第12話〔結婚すると こういうイベントもあるのか〕③
何故か夫婦の在り方を世間話調に語られ、もはやメンドクサイ上司を相手にする姿勢で相づちを打つ。
「――よって、妻を何かと比較するのは以ての外。常に思い遣る事が、家内安全の秘訣、ひいては己が為に繋がるのじゃ」
「なるほど。家内だけに、ですね」
「ウム。そのとおり、分かっておるではないか」
……――いつまで続くんだろう、この話。
「まあ、あとは実践あるのみじゃ。机上の空論など、何の役にも立たんからの」
それを言ったら元も子もない気がするのだが。
「しかしあれだね、新婚というのはイロイロと不便なコトもあるでしょ?」
「不便なコト……?」
「そうでなくても別世界の住み人は軟弱な躰をしておる。生活環境の変化は骨身に染みるであろう?」
ああ、そういうコトか。
「最初の頃は、それなりにありましたが。今は、然程です。ただ何と言っても皆が親切なのがそう感じる要因だとは思いますけど」
「ホウ、なかなかに謙虚ではないか。――ウム、気に入った。望みを言うがよい」
「へ? ……望み?」
戸惑う。同時に預言者が慌てた様子で身動ぐ――が何も言わず。
「神であるワレを感心させたのじゃ。褒美を与えるのは自然なコトであろ?」
「ぇ……ええと――」
――思わず預言者に視線を送る。
「……――女神様、洋治さまは慎ましいだけでなく、欲念も控えめな方であらせられます。ゆえに直ぐには返答ができかねるかと」
「なるほどのう。しかし自己の欲である必要はないぞ。困っているモノを援けるコトも、ワレが与える褒美の範疇じゃ」
ム――。
「――それって、社会的な問題でもいいんですか?」
「イケませんっ」
制止を促すように手を出す預言者が珍しく声を上げる。
え?
「なんじゃフェッタ、急に大きな声を出すでない」
「……申し訳ありません」
と言いつつ、預言者がこっちを見る。
「ええと……――どういう、コトですか……?」
「差し出がましいコトとは存じますが、神からの褒賞は大変貴重です。早計に答えを出すのは、些か惜しいものと……」
「なるほど。確かにそうですね」
すると納得する自分の前に居た女神が、預言者の近くに飛んで行く。
「なにも言ったからと、直ぐに叶う訳ではないぞ。そんなランプに住んでいる魔人のような制度ではありまオンセン。――よって、言うだけ言うてみ」
ありま……。――言葉の選択が古い。
「しかし女神様、洋治さまは」
「――フェッタよ、ソナタはイツ、ワレに意見できる立場になったのじゃ?」
預言者の前に移動して、自分からは顔の見えない位置で神が問う。と途端に部屋の空気が重苦しいものとなり、堪らず――。
「――言うだけなら、べつに……」
そして振り返る女神が、何故かニヒルなキメ顔で笑う。
ム。――どこかで見たことあるような……?
一通り――といっても大した事情は知らないので、実質あらまし程度の話をした結果。
「フムフム。なるほど・ザ・世界じゃ」
世――ではなくて。
「……どうですか、その……改善する、見込みは……?」
「ウム。当然ありありじゃ」
「え……。――ええと、ありあり……なんですか?」
「如何にも。まあ少子高齢化問題と言うのはよく分からんが、天秤を管理するのはワレの職分である。言い換えれば、その為にワタシは下界へと降り立っておるのだ。と言っても足は着いておらんがな、ダハハ」
……――反応しづらい。
「――さて、しかるところそれがタロウの願いかえ?」
「洋治です。――で、そうです」
タロウて……。
「ほーん。――なんとも、他力本願な願いじゃの」
ム。
「いや、願いらしい願いが他に……」
そもそも願望を聞いておいて、それはない。
と思う。一方、目の前の女神は眠たそうな顔で欠伸をしたのち。
「分かっておる分かっておる。そういう意味ではない、気にするな。――では時間がないゆえ話を変えるが。どうじゃ、その胸の内も、そろそろ覚悟が決まった時機であろう?」
「……なんのコトですか?」
瞬間、相手がキッと目を細める。
「いくらなんでも言い訳などは通じぬぞ。人の子といえど、そこまで聞き覚えが悪いと愛想が尽きるワ」
次いで、わなわなと身を震わせる女神の輪郭が陽炎のように揺れながら淡い光を放つ。
「え……?」
なんかマズい。
「――キサマらは、いつ如何なる場合においても女を誑かす。剰え、平然と誓いを破るその極悪非道ぶりは世の秩序すら乱す毒巣じゃ。野に放つなど、断じて容認できんっ!」
え、なに急に。というかキャラが――いや人格が……。いや、それは元からか。
そして、どういう原理かは分からないが、神を中心に発生する謎の気流が部屋中を掻き回す。にも拘らず、自分を含め、何かしらの影響は全くといっていいほどに無い。
なんだこれ……。――……幻覚?
