第6話〔おっと〕①
式を挙げてから一ヶ月が経った日の夜。直に来る年明けを思いながら月が見える窓辺の背の高い丸台に置かれた写真立てを取り、当時の事を思い返す。
――そして、自分を中心にウェディングドレスを着た皆との集合写真を元の場所に戻し、異世界の花嫁衣裳を着ている相手と撮った方へ目を向ける。
次いで手を伸ばそうとした矢先に部屋の扉が開き、勤務中は上げている髪をタオルで挟むようにして拭く、寝衣姿の相手が入ってくる。と微笑み、扉を閉めて――。
「――今日も、月が美しいですね」
そう言いつつ、傍に来る。ので、改めて窓の外を見上げて見る夜を照らす光源に――以前の記憶を馳せる。
――そして視線を感じ、見返す相手が。
「また異世界の月も、見に行きたいですね」
と微笑む。
「夕陽ではなくて、ですか?」
「もちろん先に、夕焼けを見てからです」
なるほど。
「――なら、次の休みにでも、見に行きますか? 今回は妹さんも連れて」
「エリアルもですか? できれば私は、ヨウと二人で行きたいのですが……」
「俺はいいですよ。ただ同じ家に住む家族ですから、二人だけで出掛けてばかりだと気を悪くしませんか?」
「それは、そう……かもしれません、が……」
ふム。
「――ならそのうち、三人で行きましょう。いつ行くかは、ジャグネスさんに任せます」
そして笑顔でハイと返事をする相手の髪を見。
「乾かすの、手伝いましょうか?」
関係が正式な夫婦となり、自分が移る形で二人の寝室になった場所でスタンドライトを消そうと伸ばした手の肘が軽く着衣を持って引かれ――振り返る。
「え……今晩ですか?」
週が明けたばかりなのに。
「ち違いますッ、もう少しだけお話をしようとっ」
なるほど。――と手を戻し、再びヘッドボードに背を預けて隣の相手を見る。
「何の話ですか?」
次いで手を離す、その顔が何処かもどかしげに口を開く。
「さっきも思ったのですが、やはりジャグネスのままと言うのは……」
「ああ、その事ですか。――けど、お義父さんが許してくれなかったのでは?」
更に結果として、式場の一部が崩壊した記憶が。
「あの時は着ていた衣裳が不利にっ、次こそはッ確実に仕留めてみせます!」
「いや、あの……相手は、お義父さんですよね……?」
「無論ですッ」
と力強く手を握り締める女騎士が、燃えるような瞳で言い放つ。
うーん……。
ただの親子喧嘩ならともかく、二人の実力的に、このまま放っておくのは立場上よくない気が。と思い――。
「――……けどまぁ、結婚そのものは喜んでくれた訳ですし……姓くらいは?」
「嫌ですっ。私はもう、王族に戻る気はありません! それに、まずもってヨウにあの様な名前は似合いませんッ」
「……それは、まぁ……」
たしかライヒテトット……――うん、忘れた。
「――けどそれなら、ミナウチも、ジャグネスさんには合わない気がしますけど?」
「ぇ? そう……でしょうか? 私としては、とっても好きになれそうな名前だと思うのですが……」
「……そうですか?」
どう考えても、違和感しかない気が。――とはいえ。
「まぁ、大抵つかっているうちに慣れはしますけど。――ちなみに、ジャグネスさんも元はその……名前だったんですよね?」
「はい。私の元の名は、アリエル・ライヒテントリットです」
「……なるほど。それで何故、ジャグネスに?」
「えっと、ジャグネスは母の旧姓です」
「ああ、そういうコトですか。――ジャグネスさんのお義母さんは、確か……」
「はい。二十年ほど前、正確にはエリアルを出産した後に亡くなりました」
ム。
「……そうですか。――けど、加護は……?」
途端に物思わしい顔をする相手が、やや言い難そうに目を伏せる。と徐にこっちを見て、更に開いた口を躊躇うようにして閉じる。が直ぐに――。
「――……ヨウは、加護下条件と言うものを、知っていますか?」
「ええと。加護で生き返ってこない人の事、であってますか……?」
「はい。人のみならず、加護を受ける種族は皆、そうです。ですから、母の死も、それに起因するものと思っています」
「……つまり、お義母さんは自分の遺志で……戻ってこなかった、と?」
次いで言葉ではなく、小さな頷きが返る。
「そう思う……、――理由は?」
「根拠はありません。ですが、母が死に――エリアルだけが戻ったコトは事実です」
「――妹さんだけが戻ったと言うのは?」
「出産時の事故で二人は死に、エリアルだけが女神のもとから戻った、という事です」
