第10話〔結婚すると こういうイベントもあるのか〕①
「女神ちゃんが居なくなってから、もう一週間です……」
廊下を歩く道すがら、特に何の前触れもなく、窓の方に目を遣る短髪の騎士が物憂げな表情を浮かべて言う。
……唐突だな。――とは思いつつも。
「まぁ実際、ホリーさんが一番面倒を見てましたね」
「はい。――どうやらワタシ、子供が好きみたいなのですよ」
と窓の方から、くるりとこっちに顔を向けて告げる。
なんとも曖昧な言い方だな。
「――いっその事、保育士にでもなりますか?」
「保育士? なんですかソレ? 児童を武器にして戦う、異世界の役職とかですか?」
まぁある意味でモンスターを相手にはしているけどもって。
「いやいや、そんな訳ないです。沢山の人の子を世話する、仕事ですよ」
「え――そんな仕事があるのですか?」
「え、ないんですか? 保育所とか、孤児院とかですよ?」
「保育所? ――ええっと、孤児なら稀に居ますけど。ていうかワタシが元、そうです」
ム……。
「……そうでしたね。ええと、ホリーさんは孤児になってから、どうしたんですか?」
「すぐ今の両親に引き取られました」
「引き取られる前に、施設とかには行かなかったんですか? 一時的にでも」
「ええっと、さすがにハッキリとは憶えてませんが、なかったと思います。なにせ、孤児は人気モノですから」
「……人気モノ? ……――何故ですか?」
「子供はいつでも人気です。なんたって常に少子化ですから。もし男の子で、孤児にでもなったら大変な奪い合いになりますよ」
「なるほど……。やっぱりその、男女比の問題が関係しているんですか? 少子化に」
「だと思います。一夫多妻制なのも、それを危惧しての制度だとワタシは思ってますし。もっと言うなら最近は人口の多い町に上る人が増えたので、田舎のほうは若い人手が不足しているみたいですよ」
なるほど、地方の高齢化――て。
「なんか、やけに詳しいですね?」
「え。……そうですか?」
そして片頬を指で掻き、アハハと乾いた声を出す。と次いで若干慌てたそぶりで、こっちを向き――。
「――それはさておきドウですか?」
「……――何について?」
「モチロン、アリエル騎士団長との新婚生活です」
ふム……。
「……具体的には?」
「はい、子作りのコトです。順調にヤってますか?」
「ふぇ?」
思わず、何かを含んでいたら吹き出していたであろう次第に、変な声が出る。
「って、いくらヨウジどのでも夫婦になったからには奥手のままではいられませんよね」
――アハハ。と、後頭を掻きつつ短い髪の騎士が笑う。
「いやまぁ、その――……というか、そんなの聞いてどうするんですか……?」
「え、――気になりませんか?」
「あんまり……――」
――聞いたところで、何の役に。
そして足を止める。
「まぁ冗談はのちほど」
次いで、行き着いた部屋の扉を開けて、中へ。
中に入ると珍しいお客が二人、ではなく一人と――。
――……浮いてる? というコトは……。
「……女神様?」
立派な椅子に座っている魔導少女の机の前で、並んで立っていた? 訪問者の片方を見て思わず呟き程度の声量で問う。
「おお、ササキではないか。元気だったかえ?」
「いえ水内です。というか、その姿は……?」
髪色は似ているものの、どう見ても前回と異なっている風貌の相手を見上げながら聞く。
高い……。――ジャグネスさんより高いかも。
と若干床から浮いているのも相まって、思う。
「お。気づいてくれたか。どうじゃ? 今回の容貌は」
容貌……、――というか基礎が変わってますけど。
「ええと。凄い変わり様ですね……――な、何故……?」
「いやナニ、オシャレとは常に時代を、モチーフが要るのでな。テイストは吟味しなければイカンよ、君」
ちょっと何を言いたいのか分からない――って。
「オ……オシャレ?」
そんな範疇では、というかは完全に別人です。
すると望む答えが返らぬまま、よく分からない御洒落の理屈をドンドンと語っていく神の傍らに居た預言者が一歩ほど前へ出てくる。
「女神様は我々とは異なる次元で活動しておられます。ゆえにその身は肉を必要とせず、見目はいついかなる時も麗しい御姿を自ら選定されるのです」
「……選定? どういうコトですか?」
「端的に申しますと、過去に女神のもとへ逝った者の中から感覚的に好ましいモノが選ばれ、神姿となるのです」
「なるほど……」
分かったような、分からないような。
「コレ、あっしの話を聞いておるのか?」
「――申し訳ありません。出過ぎた真似を致しました」
元居た場所へ下がり、静々と預言者が告げる。
「まったくじゃ。神の話を遮るとは、ヌシはあとでおしおきじゃな」
「……はい。畏まりました」
え、おしおき? いや――。
「――それは」
弁明しようとした矢先、視界の端から突如、短髪の騎士が顔を出す。その表情はどこか奇怪なものを見る様に、そして何も言わずに自分を覗き続けてくる。ので――。
「――……なにか?」
次いでビクッと相手が目を合わせたまま体を揺らす。
ム?
