第18話〔この女たらしめっ 恥を知れ!〕⑤
偶然通り掛かった者や騒ぎを聞き付けて来る人の集まりを、何かしらの被害が及ばないであろう離れた所から傍観する内、ふと思ったコトを人だかりを見たまま隣に居る騎士に尋ねるつもりで口にする。
「そういえば妹さんて、どうしてこんなに人気者なんですか?」
次いで見慣れている過剰な動きで反応する騎士に合わせて、顔を向けると。
「ヨウジどのはエリアル導師が何者か知らず、これまでずっと側に居たのですか……?」
「まぁその……そう言われると、そうですね」
「ええっと、――気にならなかったのですか?」
「妹さんのコトですか? ――まぁ家族なんで、それ相応には接していけたらなとは思ってます。けど、本人の口数が少ないので近くに居ても個人的な情報はそれほどですよ?」
「それはそうですが……。一緒に居ればエリアル導師の人気は目に付きますし、自ずと気になりませんか?」
「単純に人受けが良いんだと思ってました」
そして、何故か唖然とした表情で自分を見てくる相手が――ふっと群集の方を見。
「なんて言うか、ヨウジどのらしいですね」
まるで黄昏る空を見る様な遠い目をして言う。
「……――なんですか、その……らしさ、というのは?」
「残念ながら、……ワタシの口から説明することはできません」
いや、なんでよ。
「と言うのも、どう説明すればいいのかが分からないからです。――なので、ヨウジどのの話を聞かせてください」
「俺の話……? なんのコトですか?」
「マリアさんと、どんなコトを話したのですか?」
ああ。――そのコトか。
「ええと。至って普通の、取り留めの無い話ですよ」
「なるほど。としたら予想どおり、恋ばなで盛り上がったのですね」
「な、なんで、そうなるんですか……」
「え――でも、あの状況でヨウジどのを呼んでする話しって、それ以外には考えられませんよ? 分かって付いて行ったのではないのですか?」
「いや、そんなの分かりませんよ……」
「まぁヨウジどのの場合は、そうですよねぇ」
と再び遠い目をする相手が、若干呆れ顔にも見える表情で自分を見る。
ムム。
「そ、そういえば、ホリーさんに聞きたいコトがあったんですけど。いいですか?」
「え――あ、ハイ。なにですか……?」
「以前は飲食店の情報が載っている雑誌をよく読んでいたのに、最近はあまり読んでいませんよね? というか、服装などに関するものが多い気がするんですけど。何か身近で、あったんですか?」
そして、そのわりに本人の服装に変化が全くないのも謎だ。
――ただ強いて言えば、前より髪が整えられていることと若干柑橘系の甘い香りが、何故かは分からないが“偶にする”くらいの変わり様はある。
しかしそういった方面での情報がこれまでになかった為、自分としては十分に気になる変わり映えと、ずっと目に付いていた。
――それを何気ない気持ちで聞いた結果。
「ワタッワタシはそんなナニもっッ――ゴカっ、誤解ですよッ」
なんか、ややこしそうなスイッチを踏んでしまった。
と、あからさまに動揺して、よく分からないコトを口走り始める騎士を見ながら思い。
次いで心境が落ち着くのを待つ傍ら――。
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「ジャグネスさんの後に、ですか……」
話をしたいと言われ、来た道をやや戻った比較的人の目が少ない階段近くの小さな空間で切り出された願いを聞き、戸惑いから、無意識に相手の言葉を呟くように復唱する。
「はい。制度上、一人目の出産後は二人目を娶る事が可能です。から、是非、私を」
ムム。
「先に申しますと、私は贅沢を求める類いの女ではありません。必要なら働き手にもなれます。家事も全般、不得意なものはございません」
「いや、そういうコトでは、ないんですけど……」
「それではなにが足りませんか?」
ムム。
すると襟の長い服を着ている相手がナニかに気づいた様子で表情をハッとさせて、俯き気味に頬を染める。
「た、堪能という訳ではありませんがっ。其方事での努力も当然ッ。いえっ、満足していただけると――承知しておりますっっ」
ガバッと前傾して顔を上げ、自分を見据えて、ぎゅっと絞り出すような声で力強く断言する――その眼を、見返す。
「……ええと。いったい、なんのコトを?」
「それとも、あなたもまた、私を不出来と……蔑み、不要と?」
自信に満ちた眼が一転して捨てられた猫の様になり、自分を怯えた表情で視界から遠ざけ、下を向く。
