第24話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕⑤
最終的に――。
「――あい分かった。ソナタのことは今後、スズキーと呼べばいいのじゃな?」
「ま……。もうそれで、いいわよ」
明らかに譲歩する感じで、自分達が座っているソファの前にあるテーブルの上でフワフワとしている聖女に少女が告げる。
ふム。――では折り合いがついたところで。
「それで、女神様は一体今まで何処に行ってたんですか?」
「ウン? なんのコトじゃ?」
ハイビスカスみたいな花の飾りが付いた麦わら帽子を取りつつ、こっちに顔を向ける相手が全く質問の意図を分かってなさそうなホワっとした表情と口調で聞き返してくる。
「……――ええと。遠方というのは……?」
「おお、その話かえ。――ウム、ワレは先ほど行楽地より舞い戻ったのじゃ。――よって、何はともあれ土産話を語り聞かせてやろうではないカ」
「え。いや、その前に聞きたいコトが……」
「聞きたいコト? マッタク、今も昔もヌシは手の掛かる男じゃのぉ」
なんかスミマセン。
「まあしゃーない。聞いてやろう。なんじゃ? 興が冷めぬよう手短にのう」
「……はい。――ええと、どうして、そんな行楽地に行ってたんですか?」
「どうして? 神であるワレが世界を見て回るのに疑問が生じるかえ?」
「そうではなくて……」
よし。――もうハッキリ言ってしまおう。
先日の一件から行方知れずとなっていた聖女に、起きた事と起きている次第を説明し終える。その上で、再度――。
「――なので、今まで何処に居たのかを……」
自分の話を聞いた相手が発する不穏な空気を察し、なんとなく言い切る前に口を閉ざす。
すると案の定、頭を押さえるようにして抱えながら、その宙でグルグルと不可思議な動きをし出す女の神が。
「ヌっはわァい、忘れとったァア。このワレとしたコトがなんたるチョンボっ! ああぁヘタこいたぁああ!」
そして、大きく仰け反ったのち、ガクリと項垂れる。
ム……。
しかし次の瞬間には、ぱっと顔を上げ――。
「――じゃが、かように問題ノー。ナゼなら女っ神ィ、ハイ!」
はい、そこまで。
そうして相手の理解を得たところ。
「ソナタの言い分はよう分かった。――よって、先の質問に答えてしんぜよう」
何故か今になって神々しい言動をして聖女が告げる。
「……お願いします」
「ウム。まずもって、ワレは遊んでいたワケではない。今の世が、どうなっておるのかを自ら出向き、調査しておったのだ」
「なるほど……――」
――その辺の事は聞いた積もりもなかったのだが。――しかし。
「で、その恰好は……?」
何よりも先ず、目に付く服装を知りたい。
「ヌ? ――おお、さすがじゃ。目の付け所が分かっておるのう」
いえ、目立っているだけです。
「この恰好はのう、南の方で流行しておるファッションじゃ。どうじゃ? なかなかに派手じゃろ?」
「……そうですね、凄く」
「ウムウム。まあアテクシとしてはー、もう少し普段にも取り入れられるぅ、コーデを意識した内容のビジュアルが好ましいのだけれどもぉ」
なんだろう。――どこぞのファッションコーディネートみたいな喋り方だな……。
「……ええと。で、話を戻しますが。ジャグネスさんを探しに行った後、何故そういった恰好に……?」
というか何故、観光に。
「ウム、よくぞ聞いてくれました。其の実、ワタシは孤立無援。四方八方、見たことのあるようなァ無いようなぁ、状況になったのじゃ」
要するに迷ったと。
「されどワレは神。暗雲低迷に直面してもヘコたれず、目頭をグッっとおさえ見知らぬ人の子に付いて行ったのじゃ」
迷子になったあげく、帰り道すら分からなくなり、泣きそうになったと。
「そして然るのち、なんやかんやで今に行き着いたのじゃ」
「な、なんやかんや……?」
「ウム。なんやかんやとこんなもんじゃ、どうしたもんじゃ?」
いやいや。
「それだと、肝心なところが……」
「まあそこはよしなに解釈しておくれ。それよりワタシャ、遠方から帰ってきたばかりで超絶歩き疲れておるのよ」
いや、浮いてますやん。
「ヌ。おヌシ、浮いてるんだから疲れてないでしょ、とか思ったな?」
思わずドキリと胸中が揺れる。
「え、えと。とにかく、帰ってこれてよかったですねっ」
と誤魔化すつもりで口走るも、次いでジーっと相手に見詰められる。
ムム。
すると急に、その眼が閉じられ。
「ま、よい。問い詰めずとも、答えは見えておる」
……ム?
