第25話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕⑥
いったん状況を落ち着かせてから、立って聖女と対面する自分の後ろに少女が身を隠す状態となり。
「――取り敢えず、何をするのか先に説明してもらえませんか?」
目の前でフワフワと自分達を見ている相手に問い掛ける。
「何と言われてもの。元より、その者が担うべき役目であろう?」
「担うべき役目……?」
後ろの少女に目を向けて聞き返す。
「そうじゃ。スズキーは、ワレがフェッタに命じて連れて来させた奉公娘じゃろ? であるなら、その淀みを捧げるのは本来の取り決め。祈りの契約じゃ」
ムム。
「――ちょっと待ちなさいよ。わたし、そんなの聞いてないわよ?」
背の服を掴んだまま横から身を乗り出して苦情を述べる様に少女が言う。
「ホウ。そうなのかえ? しかしの、それはフェッタの至らぬ点。ワレに言うのはお門違いじゃよ」
「なワケないでしょ。アンタ、立場上はフェッタの上司なんだから、部下の失敗は上の失態よ。ちゃんと、責任とりなさいよね」
ムム……。――後々の事を考え、やや不安になる。
と聖女がフンと息衝き。
「あいよ。ほんなら、世話になっちょる部下に代わってクレームの対応をしようかねえ」
「当然よ。そんなの、いちいち口にするコトじゃないわよ」
ムム。
「まあまあ、そう言うでない。従来、ワレが淀みを受け取るコトは、善い事なのじゃぞ」
「だいたい、その淀みってのが胡散臭いわ。抽象的な言い回しは詐欺の常套手段よ」
「そうは言うても、ソナタは既に一度、ワレに淀みを献上しておるではないか」
「ウソ。――いつよ?」
「儀式の時じゃ。そうでなければ、別世界の民であるスズキーがワレの加護を享ける道理はあるまい」
「そんな道理、そもそも知らないわよ」
ムム。――このままだと。
「あ、あの。質問してもいいですか?」
埒が明かないと思い、二人の話に割って入り聖女を見る。
「ン? なんじゃ?」
「ええと。その淀みというのは、結局のところ何なんですか?」
「そうじゃのぉ。一言で言い表すとの、外的要因が影響し易い魂の性質上いかんともし難い穢れが生まれるのじゃ、が本来その穢れは直ぐに発散するよって問題になるような厄介な仕組みではないんよ。しかしの、ソナタら人の子は望んで穢れを溜め込む気質ゆえに」
え、え。
「――そうして汚れた穢れは淀みとなり、溢れ出る事となるのじゃ。が」
全然、一言じゃないんですけど。
「――よって総じて、魂が放つ負の感情を、淀み、と呼ぶのじゃ。どうじゃ? 実に分かりやすく、まとめたじゃろ? なんなら褒めちぎっていいのじゃよ?」
結果としてはそうだが、余計な冒頭が評価を帳消しにしている。
「……ええと。その、負の感情というのは、具体的にどういうものなんですか?」
「ン? ああ、まあアレじゃろ。熱っぽいのに熱はない、しかし体が怠い。そんなかんじの症状じゃろうな。知らんけど」
でた万能の結び言葉。
「それに根本、ワレには無関係よって。具体的な説明は無理無体じゃ」
ふム。
「じゃが、あえて言うのなら――スズキーよ。ソナタ、儀式をした後と前で変わったと思うところはなかったかえ?」
「べつに……、なかったわよ」
やや考える素振りを見せ、少女が答える。
「そうかえ? 何か、こう内面的な蟠りが無くなりスッキリとした気分になったじゃろ」
「それは……」
と呟き、考え込む様子で少女が俯き加減になる。
「ワレが先ほど善い事と言ったのは、そういうコトじゃ。吐き出すべきものを吐かずに溜まった負は魂にとっての膿。取って損はあるまい」
なるほど。――けど。
「その膿を貰って、女神様はどうするんですか?」
「無論、食すのじゃ」
へ。
「アンタ……なに、キモチ悪いこと言ってんのよ」
いやいや、神様にキモチ悪いとか言っちゃダメでしょ。
すると思った通り白髪の聖女が、自分の背に身を隠している少女を、目を細めて見る。
ムム。
が次の瞬間には呆気なく視線が解かれ。
「勿論、ソナタらの様に口へモノを運び食すのではないぞ。手にした淀みを糧として、我が力に変換するという意味じゃ」
「ふーん。他人の不幸は蜜の味ってワケね」
その言い方よ。――というか鈴木さん、もしかして若干女神様を敵視してる?
