第7話〔大サービスでご覧に入れましょう〕①
午後からの仕事を一部終えて部屋へと向かい廊下を歩く道すがら、短髪の騎士と他愛もない話をしていたところに何の前触れもなく、何気なしに目を遣った窓の外を人らしきモノが横切る。
え……?
「――なので、ヨウジどのも今度――、む。ヨウジどの?」
突然足を止めた自分を振り返って見る相手が、不思議そうに首を傾け、言う。しかしそれを保留して先に、止まっていた歩を進め、窓外の様子を窺う――も特に変わった事はなく。
「……――あの、今、ダレか窓の外を通りませんでしたか?」
と横に来た髪の短い騎士に意見を求める。
「え。――ここ、三階ですよ……?」
それは、そうなのだが。――今一度、窓を見る。
うーん。――よくよく考えると、オカシナ点も多い。
第一着物を着た英国人ってだけでも……――。
「――……そうですね。たぶん――いえ、普通に見間違いだと思います」
と言うかは、その方がいい。何故だか分からないけど、こういう感じの時は――。
「おや、これは運命でしょうか。探し人が、自ら私の近くに来るとは」
――大抵ややこしい事が起こる。と、近づいて来る白のローブを着た相手に顔を向ける。
手荷物を預けたのち、先に戻る騎士の後ろ姿を扉の前で見送る。
次いで、入る部屋の真ん中で腕を組み仁王立ちしている黒髪の少女と対面する。
「鈴木さんも呼ばれたんですか?」
「そ。戻ってきた途端にね」
戻ってきた? ――そういえば、今日は朝から一度も。
「それでは早速、招集した訳をお話しいたします」
いつもの場所で、しかし着席はせずに立ったまま、預言者が告げる。
ム――。
「なんか改まった感じですね?」
――どこか緊張した面持ちの相手へ向き直り、その真意を問う。すると普段なら浮つくはずの表情を崩すことなく。
「ええ、その時が来ましたので」
そう心身ともに落ち着いた態度で、預言者が答える。
「ね。先に言っといてあげるけど、あんまり雰囲気つくると、あとが大変よ?」
普段と変わらぬ口調で少女が、向き直った自分の隣に来て言う。
「お心遣い、感謝いたします。さりとて今回ばかりは終始一貫して、このまま、行かせていただきます。ゆえにお気遣いは、無用です」
そして小さな黙礼をする相手の姿勢に、思わず隣を見る。と同様にこっちを見た少女と目が合い。なんとなく互いの認識が合致した――ような感覚で、状況を見直す。
「ええと。話というのは……?」
「はい。端的に申しますと、つい先ほど、女神が覚醒いたしました。就きましては早急に、適切な対応をとる必要がございます」
「覚醒……? けど、女神様なら部屋で妹さんと……――」
――起きていれば、一緒に。
「ええ。しかし先ほど私の所に姿を現して挨拶を交わしたのち、散策に赴くと去って行かれました。それにより女神の覚醒は、揺るぎない事実となります」
ム……。
「――で。対応ってのは、実際問題、ナニをすればいいのよ?」
「ハイ、まずは……」
預言者の視線が上に流れる。――正確には、自分達の後方に。
結果釣られて振り返ると、いつの間にか其処に先刻見た謎の英国人っぽい美女が居て。
次いで、えっ。と戸惑う自分に――。
「やっほぉ、元気ぃ?」
――と気さくに声を掛けてくる。があきらかにフワフワと浮いている、その外見的特徴に脳内処理が追い付かず、反応しそびれていると。
「なんです。神であるワタシがじきじきに、声をかけてやっているのだ。ちゃんと挨拶しなされなさい」
「ぇ。ぁ、はい。スミマセン……」
そして何故か何も言わず。フワフワと着ている物に見合った立ち姿で、こっちを見詰めてくる――ので。
「……ええと。こんにちは……?」
途端に仏頂面をする英国美女――が、口を開く。
「つまらん」
言って、宙を滑るようにスーっと預言者のそばに移動し、こっちを向く。
「それがしはユーモアのセンスがないのぉ。――ちゃんと勉強しなさいな」
「――……すみません」
なんだろう。凄くグサッときた……。
そうして刺さった言葉に哀しむ自分から興味を無くしたように、フワフワと英国美女が預言者の方を向く。
「でフェッタよ、頼んでおいたコトの首尾はどうじゃ?」
「はい。すでにお呼びして、おります」
「ほほう。ではすぐワレの前に連れてまいれ」
「……――いえ既に、おられます」
と預言者の指先が手の平を上にして示す、先に――。
――ん? え、俺?
