第22話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕③
リモコンを持つ少女の小さな指が流れていた映像を停止し、次いで画面が消える。
そして指示に従い座っていたソファの隣に、リモコンをラックに置いてから自分の所へと来た部屋主がちょこんと着席して、こっちを向く。
「それで――用件は、なに?」
「ええと。さっきも言いましたが、鈴木さんの様子を見に来ました」
「……そ。――で、どうだったの? わたしを見た、感想は」
相変わらず独特な言い回しだな。と思いつつ、改めて相手の小さな全貌を見る。
と途端に顔を赤らめて相手が横を向き。
「今は……あんまり見ないで」
「ぇ? あ。スミマセン……」
ムズカシイ。
すると目だけ横に動かして自分と、直ぐに自身を交互に見始め。
「く、来るって分かってたらっ、もう少し、まともな……――」
――そして何か言いたそうに口は動かすも、結果押し黙るようにして口を閉ざす。
ム……。
「……もしあれなら、出直しましょうか……? というか、出直しますね」
そう言ってソファから立ち上がる。と腕の袖が引っ張られ、体が右側にやや傾く。
「――どうかしましたか?」
「べ、べつに……出直さなくても、いいわよ。そのかわり、すぐに終わるから。少しだけここに座って、待ってて」
そう言って袖から手を放し、ぴょんと跳ねるようにして少女が立ち上がる。と次いで足早に部屋の奥、扉がある方へと向かい。
「――……もし、戻ってきた時に居なかったら、どうなっても知らないわよ?」
取っ手を持った後、徐に振り返り。明らかに自身を意識した口調で、少女が告げる。
「待つのは問題ないですが、ホリーさんに任せてきた仕事の具合が気になるんで、早めでお願いします」
相手の察しの良さを考慮し、正直に言う。
すると何故か楽しそうな顔をして――。
「――オッケー、任せて」
と、少女が扉を開けて中へ入る。のを見て、思わず――。
――ふム?
うーん。――見たことも聞いたこともないのが多い。
部屋の主が戻ってくるのを待つ傍ら、棚などに置かれた趣味嗜好の品々をソファから見える範囲で一目していく。
あ、アレは知ってるな。たしか――。
「お待たせ。で、どんな感じ?」
当然の如くビクつく肩。の恥ずかしさを押し殺し、声のした方へ振り向く。
そして、身長が原因で頭部以外は殆ど見えていない少女を、ソファ越しに見て――。
「――どんな……と言うのは?」
「ん、と。今の――気持ち?」
そう言いながら、ガシガシとバスタオルで頭を拭く相手が歩き出し。
「今の? ――というか、風呂に入ってたんですか?」
「そ。あんな姿で、水内さんと長時間居たら、恥ずかしくて目を合わせられないもの」
しかし、ソファを回り出てきた相手の恰好は、そんな主張を一発で無下にする――下着のみを着用した姿で。
直ぐに慌てて目を逸らし、顔を背ける。
「な、なんでっそんな恰好なんですかッ?」
「――ん? ああ。だって、髪を乾かさないと、服、着れないでしょ? ドライヤーも向こうの部屋にはないし」
「だ、だとしてもっ、もう少し、その――」
――配慮的なものをっ。
「それに、水内さんは騎士さまのを見てるんだから、わたしのなんか大して、興味すらワかないでしょ」
いやいや――。
「――それとこれとは別の話ですっ。ので、とにかくっ何か着てください!」
「ふーん。別の話……――なんだ?」
背後でコンと、缶のような物が台に置かれる音がする。と次いで、カチャっと音が鳴り。
「じゃ。わたしがこの恰好で、そっちに行ったら、水内さんは困るの?」
へ。
「そ……それは、こ――困りますっ」
「……――そ。だったら」
と告げ、明らかに自分の方へと相手が近づいて来る。
「え? す、鈴木さん?」
何事かと思い。確認の為、後ろに首を回そうと試み――。
「まだ、ナニも着てないわよ」
――直ぐ、顔を正面に戻す。
「なら早く服を……――かっ髪を、乾かしてくださいっ」
「そ、ね。ところで、わたしって身長のわりには、いいカラダしてると思わない?」
背後で立ち止まる気配と声、に次いで洗髪剤の匂いが香り。急速に緊張が高まる。
「イヤ、あのっそ、その――」
――ここは一時的にでも、この場を離脱して。
すると耳元で先ほど聞いたカチャという音がし、目をそっちへ動かす。と――。
――ド、ドライヤー……?
