第16話〔そもそも死んでませんよ〕①
「話が見えてこないんですけど……」
初っ端から様々な事を無視していて、実に対処しかねる。
「そ? 水内さんて、朝弱いの?」
「そういう訳ではないです」
部屋に入ってきた相手に振り向きざま、唐突に言う内容ではないと思うが。
「――洋治さま、昨夜はゆっくりとお休みになれましたか?」
少女の近くに立っている白のローブを着る預言者が、何かの様子を見るように聞いてくる。
「はい。寝心地も良かったので、ぐっすりと」
「それは何よりです。しかしアリエルの方は、少々寝不足の様ですね」
やっぱりか。
見た感じ普通だが、ここに来る前から隣で立っている女騎士の反応はかなり怪しい。
「預言者様、私は寝不足ではありません。問題など、いつまでもありません」
やっぱり大変そうだ。
「まァ、アリエルの事はしばらく放って置くとしましょう。そのうちに目も覚めるでしょうから。――なので先に、本日の予定を救世主様を代弁し、私からお話しさせていただきます」
「ん。お願い」
それに相槌を打って頷く預言者が一歩前へ出て、肩から前に垂らしていた大きな三つ編みを背に落とし、口を開く。
「昨夜、救世主様から再び異世界へと赴きたいという申し出がありました。よって本日は、国王の許可を得て、向こうへと再度赴く事の次第です。そして救世主様からの御指名もあり、洋治さまには、アリエルと共に同伴していただきます」
「要するに、鈴木さんと一緒に向こうへ戻ればいいんですね?」
「仰る通りです」
「分かりました。ちなみに向こうへ行くのは三人で、確定ですか?」
「ええ、そうです。ナニか、不都合でもおありでしょうか?」
「不都合というか。残りの茶葉が心配で」
「……茶葉?」
「来た人に、お茶は出さないと」
そして暫し間が空き。
「それは実に悩ましい限りです」
くすくすと笑いながら預言者が言う。
笑うところ、あっただろうか。
「ただご心配なく。そもそも異世界での活動は、公にはしておりません」
「え。――なら、こっちではあまり異世界の話はしないほうがいいってコトですか?」
「いえ、そうでもありません。異世界という存在をこちらの世界では御伽話とし扱ってはおりますが、反面で確かな認識もされております。言って、驚きこそすれど大きな問題に発展する事は先ずないでしょう。ですので、一応の配慮で十分かと」
「分かりました。面倒な事にならないよう注意はしておきます」
「はい、宜しくお願いします。――して洋治さまの世界では、どうなのでしょうか?」
ム。
「うーん。そうですね……――」
無意識に、同じ世界を知る少女の方へと眼が動く。
「ま。最初は、相手にもされないわね。でも、マジだって分かったら、大変よ。わたしはおすすめしないわ。だから、よかったんじゃない、水内さんで」
ム?
「おや。救世主様は、洋治さまをかってらっしゃるのですね」
「そ、ね。少なくとも、騙すより騙される側なのは間違いないかもね」
全く以て嬉しくない。
「――いずれにしても、迷惑をかける気は全くないです」
「はい、信じます」
相も変わらぬソフトなスマイルで、手を打ち合わせ、預言者が言う。
「ところで。鈴木さんは向こうへ戻って、何をするんですか?」
「ん。ああ、家が完成するまで暇だし。置いてきた物を、こっちに運びたいだけよ。ようするに、水内さんは引っ越しの手伝い」
「なるほど。――……え、家?」
「そ。救世主をやる代わりに、こっちで暮らす為の家を建ててもらってるの。しかも、生活の保護つきでね。いいでしょ」
「まじですか、凄いですね」
「――救世主様は文字通り、この世界を御救いになられた御方です。見返りの要求としては、良識の過ぎる内容だと、国王も安堵しておられました」
「ま。お願いもされちゃったけど。内容的に、どうってことないから、二つ返事で交渉成立って、とこかしら」
「散財は控えてほしい、とかですか?」
「ち違うわよっ」
鈴木さんが戸惑ったところを初めて見た。
「そうゆうんじゃなくて、こっちのやり方に合わせろって話。郷に入れば郷に従えってコト」
なるほど。
「わたし、カネの有る生活はとっくに厭きてるから。死ぬまで、のんびりと暮らすわ」
定年退職した後、みたいな思想だな。そういえば鈴木さんて、歳はいくつなんだろう? 見た目が見た目だけに、謎の多い人だ。
「で。水内さん、完成したら一緒に、住まない?」
え。
「水内さんも、こっちで暮らすんでしょ。だったら、一緒に。ね、どう?」
いつの間にか永住する事になってるんですが。
「いや」
と言葉を発した途端――。
「救世主様」
――預言者が相手の名を口に出す。
「ん。なに?」
「洋治さまは現状、騎士団長であるアリエルの監視下で、その身柄を保証されております。今、何か事を起こすのは、避けるべきかと」
「ふーん。そ、分かった。今は、大人しくしておくわ。その代わり、ちゃんと教えてよ」
「御意に」
「――あの。その辺の事で、お願いが」
「はい、どのような?」
「じつは向こうで明日から仕事が。今は休みたくても休めないので、できれば行きたいんですけど……」
「なるほど。しかしそれは、叶えるのが難しい話かと」
「仕事なら、こっちで見付ければ?」
「そういう問題ではないので……」
「かと言って、特別な理由もなく、異世界での長期滞在を許可する訳には――」
特別な理由……、あ。
「理由になる、かは分かりませんが。向こうに在る、部屋を維持しないと転移する場所がなくなったりはしませんか?」
「ふむ。仰りたい事は分かります。しかし、転移する場所の変更はいつでも可能です。そして元来、異世界とは救世主様を御連れする時にのみ、赴くもの――」
ムム。なら、せめて連絡を。
「――だったのですが。今回の事態に便乗し、私から王に、ある提案をいたしました。それは、異世界に通ずる者の力を借り、異世界事情を、これまで以上に知るという立案ですっ」
拳を握り締める話し方に、若干本人像を覆す勢いがある。
「活動の内容は、まだ決まってはおりませんが。間違いなく、洋治さまのお力を借りる事となります。故に、洋治さまには、あちらでのお勤めを辞職していただくよりほかはありません」
現在進行形で、理不尽な要求が確定しつつあるのですが。
「なので、異世界における活動拠点ともなる部屋の確保は必然的に求められます。よって必要とあらば洋治さまの希望も通すつもりです。が、在職希望の申し出だけは受け付ける事が出来ませんので、悪しからず」
理不尽っ。
「ま。どっちみち、カネは必要ってことね」
貯金、崩したほうがいいかな……。しかし、異世界に来てまで、お金で頭を悩ま――。
「――思い付きました」
「是非、お聞かせを」
「金貨って用意できますか?」
「一般的に流通している物でよければ。――その、金さえあれば、洋治さまは勤め先を解雇していただけるのですか?」
「そうですね」
というか、金で以て解雇って……。
「では今日中に用意をしておきましょう」
「お願いします。持ち運べる程度の量で、いいので」
「承知しました」
「――じゃ。さっさと行きましょ。いちお言っとくけど、目的は荷物運びだからね」
「はい、もちろん忘れてませんよ」
「ん。で、騎士さまは?」
ム。
「目は覚めましたか? アリエル」
名を呼ばれてピクリと反応する女騎士が次の瞬間には腰の物に手を掛け。
「直ちにッ」
「いい加減になさいっ」
直ちに何ッ。