第29話〔一体なにが〕④
「其の方はどうじゃ? 何かしら思うところはあるじゃろ?」
交渉の結果、速やかにやる気を見せる幼女から顔ごと視線を移す聖女がボサっと頭の魔導少女に声を掛ける。
「……――興味はない」
相手をチラ見したのち、やや眠たそうな表情で正面を向いたまま、少女が答える。
すると意味深長に聖女が目を細め。少し間を空けてから、口を開く。
「やはり見えておったか。――其の方、なかなかに長けておるの」
近くに居た自分の前を通り、相手に聞こえる程度の声量で言いつつ赤黒い髪を自由にさせている少女にスーっと近寄る聖女が顔を覗き込む様にして――というより、宙で逆さまになって静止する。
――そしてその際に捲れて落ちる着物の裾から脚が露出し――咄嗟に顔の向きごと床へ目を逸らす。
「ワレに力を貸せば、その分の見返りは保証するぞよ。さあ望みを言うがよい」
足元――といっても相手の身長的に手や腰の辺りまでは見えている。が、それとは違い視界の外に居る聖女の言葉に、少女の小さな指がぴくりと動く。
「……興味はない」
「そんな訳なかろう。其の方とて、欲しいモノはあるはずじゃ」
「……ない」
声だけで分かる、ぶっきら棒な返事。
「なるほどの」
次いで若干の間を置き、頷く感じで聖女が呟き。
「姉に、遠慮しておるのか。健気じゃのぉ。――しかしの、親族と言えど恋路は別々じゃ。慎んでおっては華も咲かんぞ?」
再度ぴくりと指が動く。と、その小さな手が軽く拳を作る。
「煩い……――向こうに行け」
「おうおう何とも怖い目付きじゃのぉ。姉譲りかえ? ぁーこの場合は、親譲りかの?」
瞬間――小さな拳が開かれる。と同時に青白い光りの球体が現れ、その手が上がった直後に視界の外、頭上の方で音と共に結構な風圧が自分の背を押す。
うぉお、っと。
咄嗟に足を少し前へ出し、踏ん張る。そして、振り返り。
あれ……?
これと取り立てるほど変わった所がない部屋の様子に、小首を傾げる。
……オカシイな。
そう思いながら、正面を向く。と視界に入る聖女の脚――急ぎ、下を見る。と、追うように小さな手が下りてくる。
「――残念じゃが、ワレは其の方とは存在しておる次元が違うんよ。ナニをしたところで、この身には触れるコトすら叶わぬ」
「……――関係ない」
「関係なくはなかろう。ナニをしても、無意味じゃよ」
「意味の有る無しを決めるのはアン――、……アナタじゃナイ」
「では其の方の趣意はなんじゃ?」
「……――知らん」
「なんじゃとて。どういうコトじゃ?」
「どうもこうも無い。ヨウとお姉ちゃんに危害を加えるヤツはジャマ、排除するだけ」
「――それが、其の方の望みかえ?」
「……そうだ」
ム。
そして小さな身体が動き出し、視界の外へ消えていく。
「どこに行くのじゃ?」
「――……散歩」
次いで部屋の扉が静かに開き、閉められる。
と視界に入ってくる、たった今部屋を出て行った少女よりも小さな顔が自分を覗き込む。
「ヨウジどの、どうしてさっきから床を見ているのですか?」
あ。――やっぱり目立つな。
顔を上げ、何故か元の姿より少なからず髪が伸びているものの目に付く幼女の頭皮を見ていた自分の所へ正位置になった聖女がフワフワと来る。
「ほんに皆、素直やないのぉ」
ム――。
「――それ、どうしたんですか?」
不確かな記憶ではあるが、全体的な均衡から、あったであろう相手の髪を指で示す。
「ヌ? ――ほあっ、なんじゃこりゃっ?」
と、見たところ大したものではないが、穴が空いた様に欠けた自身の髪形を見た聖女が宙で身を反らし、その驚きを身振りと手振りも加えて表現する。
「……――なにか、あったんですか?」
「イヤ、なにもないじゃろ。ワシ、神様だし」
理屈がよう分からん。
「ウーム。――まあ、よいか」
すると毛先が淡く光り、次いで穴が流されるように消えてなくなる。
おお……。
「――じゃ、行くとしようかの」
目の前の聖女が満足気にこっちを見、言う。
「え、……どこに?」
「何処? そんなのは鬼娘の所に、決まっておるじゃろ」
