第23話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕④
さてと。一息もついたところで、気持ちを切り替え、隣に座っている少女に軽く体を向ける。とそれに気付いた様子で相手が、両手で持っていた湯呑みを置き、こっちに顔をやや寄せる形で座り直す。
「そろそろ本題って感じ?」
「そうですね。けど、現状大丈夫そうなんで。特に何かを言う必要は、なさそうです」
と言った途端に自分を見る瞳が心なしか薄れる。そして逸らすほどではないものの、少し目を横に動かし。
「水内さんは、わたしに……興味ない?」
ム。
「どういう意味で、ですか?」
「そ、ね。この場合は……人として、かな」
「人としてですか……。難しい質問ですね」
「そ。なら、少し内容を変えるわ」
「ぇ? それはどういう」
「――水内さんて、誰かに興味を持ったコト、ある?」
ム。――それは。
「どういう意味で、ですか……?」
「興味、関心って意味でよ」
「それは――勿論、ありますけど……」
「それって。一時的なもの? それとも、もっと知りたいって思ったから?」
「まぁ大抵は、一時的なもの、ですね。ただ最近、以前より気になるコトが増えた気はします。で、どうしてそんなコトを聞くんですか?」
途端に横を向く顔とその瞳に見て取れる影が差す。
「……どうせ、それって。騎士さまのことでしょ?」
「だけではないですよ。本当に、いろいろです」
「なら。今は……?」
「今は、どうして鈴木さんがそんなコトを聞くのか――、――いえ。どうして、鈴木さんがそんなふうに、辛そうな顔をしているのか、が気になりますね」
「……――だったら。どうして、それを、聞いてくれないの……?」
ム。
「聞いて、よかったんですか?」
「水内さんなら、ね」
そうすると何故良いのかが知りたい。が、保留して――。
「――では何があったのか、教えてもらえますか?」
できれば巻きで。と、やや表情に明るさが戻った相手を見ながら、内心付け足す。
「ん、とね。水内さんにも……親って居るわよね?」
「当然のように」
というか、疑ってみる事?
「よね。――でね、わたしにも親ってのが居るんだけど」
なんとも他人行儀な言い回しだな。
「……沢山、居るから。時々自分がどこに居るのか、分からなくなるのよ」
ム?
「沢山……? どういう意味ですか?」
「そのまんまよ。いっぱい居るの」
「え……けど、直接的な繋がりは……?」
「ま。その中に居れば、当然一人ね」
いや、当然て。
「……鈴木さんにも、誰が親か、分からないってコトですか?」
「そ。ちなみに両方よ」
へ。
「いや……ぇ、えと。詳しく教えて、もらえますか……?」
なるほど。――なんというか、その……。
「――てワケだから、わたしにとっての父親は、どっかで教師まがいの慈善活動をやってるバカで。戸籍上の母親は、カネの力でわたしの親権を手にした、クソ女よ」
……壮絶、イヤ強烈だな。
「そ、その、ク――おかあさんとは、仲が悪いんですか……?」
「良いとか悪い以前に、あっちはわたしのことなんて、興味ないわよ。もともとバカを惹きつける為に取った権利だもの。アイツがどっかに消えた時点で、邪魔者扱いされて邪険よ。――ま。おかげでこっちは、お腹がいっぱいになるくらい、父親が増えたけどね」
言いながら、見て分かるほど鬱屈していく少女の表情が俯く。
「……――えと。その……」
すると急に相手の顔が上がり。
「でも安心して。一番大切なモノは、守りきったわ。ていうか、そのへんの事情もあって、一人暮らしを始めたんだけどね」
何故か頬を吊るようにして上げ、少女が言う。
ムム……――。
「――駄目ですよ、鈴木さん」
次いでエと疑問の声が返ってくる。ので――。
「泣きたい時に笑うのは変、というか、駄目です。ちゃんと泣いてから、笑いましょう」
――瞳の僅かな震えを見遣りつつ、思う事を告げる。
