第14話〔この女たらしめっ 恥を知れ!〕①
十二月の初日、異世界で明ける二度目の年を前に頭を悩ます。
というか、なんで。
ただでさえ発注はムズカシイ。それが恒例行事ともなれば、尚の事。
どう考えても自分に回す仕事ではないのだが……――。
――思いつつ、向かいのデスクを見る。
「なるほどのう。巷ではそんなモノが流行っちょるのかえ」
「はい。ですんで、女神さまもどうですか?」
「そりゃムリじゃわあ。私、体ないもん」
と、雑誌を見ている騎士の傍らでフワフワと女神が受け答える。
……――暇そうだし、代わりにやってもらおうかな。
そして何気なく時計に目を遣る。
ム。――そろそろ。と思うや否や、雑誌を見ていた短髪の騎士、次いで奥の席でくつろいでいた魔導少女がピクリと動き出す。
その動きはまさに迅速で、机の上にあった雑誌や周囲の魔導機具が見る見るうちに二人の手で収納されていく。
というか、機具に関しては少女が用意したアタッシュケースのような物に吸い込まれるさまを見る度、特許が取れるのではないかと思ってしまう。
結果、物の見事に片付いた部屋に響き渡るノック音――続いて開扉し、登場する女騎士が部屋の様子を見ながら自分に近づいて来る。
すると短髪の騎士が立ち上がり――。
「アリエル騎士団長っ、コ、ココ……コンニチワです!」
――例によって敬礼も加え、挨拶をする。のを横目に自分も立ち、目の前に来た相手と普通に言葉を交わす。
「今日も見回りですか?」
「はい。少々お待ちください」
そう言って向きを変える女騎士が女神に頭を軽く下げ、自分の方に向き直る。
「どの様な感じでしょう? 何か、問題などはありませんか?」
「今日も特には――あ、そうだ」
と机の上から発注書を取る。
「ちょっと相談したいことが」
助言を求めたつもりが、最終的に全ての悩みを解決した相手に称賛の視線を送りつつ。
「なるほど、助かりました」
次いで発注書を置いてから改めて頭を下げ、礼を言う。
途端に相手が慌てた様子で――。
「――そっその様な、このくらいの事なら、いつでも……」
と言って耳元に近付き、はにかんで二人の関係を主張する。
その初々しい持論に、思わず照れが感染しそうになり――。
「え、えと。時間……大丈夫ですか?」
――やや強引に、話題の変化で動揺を抑え込む。
「ぇ? ぁ、そっそうですねッ。それでは私は、この辺でっ」
そしてハイと返す自分の前で、そそくさと頭を下げる相手が扉の方へ向かう。すると思い出した感じで足を止め、女神の方を向き、頭を下げる。と直ぐに忙しなく動き出し、ノブを掴む。
と其処でピタっと止まり――。
ム?
――徐に、立ち尽くす騎士の方へと横顔を向ける。
「ホックさん、その引き出しからハミ出している物の取り扱いを、次に来るまでに決めておいてください」
言って、女騎士が部屋を出て行く。
……コワ。
そうして来客が去った後、静かに引き出しの中を整理し始める騎士が次々と私物を机の上に並べていく。内容は言うまでもなく、仕事とは無縁の物ばかり。
凄い数だな……。
よく詰め込んだものだと、むしろ感心してしまう。
「あの、よければ手伝いましょうか?」
正直思わぬ形で仕事が片付き、暇だ。
「え、――本当ですか? ぁ。――いえ、やめておきます……」
喜びの顔を見せた瞬間、直ぐに視線を逸らし相手がふっと笑みをなくす。
「どうして……?」
「だって、ヨウジどのに手伝ってもらった事がバレたらワタシ、除隊させられますよ」
そんなバナナ――。
「――さすがに、それはないと……」
「ヨウジどのは分かってません。アリエル騎士団長みたいな方は、一度誰かを好きになると周りを全て敵とみなす猛獣型なんですよ」
猛獣……。
何気なく、並べられた雑誌にちらっと目を向ける。
「まぁなんというか、あまり世間的な情報を鵜呑みにするのは……。そもそも、ホリーさんはジャグネスさんに何か、ヒドイ事でもされたんですか?」
「え。――……ええっと、具体的には何もされてはいないのですが……」
「なら、それが一番信用のできる情報ですよ」
其処で突然、上からスッと顔が現れる。
