第20話〔分かっていても止められないのが 中毒じゃ〕①
昼食後、いつも通り、机に向かって午後の仕事を片付ける。
その傍ら、奥の席では、帽子を顔に被せて眠る少女。と、雑誌を見ながらフムフムと対面する向かいの机で頷く騎士。
そんな何という事のない日常に、ふと窓の外を見遣り。
「もう、一週間ですね」
自分でも何故それを口にしたのか分からない無意識の内から、呟く。
すると雑誌を見ていた騎士が持っていた本を置き。
「――そうなのですか?」
「ええと。はい、そのくらいになります」
なんだろう。微妙に、変な食い付き方だな。
と若干の違和感を持つ。
そして何故か興味津々といった感じで、顔を自分の方へ寄せてくる相手が――。
「――医者には診てもらったのですか?」
「え? いや、お医者さんに診てもらうような事では……」
次いで仰け反る様に、顔を前へと出していた騎士がギョッと身を引く。
「しょ正気ですかッ? いくらアリエル騎士団長といえど、自殺行為ですよ!」
へ。
「……いや。ジャグネスさんの事ではなくて、ですね」
「え。――エ。……え? ヨウジ、どの……?」
事情がのみ込めない。といった感じで目を見開き、名を呼んだ後はポカンと口を開いたまま、向かいの席から驚きの表情で相手がこっちを見詰めてくる。ので――。
「――はい。なんですか?」
と、なんらかの相違が生じているのは理解した上で、いつもの事だと割り切り、普通に返事をしてみる。
「はい、なんですか? ――ではありませんよっ!」
思わぬ声の荒げ様に、思わずビクッと肩が窄む。
そしてそれを見てか、静かに前傾した姿勢を戻して座り直す騎士が申し訳なさそうに。
「……すみません。ジブン、その……ええっと、――……すみません」
「いや、べつにそれはいいんですけど。どうか、したんですか……?」
騒がしいのはいつもの事だが。怒った感じで声を上げたのは、自分としては初めてかもしれない。
「きッ、気にしないでくださいっ。ワタシの勝手な――、――とッともかくっ、気にしないでください!」
ムム。――しかしながら本人がそう言うのだから、と割り切って。
「分かりました」
すると何故か不満げな表情をして、フゥと溜め息の様な声を相手が吐く。
ム?
次いで自分に改めて目を向け。
「それでヨウジどのは、どうするおつもりなのですか?」
「どうする、と言うのは?」
「当然これからの事です」
ふム。
「そうですね。先ずは預言者様の所へ、出来た仕事を持って行きがてら、さりげなく様子を聞けたらなと思ってます」
「え。――そ、エ? ま、まさか、そんな――フェッタさま、と……?」
「……と? ――ええと。まぁ他には、心当たりもありませんし」
「ヘ。――どッどういうコトになってるんですかッ?」
え、なにが。
「ヨウジどのはいつのまにそんなっ。ていうかッそれならどうしてワタシにはナニも手を出さないんですかッ? 欠けているからですか! 女としての魅力がっ。それともダメだからですかッ? ダメ騎士だからですかっ!」
お、お、お――。
「――おち、落ち着いてください。ホリーさんっ」
というかどうしたんだ、急に。
「落ち着けませんよッ、そんなの! 落ち着けと言うのならっ、どうしてワタシに声をかけてくれなかったのかを――教えてくださいっよ!」
遂には立ち上がり、バンッと机を手で叩く相手が声を張り上げる。
その様子は正に憤りをあらわにしたもので、最早なんらかの怒りを買ってしまったのは明白。にもかかわらず、何故か小刻みに震えている騎士の瞳には悲しみ徐々に溜まって。
「ふっどわァ!」
突如、横からきた物体に短髪の騎士がブッ飛ばされ――ドッゴロォン――と勢い良く、扉のある方へ向かって転がり一瞬で目の前から姿を消す。
次いで原因を探るべく見る先で――。
「煩い……」
――と言って、魔導少女が前に出していた手の平を引っ込め。帽子の位置を正した後、再び席に就く。のを見届けてから、立ち上がり。
「ホリーさん、大丈夫ですか……?」
恐る恐る、殺人現場に近づく様な心境で、歩を進める。
すると物の陰で見えていなかった騎士の姿がガバッと現れ――。
「――イタ、タタタ。――いったいぜんたい、ナニが――どうなったのですか?」
頻りに耳の周り、顔の側面を右手で擦りながら、床で上体を起こした騎士が歩み寄った自分に気づき、そう自らの経過と現状を聞いてくる。
「……ええと。取り敢えず、ケガとかは……してませんか?」
「ハイ。ただ右側が痛むのと、スースーします」
「スースー? ……――ちょっと、見せてもらってもいいですか?」
そしてハイと承諾する相手が、くるっと左に顔を回して右手を下ろす。
直後、な。と思わず声が出てしまう。
「え? ――な? な、ってナニですか?」
なにぬねのの、な、です。――ではなく。と、自分に右側を見せる為に横を向いたままワタワタとしている相手の円形に空いた跡を見ながら。
「ええと。大変に言い難い事なんですが……」
言い掛けたところで、部屋の扉がノック後に開き。
ム?
