第21話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕②
一度目は普通に、次は少し強めに、そして三度のノック後、軽く腕組みをして考え込む。
――宜しくお願い致します。と言い残し、預言者が去ってから十数分の時が経って尚も開かぬ扉の前で脳裏に浮かぶ一つの答え。
いや、いくらなんでもそれは……。
自分が思い付いた訳ではない。とはいえ、実行するのは自分だし、決めるのも自分。
というか、そもそも居ないのでは?
だとしたら今日のところは一旦戻り。結果を伝えて後日出直すという方向で――。
いや、駄目だ。
――最初に居留守である可能性を指摘されている以上は、ただ諦めるだけでは納得されない。それに見合う、相応の情報が必要だ。
けど、だからといって……。
しかし何時までも待つ訳にはいかない。正直、後を託して来たものの、細かな確認や今の情態を考慮すると不安要素はそれなりにある。
うーん。――どうしたものか。
こんな時、いつも一緒に居る二人なら大雑把に解決してくれそうな気もするが今は独り。
まさかこんな形で何気ない感謝の気持ちに繋がるとは……て、それは一先ず置いといて。
現状をどうするか、だ。
――反応が無い場合は、多少強引にでも。
そう言われたから。と、する事ではない。第一強引に行けと言われたところで施錠された扉を開ける手段なんて持ち合わせていない……、――そうか。
閉まっているかどうかを確認するだけでいい。そうするコトで出直す理由になるし、居ないのなら強引に事をなす必要もなくなる。
よし、それでいこう。
直ぐにガシっと取っ手を掴む。
ム。――手応えが軽い。もしかして、開いてる……?
一瞬悩む。しかし――。
――いや、ここで止めたら蟠りが残る。特に自分の中で。
結果、静かに取っ手を握り締め、そーっと手前に引く扉がガチャリと音を鳴らし開――。
――ぁ。え?
暗い。――数センチ開いた扉の隙間からでも分かる照明の度合い。
ただそれよりも――。
――え、ええと……開いちゃっ、た。
どうしよう。と、考えていなかった展開に思わず体は硬直し頭だけが回り出す。
そうか、閉まっていることを確認するのではなく、開いているかを前提に考慮するべきだった。完全に失敗。いや、開いているからシまってはいないのかって、クダラナイことを思い付くより先に、ここからどうするかを考えなければ――。
扉の空いた隙間から見える闇と掛け金を凝視する。
――……暗いな。どうして明かりを点けないんだろう? ひょっとして、鍵をかけ忘れただけで中に誰も居ないのでは? そうだとしたら閉めて、何も無かったことに――。
が直ぐに思い余り、手を止める。
――駄目だ。それだと結局、戻る言い訳にはならない。扉が開いていた以上は本人が不在なのかを確認する必要がある。――うん。
と一人頷く。そして、決意を固めた矢先、ある事に気付く。
もし鈴木さんが中に居るとしたら、今、どういう心境……――突然、部屋の扉が開き。誰か入ってくる訳でもなく、ただ時間だけが……――。
取っ手を握る指に力がこもる。
――めっちゃコワいやん。冗談抜きで。
だからこそ早々に次の行動を決めなければ。と思う反面、その出方が分からない。
状況的に明るく登場するのはオカシイし、そもそもそんな安心感を与える自信もない。
そうして、いっそ向こうから来てくれれば。と思い悩んだ末の理想を内心で呟く。
ん? いや、まてよ。そうか、――呼べばいいんだ。
そう、何も自分から行く必要はない。事に、ようやく気付く。
なら、と開けた隙間に顔を寄せる。
さすがに狭いな……。もう少し――いや、せめて顔だけでも中に入れてっと。ん?
闇の中、明かりの無い部屋の奥で微かに揺らめく青白い光の瞬き。と同時に人影のようなものが、その光りの中で揺ら揺らと浮かび上がっていた。
な、なんだ……?
恐怖を置いて先にくる好奇の心。いつしか光に誘われる様にして、無意識に足は部屋の中へと進み入っていた。
青白い光へ近づくにしたがって揺れていた理由がカーテンだと分かり、布越しの淡い光源を頼りに端を探して、掴み取る。
そして、音を立てないよう静かにレールを滑らせ、開ける視界に――。
こ、これは……。
――真っ先に映ったのは画面上で繰り広げられる熱戦。ただ音は無く、切り替わっていく場面で発せられる台詞などは全て細いコードを通し、画面の前で体育座りをしている小さな視聴者にのみ届けられている。
ス……鈴木さん?