「では苦情を言う権利がワレにはあるぞえ」
ビックリした……――。
「――……どういうコトですか?」
「ウム、ワレはあの女に酷い目に遭わされたのだ。――よってクレームの処理を申し立てるぞ、責任者を呼ぶのじゃ」
「責任者……。ええと、呼ぶ前に、先にどういった内容かを伺ってもいいですか……?」
「当然じゃ。明々白々、適切な処理を頼むぞえ」
……なるほど。
文句を聞き終え、一先ずは納得をする。が具体的に何を損壊されたのか明言されていなかったので――。
「――その、大事なモノというのは?」
「ワレが丹精込めてつくった作品じゃ」
「作品? ――絵とかですか?」
「そがいな陳腐なモノではない。ワシが産み出すのは芸術という名の神秘じゃ。奥行きのない平たい世界など、ディスプレイにもならん。分かりる?」
「……――スミマセン、ちょっと……――もう少し、具体的にお願いします」
「具体的? ナニを言うておる、ソナタとて他の者同様に、目にしたであろう?」
ム……。――なんのコトだろう。
と今一つピンとこない自分を見ていた相手が、ため息まじりに口を開く。
「マッタク、ソナタは世話が焼けるのう」
「……なんか、スミマセン……」
「まあよい。手間のかかる子ほどカワイイと言うしのう」
次いで、不本意ながら――。
「――それで、その……作品というのは?」
と聞く。直後、目の前でフワフワとしていた相手がぐるんと位置を正す。
途端にさらっと、最近見たばかりではあるが、伝説上の生物を口にする。
ので思わず、なんて。と聞き返す。
「じゃからドラゴンじゃ。彼奴はワシの丹精込めたドラゴンを破壊しよったのだ。それだけではないぞ。聞いたところによると、ことごとくワレの邪魔をしていたらしいではないか。実に嘆かわしい、激鬼プンプン丸じゃ」
激鬼……。
「……ええと。その話、詳しく教えてもらえませんか……?」
「言わずもがな。情状酌量の余地もない、公正な判断を望むぞよ」
……なるほど。――て。
「というコトは、女神様があのデカいトロールとか……――……女神杯の?」
「そうじゃ、ワレの差しガネじゃ」
「なんで、そんなコトを……?」
すると次の瞬間、本日は巫女装束を着る北米風の聖女から表情が無くなる。そして――。
「人は目の前で起きている出来事をどれだけ許容できるのか」
――感情のない声で、そう告げる。
ム……?
――が戸惑うよりも先に、パッと相手の表情が灯る。
「などを目的とした、いわゆる実証じゃな」
「……――そんなコトを証明して、どうするんですか?」
「世の為、人の為に、活用するのじゃ」
「けど、その為に人が少なからず死にました」
「一時的にのう。まあ加護があるよって問題はあるまい」
ムム。
「それにじゃ。ワシはちょいと怖がらせてやろうと思っただけで、被害が広がった原因はソナタであろう」
「俺……? 何故ですか」
「ソナタが居なければ、ワレの産み出した作品共は奥に進み入る事もなく役目を終えて消滅し、ワレのもとに帰っておった。しかしだ。結果は遺憾、余計な生命を散らし、剰え我が力を注いだ作はその物種ごと灰燼に帰し、差し引きはゼロどころか寧ろマイナスじゃ」
「それと、自分があの場所に居た事になんの関係が……」
「フム。まあ詳しく知りたいのであれば、フェッタにでも聞くがよい。いずれにしても、ワレはソナタを処罰する気など微塵もないのでな。あるとすれば、フェッタの方じゃろ」
「……預言者様が? どうして」
「まあワシが言うのもなんじゃが、苦労をかけておるからのう。文句の一つや二つは持ってても致し方あるまいて」
と言いつつ、いつしか手を休めて出てきた雑誌を立ち読みしている騎士の所に向かう。
「いや、それなら尚更、女神様が話してくれたほうが」
「そうしたいのはやまやまじゃが、ワレはこれから世間の風潮を知らねばならぬよって忙しいのじゃ。そっちで対処しておくんなまし」
……――そんなに、気になるモノなのだろうか。
完全に見入ってしまっている二人を見て、思う。
「ホウ、好きな男子に粗塩を塗りたくる祭りがあるのかえ。オモシロそうじゃの」
なにそれ怖い。――けど、ちょっと気になる。




