第17話〔この女たらしめっ 恥を知れ!〕④
よっこらせ。と、一段落がついたと自分の席に戻って腰を下ろした途端。
「ヨウジどの、やっぱりワタシはよくないと思うのです」
後を追う形で自分の所に来た短髪の騎士が神妙な面持ちで、そう告げる。ので、椅子にもたれていた背を起こして――。
「――なんのコトですか?」
と、腰の辺りで手をモジモジしている相手に聞き返す。
「ええっと、――なんと言いますか、アリエル騎士団長が不憫だと思いまして」
ム。
「どうして、そう思うんですか?」
「ええっと――ですね。きっとアリエル騎士団長にも、誰かに見られたくない個人的なナニかがあると思うのです。なので、その……」
ああ、そういうコトか。
「だったら、問題ないと思いますよ」
「え。――ナゼですか?」
「だって、ジャグネスさんはもの凄く真面目ですし。誰かに見られて困るような働きっぷりではないと思いますよ」
「いえっ任務のほうではなく、もっとその個人的なほうですっ!」
「もっと個人的……? ――例えば?」
「そッそんなのっワタシの口からは説明できませんよっ」
いや、なんでよ。
と手を前に出し握り締めるほどの力を込めて談じる、何故か若干頬を赤く染めた相手を見て思う。
そして、ふム。と内心で軽く納得し――。
「――分かりました。ホリーさんの言い分にはきっと一理あります」
言って、座ったばかりの椅子から立ち上がる。
「なんで一緒について来てもらえますか?」
「ハイ、ヨウジどののお供なら喜んで。――しかれども、どこに行くのですか?」
しかれども……、――まあいいか。
「勿論、ジャグネスさんの所です」
「アリエル騎士団長の所に? ――行って、ナニかするのですか?」
「特にナニもしません。と言うか、神様のする事にヘタな手出しはできません。けど、口なら出せます。なんで現状をジャグネスさんに、伝えに行きましょう。そしたら少しは、ホリーさんが心配しているコトも未然に防げるのではないかと、思います」
「なるほど。――あ、でも。どうしてワタシが一緒に行く必要があるのですか?」
「ジャグネスさんがドコに居るか、分からないからです。けど、ホリーさんなら騎士としての知識で早く見付けられるのではと」
「なるほどっ。――それなら真っ先に一番隊の部署へ行くのがいいと思います!」
ふム。――なんか、変に意気込んでるな。
「分かりました。そうしたら先導を、時間的にも余裕がないので急ぎお願いします」
「あ、そうですね。なら早速――の、前に」
扉の方へ振り向こうとした相手が向きを戻して自分を見る。ので、どうしたのかと尋ねると――。
「時間と言われて思ったのですが。わざわざ、今、行かなくてもお二人は後で会えるのではないですか?」
――人差し指を片頬に添わせ、不思議そうな顔をして聞いてくる。
「ええと。ホリーさんが心配してくれているのに、自分が後回しにする訳にはいきませんから。――ただ、それだけのコトです」
「な、なるほどっ。それってつまり、愛、ですねッ!」
何故か片方の拳を掲げるガッツポーズをして相手が言い放つ。
「……かもしれませんね」
という訳で、さっさと行こう。
同じ城内にあるものの普段自分達が使っている部屋とは離れた所にあり。その上、雑務の多い仕事柄これまで一度も出向く事のなかった場所。
――と幾人目かの女性騎士が、すれ違いざま自分達に頭を下げる。ので反射的に挨拶を交わし、進む歩を止めずに見送る。
そして、少し前を行く騎士の背に顔を向けて――。
「なんか自分達、変に目立ってませんか?」
――来て直ぐに気付いてはいた懸念を口にする。
「え? ――ああ、それはきっと、お二人が居るからだと思いますよ」
「どういうコトですか? ――あ、お疲れさまです」
廊下の先から来た女性騎士に会釈を返す。そして直ぐに――。
「――ええと。自分がここに居ると何かマズいんですか? もしかして、男子禁制とかではないですよね?」
「男子禁制? なにですか、それ」
「単純に言えば、男性が入ったり居たりするのを禁止している所です」
「え、――そんな場所があるのですか?」
「あ、いや……――と、とにかく、そういう場所ではないんですよね……?」
「はい、違います。そんな話は聞いたこともないですよ?」
「そ、そうですか……。――なら、どうして?」
「ヨウジどのが、男だからです」
へ?
「――いや。それは今、違うと……」
「ええっと、――男子禁制というのは知りませんが、ヨウジどのが目立っているのは男だからですよ」
ムム……?