後ろから久々に見る少女の丸まった姿。その恰好はオシャレに気を配る今までの印象からは程遠く、単色の上下ジャージに縁の太いメガネを着用する、今の、画面から放たれる青白い光を映す本人の瞳同様に色の無いモノだった。
しかし、そういった現状の身なりを思慮の対象とすることなく。少女のそば、暗がりの部屋に吊るされた謎の輪が、自分の意識を引き付ける。
なんだろう……?
何の変哲もない、ただの輪。それが上から、輪を形成する同じロープ状の物で吊るされているだけ。けれどもそれが、何故そこにあるのかという不思議に、いつしか足は部屋の奥へと進み――入った途端に落ちていたスプレー缶らしき物を蹴ってしまう。
あ。――しまった。
次いで転がった物が両膝を抱え込む少女の近くで止まり。必然的にこっちを向く、虚ろな瞳が自分を見付けて大きく開かれる。
「ぇ、ええと……――」
――マズい。
咄嗟にそう思う。が動揺する自分とは裏腹に、落ち着いた雰囲気で立ち上がる少女。の耳からイヤホンが外れ、その拍子に――。
『出たな! カウント伯爵ッ! ここであったが百年目っ! オマエの不正な財産も今日
までだッ。今後は、正しく納税してもらうぞっッ!』
――栓が抜けた排水口の如く、プラグが飛んだ画面から音が流れ出す。
すると体を揺れ動かす覚束ない足取りで、ふらっと倒れるように輪の下側を両手で掴む朧な少女――が輪の中に頭を入れる。
「いやっちょッ待っ!」
『俺をおいて先に行けッ!』
逝くなー!
――よ、よし。ひとまずは、これで。
固い結び目や、ロープその物を勝手に切るのはよくないと思い、適当な括り方で輪を垂れ下がった上側の部分を使い、縛る。
そして、ベッドを背に体育座りをしている色褪せた瞳の少女の方を向き。
「……ええと。大丈夫、ですか……?」
何が大丈夫なのかは自分でも、よく分からない。が取り敢えず、声を掛けてみる。
すると輝きが一切ない、ぼんやりとした表情で目を逸らしがちに顔を上げる単色ジャージ姿の相手が。
「――……なんで、居るの……?」
ム。
「それは……――というか、先に明かりを点けてもいいですか?」
実は青白い光に照らされる虚ろで長髪な見た目が若干コワかったりする。
『これが人間の恐怖を体現する我の、真の姿だ!』
部屋が明るくなった事で、仄暗い底から出てきた感じを受けつつ下を向いている少女の前に腰を下ろす。
次いで話し掛けようとして、一旦、口を閉じ。今一度、改めて周囲を見た後に誰もが気になるであろう輪について――。
「――アレは、その……どうして、あんな所に……?」
「……――べつに、ずっとあるわよ……」
ず……ずっと?
「な、なにか、あったんですか……?」
「……なくてもあるから、ずっとよ」
え。――まさかの最初から備え付けでって、いやいや、それはないだろう。
「けど、用意したのは鈴木さん、ですよね……?」
「……――そ、よ」
しばらく人と話す機会がなかったのかと思うほどの力の無い声で、少女が呟くように答える。それを見て、ムム。と深刻に捉えかけた矢先、すっと相手がこっちを見。
「ね。なんで、水内さんが、ここに居るの?」
ム――。
「――ええと。預言者様に頼まれて、鈴木さんの様子を見に来ました」
「ふーん。フェッタの、やりそうなコトね。でも、意外だったわ」
「意外? なにがですか?」
「水内さんが居るコトよ。水内さんだったら、呼んで出てこなかったら帰りそうだもの」
「それは……その、帰ろうとはしたんですけど……。――いろいろと、やむをえず」
そう、新たな戦いが始まった画面に目を向けて言う。
次いで直ぐに、と言うか。と続けて発し、室内にある棚などの外から中の物が見える収納家具に視線を転じていく。
「凄い……数ですね」
ただ確りと整頓されているので、部屋としての見栄えは全くもって悪くない。
「そ? 来週にも、ボックスが追加するから、まだまだ増えるわよ?」
ボ、ボックス……?
「――つまりその、それを見ていたから、部屋にこもっていたんですか……?」
「違うわよ。こんなのは、ただの暇潰しよ」
「……そうですか。――なら、どうして?」
「ん、と。ちょっと死のうか悩んでたの」
へ。
「じゃ、じゃあ、あの輪は……やっぱり?」
「ん? ああ。アレは別件よ、関係ないわ」
いや、なんで。――どう見ても本件でしょ。
『これにてッ、一件の落、着っ!』
――な訳ない。