特にこれといった特徴のない毛髪乾燥機を視界の端に捉える。
「乾かすの、手伝ってくれる?」
「水内さん、上手ね」
肩にかけられたバスタオルとソファの背もたれを使い、極力余計なものを見ないように心掛けながら、温風を座っている少女の頭髪にブラシで梳きつつ送る。
「いや、ただドライヤーで風を送っているだけですけど……」
「え? なんて?」
顔をやや横に動かし耳を自分の方に向ける相手が、送風機の騒音を越える声量で、聞き返してくる。
「……――大したことは、してませんよ?」
気持ち頑張って声を出す。
「え? 大コンの、足タロウ? なにそれ?」
「……――な、なんでもありませんっ」
「え。それ、どういう意味……?」
ムム。
送風を止める。と、こっちを見る相手に――。
「――終わりました。ちなみに最後のは、なんて聞こえたんですか?」
「え……。そ、そんなのを……女の子に、言わせる気……?」
なんて聞こえたんだ。
髪を乾かした後、着替えてくる。と告げて、再び奥の部屋に入った少女が暫くして出てくる。その恰好は、本人らしさを表すと同時に見慣れた安心感を自分に与えた。
「コーヒーと紅茶――あと、わたし好みの番茶しかないけど。どうする?」
「お茶で、お願いします」
ふう。と一息つき、久方振りの馴染みある飲み物を身に染み渡らせてから持っていた湯呑みをソファの前にあるテーブルに置く。
そして、隣に座っている少女の方を見――。
「――このお茶、どこで手に入れたんですか?」
「ん。――どこって、どこにでも売ってるわよ?」
「え。そうなんですか?」
「うん。実際わたしは、コンビニで買ったもの」
「コンビニ……? ぁ。もしかして、向こうへ行って、買ってきたんですか?」
「そ、よ。こっちにはお茶っぱどころか、コンビニすらないしネ」
なるほど。――というコトは。
「向こうには、よく行くんですか?」
「そ、ね。最近は荷物の受け取りとかがあるから、平均して、週三くらい?」
無論、聞かれても困るのだが。
「――そうなんですか。というか、受け取り?」
「通販で買った物の受け取りよ」
「あー、なるほど」
ん、待てよ。
「――その荷物って、どこに届くんですか……?」
「ん? 向こうにある、水内さんの部屋だけど。どうして?」
「なる、ほど……。ちなみに、その……どういった物を、購入してるんですか?」
「だいたいはこっちにない、日用品ね。あと、そのへんにある娯楽よ」
今居る部屋を差す感じの口調で、相手が言う。
「そうですか……――」
――まぁ、問題ないか。
すると突然、少女がアと声を出す。
ム。
「どうか、しましたか?」
「忘れてたわ。水内さんに、渡さなきゃイケない物があるのよ。――取ってくるわ」
そして何処に行くのかを聞く前に、立ち上がった相手がテッテッテッっと先の部屋へ向かい、扉を開けて中に入る。
ふム?
見たことのある浴布が、出した手の上にフワっと置かれる。
「……これは?」
「サバ読みに頼まれてたのよ。水内さんに、返しておいてほしいって」
「なるほど、道理で。――けど、いったい何処で?」
「んー、先週? 向こうへ行った時に、たまたま部屋で会ったのよ。で、その時ね」
「……部屋で? なんでまた、そんな所にタルナートさんが?」
「なんか許可をもらって、風呂に入ってるって言ってたわよ」
あー、なるほど。
「ただ着る服がないからって、水内さんのを勝手に物色してたから、それは一緒に――注意しておいたわよ」
よし、今週あたり一度帰ろう。