そして暫し沈黙の時が流れた後、溢れるよりも先に前へと出てきた少女の顔が自分の胸を目掛け――抱き付いてきたので、驚きのあまり咄嗟に両手を上にあげて硬直する。が直ぐに自主的な解放を願おうと――。
「す、鈴木さんっ?」
――相手の名を呼ぶ。も、その小刻みに揺れる肩を見て、次の言葉を発さずに閉じ。タンタンとズボンの生地を叩く小さな雨が止むのを、待つことにした。
しかしなんだな。――ほんと、ムズカシイ。
上手くいかない自分の不甲斐なさを思い返し、そう思う。
と、泣き止んだ後も離れることなく胸に居座っている小さな頭がもぞもぞと動き出し。
「なんか、考えてる?」
胸の中から目だけを覗かせ、上目で自分を見る少女が聞いてくる。
「いや、その……なんと言うか。また泣かせてしまったなと、思ってました」
「……――水内さんは、イイ男だからね。仕方ないのよ、それは」
「イイ男って……。相手を、泣かせてるのにですか?」
「そ、ね。女を泣かす男は最低よ。でも、女を泣かせるのは最高に、イイ男よ」
ムム……。
「……基準が、よく分かりませんね」
「それでウマクやれるのも、イイ男が持ってる証拠のおかげよ」
いやいや、どんな権力だ。というか、だったら――。
「――それなら、鈴木さんはイイ女だと思いますんで。その権利を使って、何か気分転換をするのに利用してみては、どうですか?」
と冗談交じりに言ってみる。
「なっなに、急に……。――ほ、本気にするわよ……?」
え、どういうコト。
――ちらりと壁の時計を見る。
そして、内心で気持ちを切り替えてから、隣を見て。
「そろそろ行きますね」
「え。もう? まだいいんじゃないの」
「鈴木さんとお話しするのは、全く問題ないんですけど。仕事を預けて来てますんで、そろそろ戻らないとホリーさんに申し訳が、というか心配です」
「そっか。ま、この前と同じ二の舞はイヤよね」
「はい……」
ただ、修正する箇所が一つでも見つかると、他を全て見直すまで気が済まない自分の性分の方がイヤだけど。
「――とまあ、そういう事情がありますんで。申し訳ないですが」
「オッケー。――ま、おかげで。いろいろスッキリしたし。残りの分は今度にでも、お願いするわ」
なんの残りだろう。
「でも、セッカクだし。わたしも一緒に行こっかな? 久しぶりに、ダメ面も見たいし」
ダメ面て……。
「……まぁその、来る分には全く問題ないので。好きにしてもらえれば」
「そ。なら、一緒……に――」
――向けられていた少女の瞳が突如上の方へとあがり、ポカンと開いたまま、固まる。
ム?
次いで釣られて後ろを振り返る。と――。
「ヤーヤー若人よ、元気にやっとるかね?」
――どう見ても南国の観光地に居そうな色の濃い花柄の衣装を着る――白髪の美女が、サングラス越しに自分達を見ながら挨拶程度に手を振っていた。
な……――。
「――……ナンで?」
居るんだ。――というか。
「ナンで? なんじゃ急に、カレーが食べたいのかえ?」
その場合はルーではなくパンの方を――ではなくて。
「いや、あの――なんで……というか、どうして、ここに居るんですか……?」
若干内心で動揺はしつつ、単純な質問を宙に浮いている白髪の聖女に投げ、気を持ち直す時を稼ぐのも含め尋ねる。
「どうして、と言われてものう。遠方から戻ったところ、香ばしい臭いがしたゆえ来たのじゃ。――寧ろ、ソナタこそ、なしておるんじゃ?」
「自分は……鈴木さんに、会いに」
と後ろに居る少女の方へ目を動かす。
すると視界に入っているはずの相手を、自分を越して覗く様に顔を傾け、聖女が見る。
「おお、ハナコではないか。元気にしておったかえ?」
途端に少女の鋭い眼差しが相手を睨み付け。
「――な、なんじゃその眼は……コワいのぉ。ワシ……なんかした?」
「……――その名で、呼ばないで」
内情を絞り出すような声で少女が告げる。
「おお、そうじゃったの。すまん、スマン。ではフランソワとかはどうじゃ?」
「……――却下」
「ではグランディエ」
なるほど、ベルばらか。