そして瞼が開き。
「――よって、次はワレの番じゃ。ヨウジよ、ソナタはどうしてここにおるのじゃ?」
「ぇ? ああ。ええと、鈴木さんに会いに来ました」
「なんじゃ逢い引きかえ」
「違います」
「……なんじゃ、速答じゃの」
下手な誤解は絶対に避けたい。
「まあ疑われぬ努力は大事じゃがの。女子の前で無下な態度は感心せんの」
フワフワと浮いている相手が自分の隣に目を向けて言う。ので、ム。と横の少女を見る。
「――ん? なに? わたしは平気よ」
……ふム。
「ホウ。なかなかの強がりじゃの」
スッと少女に顔を寄せて聖女が告げる。
「べつに強がってないわよ。なに、勝手なこと言ってんのよ」
「勝手とな? 自らの意思で真意を曲げるスズキーではなく、ワレの方がか?」
「その真意を曲げるってのが、だいたいアンタの勝手な解釈でしょ」
「解釈? ワレは見たままを口にしたまでじゃ。世で言う、状況証拠じゃな」
「アンタなに言ってんの……。じゃ、なに。アンタの目には、わたしの心でも見えてるワケ? ――なワケないでしょ」
いつもの調子で相手を指し、少女が言う。
そして、いちお相手は神様なのだが。と、不安を感じつつ聖女の方に目線を上げる。
「ウム、見えておるぞよ」
へ。
「な、なに言ってんのよ……アンタ」
「まあ厳密には心ではなく、本音といったところかのう。――よってソナタの淀みは手に取るように偽りじゃと分かる」
次いで少女が言い返す事なく、渋い顔をして黙る。ので――。
「――それって、心を覗くのとは違うってコトですか?」
「心を覗く? なんじゃその、エライ中二病っぽいセリフは……」
中二……――というか、なんで、そんな言葉を知ってるんだ。
「よいか。ワレはそのような、ご都合主義を代表するような特殊能力など持っておらん。ソナタ達同様、目に見えるものこそが真実。リアルに生きておるのだ」
神様という架空の象徴、更には非現実的における最も都合のいい存在で何を言う。
「……――なら、その本音が見えると言うのは……?」
「ウム。ワレは人のみならず、魂の感情が見えるのじゃ」
「魂の感情……? それで、鈴木さんの本音が分かるんですか?」
「まあそうじゃな。心などというものがドコにあるのかは知らんが、魂は確実に存在するよって、判断材料としては申し分なかろう」
「と言うコトは、確定ではないんですね」
すると途端にジーっと見詰められて。
「――まあ、そうじゃな。されど人の持ち得る術で魂を偽る事など不可能。従って淀んだ理由を真偽の見極めとしたのは、頗る合理的じゃ」
ム……。
「大体ぃ、ウチはその淀みに釣られて来たのじゃからァ、見間違えるはずもないしのぉ」
ム。――どういう。
「という訳じゃから、スズキーよ」
ススっと聖女が少女の前に行く。
「ソナタの淀み、さっそく頂こうではないか」
そう言って伸びる南国帰りの手から、サッっと少女が身を引く。
「ちょっと、なにする気よ?」
言いつつ次に備えて少女が身構える。
「まあまあ、そう怯えるでない。なにも痛いコトはせんよ」
それでも構えを解こうとしない少女の不安げな瞳が、こっちを見る。
ム……――。
「――あの、女神様。いいですか?」
「なんじゃ? 今いいところよって、後では駄目か」
完全一方的にする側の発言なのだが。
「……ええと。後というか、鈴木さんが嫌がってるので、止めませんか?」
「ホウ。――イヤだと言ったら?」
自分に顔を向ける聖女が、何故か不敵な笑みを浮かべて、言う。
「なんで、イヤなのかを聞きます」
「……――理由などない、と言ったら?」
「さっき淀みがどうと言ってたので、それはオカシイと思います」
「じゃ、じゃったら!」
と相手が思い切った様に言葉を続け、自分に迫り寄る。のを尻目に、ソファから退避する少女を見守る。