「ソナタらとは存在しておる次元も、価値観も違うよってな。仕方のないコトなのじゃ」
「だったら、もう少し気を使いなさいよ。人間てのはね、案外脆くてピュアなんだから」
ですよね。と、神様相手に堂々と物言う少女の前で、強く共感する。
「……――お言葉ですけどね、神様だって日頃から気苦労してますぅ」
手に持っている花飾りの付いた麦わら帽子を縦にクルクルと回しながら不満気な表情をする聖女が軽く口を尖らせて言う。
「そんな恰好で言っても、説得力ないわよ」
ですよね。
「じゃ――じゃあナニよっ、神様は遊んじゃイケないって言うのッ? いいじゃない! 神様だって、遊んで遊んで、もう一つ遊びたいのよっ呆けたいのよっ!」
突然声を張り上げてぶっちゃける相手の主張に驚き、若干肩が揺れる。
「ま、まぁ落ち着いて……」
「ウム、落ち着こう」
速っ。
「しかしのう。冗談抜きで、そろそろ手持ちがヤバイのよ。ここいらで補充しておかんと頭も首もよう回らん。――でなければ、鬼娘の件を忘れて呆けるコトもなかったろうに」
正直、そっちは忘れてくれた方が助かるのだが。
「ふーん。というコトはアンタ、イマ、ピンチなのね?」
後ろに居た少女がひょいと前に出てきて、フワフワと浮いている神に問う。
そして、その見るからにあくどい感じからハッとなって自分と聖女が同時に察する。
「よ、よし。まずはソチラの言い分を聞こうではないかっ」
「ん。ソチラ? 取り引きする相手をソチラ呼ばわりするんだ? へぇ」
次いで神がグヌヌと唸る。
「ス、スズキーさんは……どのようなモノを、ご所望か……?」
「て言うか、高い所に居ないで下りなさいよ。見上げてると首が痛いわ」
なるほど。――足下を見るとは正にこのこと。
焦点の合わない表情をしたまま額の前で翳されていた手の平が下りる。
「ん。おしまい?」
「……――ウム。補給完了じゃ」
次いで表情の戻った白髪の聖女が頷きながら答えるのを見た後、少女の方へ目を向ける。
「なにも、変わってないわよ?」
「目に見えるモノではないからの。じゃが、気分は爽快になったじゃろ?」
「そう? べつに普通だけど」
「まあここに到着した時点で何でか淀みが減っとったよって、前回ほどの実感はないやも知れぬな。しかし紛うことなきスズキーの穢れを受け取り、ワレの懐はホクホクじゃ」
「……その表現、なんかイヤね」
たしかに。
「じゃが本に助かったわ。あんがとね」
「礼なんか、べつにいいわ。それより、ちゃんと約束、守んなさいよ」
「もっちロンじゃ。スズキーとの約束は魂の契約、違える事などありえんよ。スズキーこそ望みが決定したら、直ぐに言うのじゃぞ」
「分かってるわよ。でも、いつ言うかは分かんないわよ?」
「時機についてワレが口を出す気は毛頭なかよ。けんども早う言わんと、聞き入れるコト叶わぬよってな。懸念したのじゃ」
「どういうコトよ?」
「神は人と異なるライフスタイルで動いておる。――よって一旦深く寝付くと、最低十年は意識をロストする内気な性格なんじゃ」
そのわりに言動はアグレッシブですけどね。
「だったら。根性で起きときなさいよ」
そんなムチャな。
「そうじゃのぉ。スズキーが定期的に淀みを呉れるとあらば、話は別だの」
「なんで、そうなるのよ……」
「元来、淀みとはソナタらだけでなく神であるワレにとっても毒なのじゃ。したがって、それを取り込む際の反動は多少の眠気を吹き飛ばすほどに刺戟的なんじゃ」
え――。
「――それ、危なくないですか……?」
「ぶっちゃけ危険じゃな」
「なら、どうして……」
「分かっていても止められないのが、中毒じゃ」
なに真顔で言ってるの、この人。じゃなくて、神様。
「そういう訳じゃから、明日は朝一でフェッタの所に集合じゃぞ」
言いつつ聖女がくるりと自分達に背を向ける。
「え? 急――というか、何処へ……?」
「ワレはこれから、じっくりと、スズキーの穢れを堪能するんじゃ。――よって続きは明日、一分一秒も遅れずに来るのじゃぞ」
体をねじるようにして、こっちを向き。ビシッと指先を見せて告げた後、再びススっと動き出す聖女の後ろ姿が扉を抜けて消える。
ムム……。
「やっぱり。なんかイヤね」
そっちかぁ。
――そうして、次の日の朝。
部屋に集まった四人の前で、何故か申し訳なさそうにして預言者が。
「昨夜は遅くまで何やら……――直に、お目覚めになるとは思うのですが」
オーマイゴッド。