「……――行って、どうするんですか?」
「それを担うのが、ソナタらの務めじゃろ?」
「いや、まぁそれは……――まだ、なにも決まってませんよ……?」
「行ってから、決めればよいじゃろ」
「けど……――」
――思わず黒髪の少女を見る。
「ん? あー。わたしは、構わないわよ?」
ム。
「ていうか。騎士さまは今――どこに居んのよ?」
少女が預言者の方を向き、尋ねる。
「この時間ですと、朝の訓練が終わる頃合いかと」
ム。――もうそんな時間か。
「そ、だったら。そこに直接、向かいましょ」
「おや、直接でしょうか? 身を潜め、遠目に観察をなさらないのですか」
「最終的には、そうするわ。でも、まずは切っ掛けが必要でしょ?」
「ええ、仰るとおりです。それゆえ、ホリーをお使いになるものと」
「モチロン使うわよ。でもね、いきなり目の前にこどもが出てきたら普通、怪しむわよ」
確かに。――それに、ここは城内だし、余計に目立つ。
「では、どのような段取りを?」
「べつになんにも準備しなくて、いいわよ。わたしの手持ちで十分、足りるわ」
「それはなんとも心強い。さすがは救世主様です」
「ま。褒めたって、悪知恵しか出ないけどね」
つまり悪気のある計画なんですね。
「――てワケだから。さっさと、騎士さまのところに向かいましょ」
果たしてどうなることやら。
「さすれば案内は、ホリーに任せるといたしましょう」
「ん。大丈夫なの?」
「傷んだとて元は騎士、道案内が出来ぬほど用をなさない状態ではありません。――そうですね? ホリー」
「ハイ。お連れするくらいのコトはダメなジブンにだって出来ます。お任せください」
「期待していますよ」
というか現状自身の立場を、元、騎士だと思っている時点でダメな気がする。
「なら。――ダメ騎士、こっちに来なさい。先に渡しておくわ」
くるっと顔の向きを変えて幼女を見る少女。に、なんですか? と言って、元騎士が歩み寄る。と、自分の前に預言者がやって来て、着ているローブの内側から眼鏡のような物を取り出す。
「こちらを、お持ちください。何かの役に立つやもしれません」
「これって……」
「はい。以前お見せした、物を拡大して見る魔導器具になります」
「魔……――けど、それだと自分には使えなくないですか?」
「仰るとおりです。ゆえに、私の魔力を補充しております。しかしながら、使用は数分が限度かと」
ふ、ふム……。
「……いいんですか?」
「此度は遠目になることが予想されます。是非とも、ご活用いただければ、と」
うーん。――ま、折角だ。
「分かりました。そうしたら、少しの間、お借りしますね」
言って、相手から眼鏡を受け取る。
「洋治さまがお望みとあらば、今後それを私と思い、肌身離さずとも構いませんよ」
「……――いずれ、使えなくなるのでは?」
途端に衝撃を受けたような仕草で手を前へと出し、わざとらしく預言者がよろめく。
「や、やはり、若い方を望まれるのですね」
メガネの話ですよね?
「この先を曲がった所に、騎士団の訓練場があります」
預言者の部屋を後にして、自分を含む二人と一神を先導していた幼い姿の騎士が、そう言って先を急ぐ。
「あ、急ぐと危な」
言い切る前に、幼女が物の見事に石で出来た廊下の上ですっ転び、顔面から床に倒れズズっと音を立てて体を擦ったのち、動かなくなる。
うあ……。
次いで、急ぎ駆け寄ろうとした自分よりも先に曲がり角から現れた人物が膝を折って倒れた幼女の体に触れつつ、内容は分からないが、声を掛けたところで、行き着く。
「あれ、ルシンダさん?」
すると切り揃えられた髪の先を揺らし、倒れたまま動かない幼女の背に触れている相手がこっちに顔を向ける。
「……ご主人さん? ――どうしてまた、こちらに?」
「ええと。それが、その……」
何気なく、倒れている幼女に目を向ける。とオカッパ頭の騎士が自身の手の下に居る幼い背とこちらを交互に二度三度と見、最終的にはこっちを向いて――。
「――隠し子の散歩ですね?」
「違います」
というかペットみたいに言わないで。