「蔑むって……。そんなコトができるほど、自分はベネットさんのコトを知りませんよ。第一不必要な人なんて居ませんし、単純な出来の良し悪しだけで人の価値を決定付けるのは軽率です。そもそも、それと非難するコトとは全く別の話で」
「で、でしたら、正直なところをお聞かせくださいっ」
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――何気なく、さっきした話を思い返す。と不意に名を呼ばれ、反射的に。
「はい、なんですか?」
そして不満そうに――。
「――なんですかじゃないですよ。死力を尽くしてるのに、ちゃんと聞いてくださいよ」
というか、そんな覚悟で話されたら聞く方も困るのだが……。
「……――スミマセン。もう一度、話してもらっていいですか?」
「話すのは構いませんけども、また上の空になるんじゃ……」
「いや、次はちゃんと聞きます。ので、お願いします」
そして僅かな間が置かれた後、やや不満気な顔を残し――。
「――分かりました。でもたぶんヨウジどのにとっては大した話ではないです。だってヨウジどのが大切にしてるのはアリエル騎士団長だけですよね?」
ム。
「いや、それとこれとは別の話で」
と言い出したところに何の兆しもなく横目に人影が映る。
「私が、何でしょう?」
その瞬間、横に居る騎士と同時にビクっと体を仰け反らせて振り返る。と、不満そうな顔をする女騎士が。
「……――何故、二人して同じ反応をするのでしょう?」
「え、えと。それは……、――というか、何故ここに……?」
「ここは一番隊の部署です。私が居る事より、ヨウが居る事の方が謎です」
確かに。
「ですので、ヨウはここで何をしているのでしょうか?」
「ええと。それは――」
――と言い掛けた途端に、女騎士のやや後方、隣に居たふんわりとしたおかっぱヘアーの女性騎士が一歩前へ出る。
「騎士団長、あちらを」
そう、両手で書類らしき荷物を抱き抱えたまま、人だかりの方を示す。
次いでそれを見た女騎士が、不審者を見るような眼差しで、何故か短髪の騎士に。
「先程の事と言い、貴方は……」
「え? ――待ッ待ってくださいよ! アリエル騎士団長ッ! ジ、ジブンはナニも!」
声を上げて、短い髪の騎士が言う。と次の瞬間、煩いほどではなかったものの、騒がしかった群集が一斉に自分達の方へ顔を向け――直後、口々に騎士団長の存在を告げる。
そうして皆の注目が静まり返る場で一人の騎士に集い。
その雰囲気を察した様子で、騎士の長が皆の前へと歩み出て、足を止める。
「一体これは何の騒ぎです? 誰か、私の前に来て、説明してください」
特に怒った感じもない口調で言う長の言葉を聞き、静まっていた人の集まりが若干騒がしくなる。が、一向に誰かが出てくる気配はない。ので、前へ出ようとした矢先――周りが避ける形で人の中から赤い少女が徐に出て来て、姉の前でピタっと止まる。
「エリアル……。何故、貴方もここに?」
すると小さな指先が自分を差す。
「ヨウが居るから」
ちらっと、女騎士がこっちを見る。
「――では何故、ヨウはここに居るのでしょう?」
「お姉ちゃんに会いたかったから」
「ぇ。そうなの、ですか……?」
こくりと少女が頷く。
「……――ですが。それと、この騒ぎにどういった関係があるのでしょう?」
「それは知らない」
興味もなさそうに、きっぱりと言う。
結果、女騎士の視線が再び人だかりへと向けられ。
「貴方達、まさかとは思いますが、直に定時とは言え、勤務中に戯れていた訳ではありませんよね? もしそうなら、各自に残業と言う名の訓練を科します。心当たりのある者は正直に、前へ出なさい」
次いで群集が騒ぎ出し、場が慌ただしい雰囲気に染まっていく。
「……――なるほど。その様子では、全員が黒の様ですね」
そしてザワつく集団。に、正面から歩み寄ろうと動き出す女騎士――に、横から近付く、おかっぱ頭の女性騎士。
あれ。――いつの間に。
「騎士団長、今はそのへんに――しませんか?」
「貴方が口を挟む事ではありません。これは私の責務です、ルシンダ」
「はい、決してジャマなどは致しません。しかし、ご主人が見ている前でそんなコワイ顔をしたら、嫌われちゃいますよ?」
ピクリと女騎士の耳が動く。
「し、仕方がありません。今日のところは、このくらいにしてあげます」
なるほど。――自分には分からないところで既に何か始まっていたのか。




