第11話〔結婚すると こういうイベントもあるのか〕②
場が落ち着いた後、許可を得て、説明を代行する預言者が話す事情に内心で納得する。
「――ゆえに、通常は神の存在を視覚で捉える事は出来ません。しかし神が自ら視覚化する事で、その御姿を拝見する機会に賜れるのです」
なるほど。――けど。
「それだと、どうして自分や預言者様に見えている時に、ホリーさんは見えてなかったんですか? 見せる相手を、選ぶコトが出来るって事ですか?」
「いえ、そうではありません。端的に申しますと、私達は少々特別枠なのです。そのため他の者とは違い、常時、神の御姿を視認する事が可能なのです」
「え、そうなんですか……?」
「ハイ、そうなんです」
相手が和やかに言い切る。
「……――けど、なんで?」
聞いた途端、小難しい顔をして預言者が女神の方を見る。と、それに気づき――。
「――まあそのへんのコトはアトで話してやるゆえ、追いかけてくるがよい」
目線は別の方を見ているものの、明らかに自分を意識した口調で、美神が告げる。
「追いかける……?」
次いで相手が自分に目を向け。
「ウム、待っておるぞ。――では行くぞえ」
そして預言者が、御意。と返す。
すると再び淡い光りを放ち。その後、何事もなかった様にスーっと部屋にある魔導機具などを透り抜けて、扉のある方へと消えていく。
「洋治さま、お手数ではありますが、できうる限り早いうちに、私の部屋にお越しください。――それでは、のちほど」
軽く頭を下げて言い、そして去って行く。
「あ、はい。分かりました」
その、何処か震えている様にも見える、後ろ姿に返す。
「いやぁ、本当に女神さまなのですねぇ」
預言者が居なくなった後、何故かしみじみと短髪の騎士が言う。と、こっちを向き。
「ヨウジどのも、そう思いませんか?」
「……ええと。それは、まぁ……」
「ワタシ、女神さまに会えるなんて想像すらしませんでしたよ」
「え。けど、ずっと子守をしてましたよね?」
「あれはどちらかと言うと本当に子供と遊んでいる感覚に近かったので、今みたいな神さまっぽさはなかったです」
なるほど。
「実際イマも、突然ヒカリに包まれて消えてしまいましたし、神さま感満載ですっ」
言葉の尻に近づくに連れて声を力ませる目の前の騎士が、最後は手を握り締め、告げる。
ム。
「ホリーさんには、そう見えたんですか?」
「ぇ? ――あ、ハイ。ヨウジどのは違うのですか?」
「そうですね。自分的には少し光っただけに見えました」
「へぇ、そうなのですか。――アリエル騎士団長の目には、どう見えたのでしょうか?」
短髪の騎士が自分の横に居る女騎士に体ごと顔を向けて問い掛ける。すると突然話し掛けられたからか、やや反応鈍く――。
「――えっと、私も同じです。光を放たれたのち、御姿が見えなくなりました」
ん。――なにか、考え事でもしてたのかな?