「……なるほど」
そうして、場が静まる。
結果ゆっくりと、そして沈痛な面持ちで相手が自身の手に視線を落とす。
「――ここだけの話、幼い頃の私は、母の死を理由にエリアルや父にキツクあたっていたと思います……。取り分けエリアルに対しては、悔やむ事の方が多いくらいです……」
と心に抱える過去を思い出したのか、一層俯き加減に落ち込む様子を見て――不謹慎ながらも、吹き出してしまう。
「……どうして、笑うのでしょう……?」
「いや、スミマセン。なんと言うか、ジャグネスさんて今はこんなに生真面目なのに、子供の頃は苛めっ子だったんだなと思い――つい」
「わッ私は苛めっ子などではありませんっ。反対にっ苛められていたくらいです!」
ム。
「それはそれで気になりますね。いったい、誰に?」
すると両手の拳を胸の前に出し前傾する相手が――。
「よ預言者様ですっ」
――と言って、顔を迫らせる。
「預言者様がジャグネスさんを、ですか? それは、互いの立場に関係なく、ですか?」
「ハイっ。今でこそお優しい人ですが、私が子どもの頃はとっても怖かったのですよ!」
え、まさかそれって元ヤン的な……。
「……それは、その……意外――」
――でもないか。今思えば、意地悪な面を何度か見ている気もする。けど――。
「――まあしかし、厳しい一面があるのは常日頃から皆を広義に心配しているからだと思います。そういう意味で、預言者様らしい幼少期なのかもしれませんね」
これまでに起きた出来事と、その印象を踏まえて告げる。
と途端にムスッと、片頬がふくらむ。
「……ヨウは、私と預言者様、どちらの味方なのですか……」
「どっ――いや、そういう話ではないような……」
「いいえ、そういう話ですッ。ヨウは私の旦那様なのですからっ、いつだって私の味方でいてください!」
「そ、それはまあ……。――けど、悪い事をしたら怒るとは思いますよ? 勿論、お互いさまではありますが」
「はい、それは無論です。しかし私は日頃より、人さまに顔向けができない様な後ろめたい生き方はしていません。逆にっヨウの方こそ、もっと気を付けるべきです! つい最近も、危ない目に遭ったばかりではないですかっ」
ム……――。
「――あれは、まぁ……」
……危なかった、けど……。――うーん。
「すみません。以後、気を付けます」
気持ち悩みはしたものの、正直に非を認め、謝罪する。と途端にエと声を出す相手が、あたふたといった感じになり。
「あの、私っ――ヨウを責め様とした訳ではっ」
「分かってます。ただ、自覚が足りなかったのは事実なんで」
「自覚……? ――何のでしょう?」
「ええと。こんなことを言うと怒るかもしれませんが、ジャグネスさんの言うとおり、自分の生き方はちゃんと考えるべきだと」
「はい。ですが何故、それを言うと私が怒るのでしょう?」
「……まぁその、結婚した以上は――……いや、する前に、そういう気持ちの整理も、しておくのが普通ですから」
と、何気なく、正面の壁に目を遣る。
「けど、安心してください。前みたいに、勝手に逃げようとはしません。と言うかはその辺の切り替えは済んでます。だから、これからはちゃんとそれを守っていかないと――て、言えるくらいには、ならないと……」
言いつつ、手に視線を落とす。
すると不意に花のような甘い香りが隣から、頭に手を回して自分を包み込み。同時にふんわりと体を側面から抱きしめる。
「いいです、ヨウはヨウのままで。何も心配する事はありません。少し、私の言い方が悪かったのだと思います」
「……けど」
実際、危ない目に遭ったのは。
「もしまた、危険な状況になったら、そのつど私がヨウを護ります。――ですから安心して、私の傍にいてください」
「……――それはそれで、情けないような気が……」
そう相手に顔を向ける。
「――そう、でしょうか? こちらでは普通の事だと思います。それに、ヨウは異世界人で魔力を持ちません。結果として、差が出てしまうのは仕方のない事です」
それはそう――だ、けど……。
「……まぁ、いざって時の為に、鍛えるとまではいかなくても今後は健康的に運動する機会があってもいいかなっと、思います」
と途端に自分から体を離し、嬉しそうに手を胸の前で合わせる。
「それでしたら、私も賛成です。なので、その時は私も一緒に、鍛錬をしたいです」
おっと、これは何かの予兆かもしれない。