次いで扉側にある機具の陰からスっと出てきた――。
「おや、斬新な髪型ですねェ。今後の流行でしょうか?」
――預言者が、ホホホ。と口元を手で押さえて笑う。
「なるほど、そういうコトでしたか。私はてっきり一部で流行り出す苦心の傷痕かと」
少し離れた場所、自らの席で、所持していた手鏡を使い何度も無くなった自身の頭髪を確認しては肩を落とす騎士に目を向けていた預言者がそう告げて、自分を見る。
「洋治さまに、折り入ってお願い事がございます」
まぁ流れ的に、そうなるか。――けど。
「お願い事? 急ぎの用件ですか? それとも仕事の追加とか?」
「急を要するか、また仕事として見るかは、洋治さま次第になるかと」
ム――。
「――どういう、コトですか?」
「はい、端的に申しますと救世主様の様子を見に行っていただきたいのです」
「鈴木さんのですか? どうしてまた、自分に」
「実の所、先日の一件以来、救世主様のご様子が芳しくない。ないしは極めて不安定な情態になられている、と思われます。ゆえに洋治さまのお力をお借りしたいのです」
「不安定な情態……? なにか、あったんですか?」
「現時点では何も。されど、何かあってからでは取り返しのつかない事もございます」
「まぁそれは……。けど、それなら預言者様の方が同性という立場からしても、自分より適任なのでは?」
「いえいえ、私もそれとなく様子を見に赴いてはいるのですが、事態を好転させる兆しの入った引き出しを開けるコトが出来るのは、何と言っても洋治さまを措いて、他におりません」
「……――若干、遠回しに笑いを取りに来てませんか?」
「いえいえ。私は本心を打ち明けたまで、ですよ?」
白のローブを着る相手が、一括りにした髪を不思議がる表情で小首を傾げて揺らし、次いで微笑み混じりに言葉を返してくる。
ふム……。――まぁ。
「分かりました。会って話すくらいは問題ありません。ただ本当に様子を見に行くだけで、それ以上の事を期待されても困りますよ?」
「ええ、それはもう。私としましても、そのような名目で秩序に乱れが生じる事は、私を差し置いてあってはならぬ行為と存じております」
「ち、秩序……」
いや、ヘタに質問すると余計に時間を食うからヤメておこう。
「――ええと。そうしたら、話をする上で最近の様子を前もって知っておきたいんで、分かる範囲で構いません。少し教えてもらえますか? ――それと」
短髪の騎士、もとい一部が円形にハゲた騎士の方を見る。
「ホリーさん、スミマセンが鈴木さんの所に行ってる間、作業の続きをお願いします」
きっとそのほうが気も紛れる、はず。
と、大切にしていた雑誌の頁を切り取り、掲載されていた花の形をした髪留めみたいな写真を使い、なんとか跡を隠そうと試みている騎士を見て思う。
「――では、ここから先は洋治さまにお任せいたします」
目的となる少女が居る部屋の前まで先導してくれた預言者が立ち止まり、自分の方を向いたのち頭を下げて言う。
「あ、はい。あとは――できるだけ、努力してみます」
「宜しくお願い致します。しかしながら洋治さまに来ていただけただけでも、救世主様にとっては感動のあまり、死ぬほどの喜びとなるでしょう」
「そんな大げさな……」
「いえいえ、過剰な表現ではありませんよ。乙女にとってはそれほどの、大事件です」
「そうなんですか……?」
「ハイ、そうなんです」
和やかに預言者が言い切る。
ムム。
「……あの。だったら尚更、預言者様も一緒のほうが、いいのでは?」
「そのような無粋、しては大問題になります」
「そ、そうなんですか……」
全く基準が分からない。
「ハイ。――あ、それから言い忘れておりました。救世主様は現在、情緒が大変不安定にあらせられます。万が一、ノック後に反応が無い場合は、多少強引にでも中へ押し入り、洋治さまの要求をお伝えください」
それこそ問題――いや、事件になりうる犯行なのだが?