若干迷いつつ自分の顔を指す。と次いで頷く相手のそばで、再びフワフワとこっちを向く謎の英国美女、もとい女神が――にこりと笑い。
ム?
続き口元に手を持っていくと、もう一方の手をぱたぱたと振り。
「あらまぁそうだったの? もう早く言ってよぉー」
そして更に口を動かし。
「さっきはなんかゴメンなさいね、つい本音がね。ほんとやだわぁ――ってワタシ、絶対失礼なコト言っちゃったわよね?」
「ぇ? ぁ、いや――……大丈夫です」
なんだろう。さっきから一向に、キャラが掴めないのだが……。
「でもまぁアレよね、アナタもアナタだし、ワタシもワタシで、いいわよね?」
いや、なにが。
「けどアレよねぇ。久しぶりとはいえ、よくもまぁおめおめとワタシの前に姿を現せたものね。――ほんと、覚悟はできてるの?」
と、瞳を透し、明らかな怒りが突然自分に向けられる。
へ?
するとそばで話を聞いていた預言者が徐に女神の方を向き。
「女神様、洋治さまは詳しい事情を把握しておりません。ゆえに今この場で、私から事の次第をご説明させていただくというのは、如何でしょうか?」
「おや。――そうなのですね?」
正直なところ、聞かれても困る。が一先ず雰囲気を察し、頷く。
「なら早く言いなさいな。ワタシ一人ヤキモキして、恥ずかしいではありませぬか」
「ス、スミマセン……」
「――ほいだらフェッタよ、よろしゅうに」
次いでハイと頷きこちらを向く預言者が目で微笑み、口を開く。
事情というよりかは更に込み入った経緯を聞いた上での、率直な意見――。
「――要するに、女神様の昔の知り合いに、俺が似ていると?」
「似ているのではありません。ワタシに言わせれば、本人です」
話の途中からフワフワと周囲を漂い始めた女神が宙をクルクルと回りながら告げる。
「いや、けど……生まれ変わりというのは、ちょっと……」
自分的には完全に初見なのだが。それに――。
「――さっき言ってたヒドイ事というのは、具体的にはどんな事を?」
預言者を見つつ、その辺をフラフラしている相手に投げ掛ける感じで問う。
するとその場でパッっと消え――たと思った次の瞬間には顔が目の前にあり、思わずビクッと肩が揺れる。
そして直後に、怖っ。と、深刻な表情も相まって半歩ほど身を引く。
と次いで、目の前の口が開かれ――。
「――それについてはワタシ自ら話してさしあげましょう」
「は……はい、お願いします……」
話すのは誰でも構わないが、今の振りは必要だったのか?
そう不満を抱く自分を余所に突如視界が、もとい部屋全体が暗転していく。
え? え?
日中、しかもカーテンが開いていたはずの部屋が突然闇に包まれ戸惑う。
え、なんで? どうやって?
途端にバンっと、どこから照らされているのか分からないスポットライト風の光が中央に現れ、次に横からフワフワと照明の下に、いつの間にかドレスっぽい装いになった英国美女が登場する。
「――それではこれより、ワタシとそれがしの馴れ初めをミュージカル調でお話しいたします。どうぞ皆さま、三三七拍子または一丁締めで、お迎えください」
え、え? え?
そうして深々と閉じる幕に、軽めの拍手を送る。と照明が徐々に戻り、元の見慣れた部屋で顔を上げる悲劇のヒロインが。
「以上、ワタシとそれがしの馴れ初めでした。よって、覚悟なさい」
「え……いや、ちょっと待ってください」
「なにかね? 意義があるのなら手を上げなさい」
「……ええと。意義と言うか、言い分が……」
「ならば手を上げ、意義あり。と言いなさい」
「……――意義あり……」
「認めます。申してみよ」
「はい。けどその前に一つ聞きたいコトが、今の話からして、女神様は自分の前世に怨みがあって、それを理由に俺を捜していたってコトですか?」
「如何にもですね」
「……――分かりました。そういうコトなら出来る範囲で償いはします。ただ、本当に何にも憶えていないので、気が晴れるかどうか分かりませんよ?」
「え。ガチでなんにも憶えてないの?」
「はい、憶えてません」
「ええー、そんなのアリー?」
「……すみません」
「えぇ……――そっかぁ。じゃ、もういっか。いいよ、赦すわ」
え、そんなのありなの。