「そうですよね。――やはり、ヨウジどのは特別なのですね」
ふム。――ん、待てよ。
「ところで、ジャグネスさんは――何故ここに?」
途端に女騎士が顔をハッっとさせる。
「そ、そうでしたっ。私は、預言者様に用があったのです」
「用? どんな用ですか?」
「はい、預言者様宛ての荷物が届いていて、その連絡を」
「荷物? わざわざジャグネスさんがですか?」
「ぁ、いえっ荷物は事の序でで、本命は任務上で必要な書類を受け取りに――行ったのですが、あいにく御部屋の方が不在で、困っていたところを偶然通り掛かった者にこちらへ預言者様が向かわれたのではと聞き、参りました」
「なるほど。それなら、さっき聞いていたとは思いますが、これから預言者様の所へ行く予定があるんで、一緒に行きますか?」
「ぁハイ、是非」
――そして短髪の騎士、と魔導少女の方を見る。
「できるだけ早くに戻ってきますんで、留守中いつも通りにお願いします」
次いで、はーい。と、二人から平常の遣り取りが返ってくる。と次の瞬間、二人の間を指で差し――。
「――何ですっその返事はッ、しゃんとしなさい!」
直後、二人の背筋がその場でビシっと伸びる。
コワ。
***
部屋の中に入ったフェッタの横を通り、窓側にある一番奥の机の上で女神と呼ばれる存在は振り向く。そして、その身を宙に据わらせ、自らの従者にやや声を荒らげて問う。
「弁解あらば聞こう」
「……――申し訳ございません。私のような者に、神の意向を汲み取る事な――ど」
突如として生じる痛みが、フェッタの内側を襲う。
「ぁ――ぅ、ァ――っ」
次いで、胸を押さえ付けるようにして掴んでいた手が、その場で崩れるように倒れる身を庇い床を突く。が心臓を圧し潰す程の激痛に堪え兼ねて身体は横たわり。
その様を、上から粛然と見ていた主が――。
「――過度であるぞ、フェッタよ。私はオマエと、音遊びなどに興じるつもりは無い。痛切に理解するがよい」
途端に胸の痛みは消える。しかし直ぐには動けぬ苦痛に息を絶え絶えとさせる従者を見て、女神はある記憶を思い起こす。
「……フェッタよ、なにをしておる? 早う立ちなはれ」
すると途中よろめきながらも、痛みに堪えて震える体を起こし、預言者は立ち上がる。
そして、たどたどしい意識を保ちつつ――。
「――……もうし、訳……あり、ません……」
「謝罪もうよい。早く訳を説明せい」
「……――申し……。――僭越ながら、私の、理解が追い付いていないと言うのは事実で御座います。ゆえにどうか、御慈悲を……」
胸の痛みを抱えるように身を縮めてフェッタは言う。と次いで威光の籠もった神の眼差しが従者を気圧し、その額に汗を浮かばせる。
――と突然ニコリと微笑み。
「おおそうか、たしかにソナタの言うとおりじゃ。人の身で、神の壮大な記憶にそぐえというのは些か難があったわ。とあらば、あわれむ余地はあろう」
「……――誠に、ありがたき……神の慈愛、感謝いたします」
「ウム。であるなら」
其処でコンコンと、部屋の扉が叩かれる。
*
「私、今日はちょっと……。明日、また出直します」
部屋の前に着いた途端、そう言って女騎士が足を止める。
「どうしたんですか? 急に」
「その……まだ少し、慣れなくて」
目を合わせたまま雰囲気的に伏した感じで、相手が言う。
「ああ、そうですね。確かに独特な人柄と言うか――」
――神柄というか。
「い、いえっ。そういう訳ではないのですが……」
ム?
「……いえ。今は、何でもありません。また後で、今夜にでも、聞いてもらえますか?」
「それは勿論いいですけど。仕事に使う書類というのは、いいんですか?」
「はい、そっちはまだ余裕がありますので、明日に回します。ただ言付けだけは……、お願いをしても、いいでしょうか……?」
「勿論、いいですよ」
ノック後、中に入る。と何故かいつもとは違う立ち位置に、というよりも――。
「――ええと。……マズかったですか?」
なんとなく部屋を取り巻く不穏な空気を察して、思わず口から言葉が出る。
と、机の上でフヨフヨしていた美神がスーっと前へ進みながら丁度いい目線まで下りてきて口を開く。
「あらあら、よく来たわね。さぁ入って入って、外は寒かったでしょ?」
まるで親戚か友人宅で出迎えるオバさんの様な動作で、相手が告げる。
「いや、その……」
既に入ってる、というかは城内なのだが。
「オヤ、一緒にいた黄色の髪をした者はどうしたのじゃ?」
「黄色の髪……? ええと、ジャグネスさんのコトですか?」
「ジャグネス? あの者の名かえ?」
「はい、そうです」
「さようか。して、イトウとはどのような関係なのじゃ?」
「水内です。――で、夫婦です」
「ナニっ、夫婦となッ? よもやそのような男女仲であったか!」
過剰に肩を引くオーバーリアクションをして――から戻ってきた顔が、間近に止まる。
近い……。
「そんでもって子は?」
「……居ません、今のところ」
「あら……、でもヤるべきコトはヤってるんでしょ?」
「まぁその……一応」
というか何で結婚すると、皆そっちのコトばかり心配するのだろうか。