「何とか言ったらどうだ? 人の子よ。神の情けで、聞いてやらんこともないぞ」
……どっちだ。――いや、まぁどのみち。
と手を挙げる。
「ハイ。決まったので、いいですか?」
言ったと同時に相手の目が若干見開く。
「……――ホウ、この瀬戸際で発言を試みる度胸。――いいじゃろう、買ってやろうではないか。申してみよ。但し、迂闊なコトを言うでないぞ。場合によっては天地を逆さにする程度では済まさぬからなあ」
いや、むしろ頻繁になってるのは貴方様なのだが……。
「……ええと。ではお言葉に甘えて、――さっき女神様が聞いてきた覚悟というのは、なんのコトですか? 教えてください」
次いで相手の口からナと声が出る。と次の瞬間、一時的におさまっていた部屋の風景が突如として暴風となり、四方を完全に囲んで荒れ狂う。
その様はまるで台風の目にでも立っているかの如く迫力で、思わず精神的に圧倒され、身が縮む。
「――キサマ、よくぞまあ、いけしゃあしゃあと……。よかろう、それほどまでに希望するのであればその願いッ今直ぐに!」
「はい。ご褒美らしいので、是非、お願いします」
「……褒美だと? ――ナニを言っておるのだ、キサマは」
相手がスッと自分に顔を近付けてきて、不可解なものを見るような目で言う。
「さっき望みを言えって、言いましたよね? 自分は、その願いを言ってるだけです」
「それは――、……どういう意味じゃ?」
「要は、女神様が聞きたい覚悟というのが何の事か、教えて欲しい。という願いです」
「そんなもの、結局は忘れておるというコトであろうが。その程度の取り繕いでワレを説得できると思うたか?」
「いえ、違います。そういう理由で、言った訳ではないです」
「ではなんじゃ。よもや頓知でこの場を乗り切ろうなどとは思うておるまいな」
「はい、思ってません。だって単純なお願いですから」
「では聞くが、その願いとやらをワレが受け入れる保障はあるのか?」
「神様は偽らないと、聞きましたけど?」
「……――では願いを叶えたのちなら、ソナタはどうなっても構わぬのだな?」
「どうなってもいい、とは思いませんが。少なくとも、それとこれとは別の話です。自分はただ、女神様の口からもう一度、以前の話が聞きたいだけですから」
途端に相手の眉がピクリと動く。
「詳しく申してみよ」
「ぇ? ――いや、詳しくというか……そのまま、の意味で」
「つまりアレか、ヨウジはワレの語りべに耳を傾けたいのだな?」
「まぁその……そんな感じです」
そして顔がスッと後ろへ下がる。と腕を横に広げ――。
「――よかろうッ。ならばワレのこの想い、前後二部作ディレクターズ・カットでお送りしようではないか!」
次いでバンっと照明が落ちる。
なーにーぃ。――やっちまった。
その場で体育座りをして観劇すること数時間、目の前に映し出されるエンドロールを見終えて――。
あんな場面あったかな。
――と、立ち上がる。
次いで照明が元に戻り、日常的な部屋の風景と共に二人が姿を現す。
「どうじゃった?」
「ええと……まぁ。――要するに、この前の続き――で、よかったですか?」
「ウム。此度の作品は観客一体型での、最終的にソナタがワタシに答えるコトで完成する新手法を用いておる。どうじゃ、芸術じゃろ?」
「……そうですね」
「ウム。――では聞こうではないか、ヨウジよ。ソナタはワタシに永遠の忠誠を、愛を、誓う覚悟ができたのだな?」
ふム。
「すみません。それは出来ません」
「よかろうッ、ならばワレに――……ナヌ? いま、なんと申したか……?」
「申し訳ないとは思いますが、出来ません。と、言いました」
次の瞬間、ピシリと部屋に亀裂が生じる。