「……――ヨウジどの、いったいドウされたのですか……?」
「ドウと言うのは?」
「ええっと、ドウして急に独りで……ブツクサと?」
へ?
「それに――預言者さまも、ドウして急に女神さまの話を……」
短い髪の騎士が預言者の方を見て言う。
いやいや――。
「――それは目の前に」
と言った矢先に横からフワフワと寄ってきた金髪美人、もとい美神が訝しい表情をしている相手を独特な姿勢で上から覗き込む。が、覗かれている方は全くと言っていいほど、一切反応を示さない。
あれ。――……まさか、見えてない……?
「おお、この者は。――よしよし、しばし待て」
逆さになってフヨフヨとしている美神が、そう言って目を閉じる。と全身から淡い光りが放たれ――た直後、光が輪郭に吸い込まれるようにして消えていく。
ム……?
「あ、――分かりましたよ。二人でジブンのコトを、え? ドわッ――イダァイ!」
突如、直ぐ横に居た女神の方を見て、眉間を撃ち抜かれたかの如く勢いで身を動かした短髪の騎士が跳び退いた先の魔導機具に後頭部を打ち付け、しゃがみ込む。
うわ、痛そう。
思いつつ、心配して、そばに行く。
「大丈夫ですか……?」
次いで弱々しい返事をする相手に、手を差し伸べる。
「ェ? ――……ええっと、……ありがとうございます」
そして乗せられた手を掴み、引き起こそうとした途端にノック音が部屋に響く。と扉が開き、視界の大半を占領する魔導機具の向こうから、これまた珍しい訪問者が――。
「――あれ? ジャグネスさん、どうしたんですか?」
目が合う――や否や微笑む女騎士、の視線が自分から外れ、やや下を見る。
すると掴んでいた手がサッっと引き抜かれて。
「こッこれは違いますっ、違うんですッ――ご、誤解です!」
其処で漸く状況を知る。
しかしそんな事をしている内に、重みのある足取りで近づいて来る女騎士。
同時に、ひッ。と、短髪の騎士が小さな悲鳴を発する。
「いや。ジャグネスさん、これは」
ダンっと女騎士が足を止め、床で怯える相手を見下ろす。
と横から――。
「――なんじゃ、それがしは。場をわきまえんか」
途端にぐるっと顔を向ける騎士が女神と顔を見合わせ――た次の瞬間、互いに驚いた様子で後ろへと身を引く。その結果、一方が鈍い音を立てて後頭部を機具に打ち付け、その場にしゃがみ込む。
うわ、痛い。
「次回、私が来るまでにちゃんとしていなければ、全て没収します。いいですね?」
椅子から立ち、姉の前で肩を窄めていた魔導少女が下を向いたままコクっと頷く。
うーん。――まるで母娘だな。
などと内心で感想を述べていると、やや相手を意識した目線の運びで自分の所に来た女騎士が耳打ちをするように顔を近付けてきて。
「あの、それで……あの方は?」
「え、女神様ですよ?」
「女神様……? でっですが――」
――合点がいかない感じで、ちらりと相手を見る。
あ、そうか。
「ええと。アレも、女神様の姿らしいですよ。ほら、足下を見てください」
次いで女騎士の瞳が下を向く。と直ぐ、期待に胸をふくらませる子供の様な顔と煌びやかな眼を自分に向けて――。
「――う、浮いてます」
ム、……かわいい。




