ懐に戻すっ。
「で、では、気を取り直して、出発を」
そしらぬ顔をして横を通る預言者を目で追う。――と、耳まで染めて赤面している女騎士が視界に入る。
キャー。
***
「救世主様、言い忘れておりました」
今まさに転移しようとしていた少女が立ち止まり、振り返って、答える。
「ん。なに?」
「救世主様は祈りの儀式をした事で、その身に女神の加護を御受けになりました。よって転移は単独で行き来が可能です。更に必要とあらば、他の誰かを連れ帰る事もできましょう。しかしそれ故、望まぬ者を連れ帰らぬように、細心の注意をお払いください」
「そ。分かった。他は?」
「ありません、以上です」
「じゃ。水内さん、行きましょ」
言って少女が、隣に居る相手の二の腕を持つ。
「え、ちょ、まっ。あ、そうだ、靴をぉおおお」
そうして転移空間に消えていく二人の姿を見送った後、預言者は独りになった騎士に顔を向け、思わず、声を掛ける。
「追いかけなくて、よいのですか? 貴方の婚約者が、他の女に誘拐されたのですよ」
「よ預言者様っ」
これまでの様子から昨夜の内に進展はなかった事を薄々勘付いていた預言者が、確信を持って、溜め息を吐く。そして。
「妬むより先に行動を起こしなさい。そうでなければ、彼女どころか、私にすら後れを取りますよ」
「預言者様っ、私はそんな」
「それはもうよいですから、早く行きなさい。今の貴方には優先すべき事が沢山あります」
「――……はい、申し訳ありません。では、行って参ります」
「ええ、十分に気を付けて、行ってきなさい」
そして深々と頭を下げ、転移空間に消えていく女騎士を見送った後も、預言者はその場にとどまり前を見たままで言葉にする。
「もう、よいかと」
呼応して、出入り口となる扉の陰から出てきた人影が預言者の方へと歩を進め。
「気づいておったのか?」
「ここは私が管理する場所ですので」
と言いながら、隣に立ち止まった人影を見る事もせず、預言者は迎える。
「まこと恐ろしいな」
「一国を治める王が簡単に恐怖を口にするのは、如何なものかと」
「そう言うな。我が娘に手を焼く王だ。そのくらいの弱音は吐こう」
「――して、どのような用件で?」
「あれは、どうだ。その、うまくやっておるのか」
「今の所は順調と言って、よいかと。本人は少々戸惑っているようですが。まァ今は突然意識し始めた幼心の段階でしょう。とはいえ他は年相応に成人しておりますし恋愛感情とて直ぐ」
「ふむ。――で、其方はどうなっておる?」
「何が?」
「相手はまだ居らんのか? もういい歳であろう」
「おやおや。――実は先日、王の秘蔵品がベッドの下に隠してあると、女神から啓示があったのですが」
そして二人の間に沈黙が流れた結果、預言者の言葉を肯定する意となる。
「私、冗談のつもりで言ったのですよ」
「王とは時に、沈黙を守らねばならぬ」
正面を見る顔を引き締め、王は言う。