すると、廊下の奥に見えている明らかに他とは作りが違う立派な扉の手前、学校の教室みたいな部屋の前で先導していた騎士が立ち止まり。次いで、自分も足を止める。
「ここが王国騎士団を統括している一番隊の事務室です。ここなら、アリエル騎士団長が今どこにいるのか分かると思いますよ」
なるほど。――と、その慌ただしい雰囲気や、今居る場所から見える範囲で中の様子を窺う。そして、実直に――。
「――もの凄く、忙しそうですね……」
「はい。でもここはいつもこんな感じですよ」
それを聞くと尚更、優雅にお茶を飲んでいた事を思い出し、申し訳ない気持ちになる。
程に、次々と紙の擦れる音や人の声が室外に居る自分の耳をバタバタと出入りする。
これではジャグネスさんが怒るのも無理ないか。
と一人納得する。その一方で事務室の扉が開く音がして、直後に傍らの騎士がアと声を出したのに釣られ、そっちを向くと――。
「ベ、ベネット隊長……お久しぶり、です」
――前回の闘技大会で対戦した相手が、自分達に気づいた感じで、こっちを見ていた。
そして挨拶をした元部下に言葉を返す事無く近づいて来た、襟の長い服を着た相手に。
「ベネットさん、こんにちはです。その節はお世話になりました」
軽く頭を下げて言う。と、その場でピタリと歩みを止めて相手が自分を見る。その直後に何故か目を逸らし――。
「――ぇと……私は別に、なにも……」
以前見た時より伸びた紫色を帯びる黒髪を横に揺らして気恥ずかしそうに相手が答える。
すると元上司に自ら近づく元部下が。
「隊長はどうしてここに居るのですか? 本日の終了報告とかですか?」
「……――仮にそうだとしても、部外者であるお前に話す理由は無い」
キッっと突き放すような眼で襟の長い騎士が言う。それを見て、引き気味にビクっと身を強張らせ、そうですね。と髪の短い騎士が空笑いしつつ後頭部を掻く。
「……それに、じき私は隊長ではなくなる。その呼び方は慎め」
「え、――そうなのですか? マリアさん」
相変わらず、迅速かつ最速な対応力だな。
「誰が名前で……、――……もういい、お前と下手に関わるとロクな事がないからな。呼び方は好きにしろ。但し絶対に馴れ馴れしくするなよ」
「はい、心得てますっ。――でも、新しいお相手が見付かって、よかったですね!」
ピタリと襟長の騎士の動きが止まる。と次いで、恐る恐るな感じで短髪の騎士が相手の名を口にし、様子を探る。
ム……?
「隊――じゃなくて、マリアさん。ジブン、またナニか余計なコトを……?」
「……――ナゼ、そう思った?」
停止していた騎士が感情を絞り出すような声で、そう質問し、相手を凝視する。
「ええっと、――以前から寿退社以外で騎士は辞めないと聞いていたので……」
「……お前に話した覚えはない。誰から聞いた……?」
「誰というか、九番隊の皆が知ってる有名な話ですよ? 隊長が、お顔を隠している理由と同じくらい有名な」
悪気の無い様子で坦々と語り終える、短い髪の騎士。
直後に、なっ。と自身の襟を掴み、訳を聞いた騎士が驚きの表情で若干後退る。
……なんていうか。――このまま見ていて、いいんだよね……?
と誰に聞くでもなく、内心に問う。すると――。
「そうか。そういう事なら、あえて礼を言おう」
――筒状に丸めた紙を持つ手を胸の前に出し、襟長の騎士が感情を抑制する様な声と雰囲気で告げる。
ム?
「え? どうされたのですか……、マリアさん」
「既に九番隊ではないお前が気にする事ではない。しかし正式に辞任する前に、正すべき事柄を知れたのは不幸中の幸いだ。感謝しておく」
そしてグシャっと震える手の中で紙が折れ曲がる。
「――そういう訳で、私は先に失礼する」
と言って、くるりと向きを変え、足早に自分達が来た道へと襟長の騎士は歩いて行く。
しかし直ぐに足を止めて、こっちに振り返り。
「ぁの……もしよければ、二人だけで少し、お話を……していただけませんか?」
それは構わないが、現状で声色を変える理由が分からない。
なんだこの人だかりは。
――話を終えて戻った事務室の前にできていた人の群れを見て、そう思いながら、群集を離れた場所で見ている騎士を見付けて隣に行く。
「これは、その……何かあったんですか?」
「あ、ヨウジどの、おかえりなさい。話は終わったのですか?」
「そうですね。特に問題もなく、終わりました。――で、この人だかりは?」
「はい、エリアル導師の人気が産んだ賜物です」
それはまた、凄いな……。ただ――。
――本人が全く見えない。と、人々の集まりに心配の目を向ける。




