第3話〔これはもう駄目かもしれない〕②
見た目だけでなく中身共々五歳児の女神を日中の間に預かり始めて、早三日の昼時。
ふと思った事をボケっと考えていたら、向かいに座る白のローブを着た相手が心配そうに声を掛けてきた――ので。
「そんなふうに見えますか?」
と、つい癖で、新しい紙ナプキンを取って相手の頬を拭う。
すると恥じらう感じで手を添え――。
「――これはお恥ずかしい。しかしながら殿方に頬を拭われた者は嫁がなければならないという仕来りに従いましょう」
へ?
途端に横でベチャっと音がして、見る。と顔だけでなく外套にまで食べていたモノが。
「あ、ごめん」
次いで、何故か言った後に、飲みかけのカップが溢され――次の瞬間には、顔が力強く皿に突入した。
コラ。
部屋で待っている騎士の事は気になるものの、いろいろとキレイにしなければならない事情もでき、その間に。
「自分達が休みの日はどうするんですか? 預言者様が、見るんですか?」
姉妹の処置を終えてテーブルを拭きながら、食後の一時に口を付けている相手に尋ねる。
「――差し当たり、そのように」
そしてカップを受け皿に下ろし、ホッと一息を吐く。と、こっちを見て。
「あるいは洋治さまが、新婚ほやほやとなるこの貴重な時期に、私のためを思い休日出勤を厭わないのであれば話は変わってきますが」
言って、何かを確認するようにチラっと女騎士の方へ、目を遣る。
ふム。
「ええと。もし預言者様がよければ、是非そうしませんか?」
結果、皆の視線が自分に向く。
ム……?
すると若干戸惑った表情で口を開く預言者が。
「……洋治さま、大変に嬉しい申し入れなのですが……、このような場所で――いえ、アリエルの前で、そのようなお誘いは……」
「え、お誘い? なにがですか?」
「ですから……その、逢い引きをする場合、人目は避けて行なうのが良識かと」
良識なのに人目を避けるってどういう――ではなくて。
「あの、休日出勤の話ですよね……?」
「表面上はそのように」
「……表面上? いや、できれば確りと休んでもらいたいんですけど」
次いで突然、姉妹の姉が立ち上がる。
「ど、どういう事でしょうッ? ヨっヨウは、私とだけっ」
「どうと言われても……預言者様に休んで――と言うか、なにかカン違いしてるみたいなんで、ちゃんと説明しますね」
と言っても、わざわざするほどの内容ではないのだが。と内心で思いつつ、着席を促す。
つまるところ――。
「――と言う訳なので、明日は皆で協力して預言者様に休んでもらうのはどうですか?」
全員の顔を順番に、そして最後に女騎士を見る。
「そ、そういう事でしたら私は……」
というか、最初からそういう事なのだが。
そう思っていると、やや悄然とした感じで名前が呼ばれて正面を向く。そして返事をする自分に――。
「――ナゼ、そのような提案を?」
と預言者が可否の分からない表情で聞いてくる。
「ええと。さっき、俺のことを心配してくれましたが。どちらかと言うと預言者様のほうが疲れている様に見えますよ。それに、日頃から休みっていう休みもないのでは?」
次いで相手の隣に居る少女が程よく冷めた新しいカップを手に取り、横を向く。
「ま。そのぶん、日頃から遊び歩いてるけどね」
そして珈琲を啜る。
「いえいえ、私はただ立場上必要な見聞を広めようとしがない奔走をしているのみです。ゆえに日々の暮らしはまさに労働者の鏡、独りワーキング・ホリデーですよ」
それだと、結局のところは遊び半分なんですけどね。
「――とまぁ、そういうコトなので。明日は骨休めをしてください。もし、しなければイケない仕事があるなら、できる限り自分達がしますんで」
「……――そうですね。先の事を見越し、今のうちにそうすべきでしょうか……」
誰に言うでもなく、呟くように言う。
見越す……? どういう。
「ハイ。そういうコトでしたら、洋治さまのご好意に甘え、一度部屋へ行き明日の予定を確かめたのち、返事をさせていただきます」
途端にガタッと身動ぐ女騎士、を横目に――。
「分かりました。そうしたら、またあとで」
――と返し、持ち帰り用に包んでもらった昼食と、時計に目を遣る。
遅くなった事を謝罪しながら扉を開けて、中に入ろうとした矢先、見るからに慌てた様子で子守をしていたはずの騎士が勢いよく寄って来て。
「ヨウジどのッ大変です! 女神ちゃんがドコかに消えてしまいましたっ」
と掴みかかりそうな勢いで顔から押し迫り、告げる。
「お……落ち着いてください」
そして相手の肩に手を添え、押し返す。
「――ええと。目を離したすきに、どこかに行っちゃったってコトですか?」
「違いますッ、忽然と消えたんですっ!」
「いや、いくらなんでも――」
――それは。と言ったところで、後ろに居た少女達が横を通り部屋に入る。と内一名が足を止め、短髪の騎士に顔を向けて口を開く。
「言っとくけど。神さまにナニかあったら、アンタんトコだけじゃなく、親戚が飼ってる馬もまとめて惨殺される可能性ありよ」
次いで騎士がヒィと小さな悲鳴を上げておののく。
――馬が、理不尽すぎる。
話をまとめると。
「つまり窓の外を見ていた女神様が突然、その場で消えた――と?」
「ハイッ――ですので馬を! 馬を助けてくださいっ!」
腕組みをしている少女の肩を掴み、騎士が懇願する。
「……――それは、アンタの態度次第よ……」
と、何故か少女が若干引き気味に言う。
「ジブンなんでもします! なにをすればいいのですかッ?」
そして食い入るような目で詰め寄る相手に、珍しく少女の方が半歩ほど身を引く。
なんだろう。――やけにテンション高いな。まあしかし――。
「――とにかく、居なくなったのなら、捜しましょう」
「え、――どッどこをッ?」
掴んでいた肩を放して、今度は自分の二の腕を掴む高揚の騎士が声を上げ聞いてくる。
「ど、どこと聞かれても。ひとまず目撃情報を集めながら、城の中を見て回るしか……」
「分かりましたっ、すぐさま手当たり次第に!」
次いで自分を解放して、部屋を出て行こうとする相手を――呼び止める。
「はいッ何ですかっ?」
「え……ええと、女神様だという事は表沙汰にしないよう言われていますんで、誰かに聞く時は注意してくださいね……」
「分かりましたッ! では行ってきますっ」
言って、勢いよく部屋を出て行く騎士の手で開けられた扉が壁に跳ね返り。結果キィと音を立て半開きに止まる。
「……――ホリーさん、なにかあったんですか……?」
朝は普通だったのに。
「さ、知らない。――月の障りなんじゃないの?」
いや、そんなの聞かれても……。
「……とにかく、自分達も捜しに行きましょう。鈴木さんは、一階を捜してください。俺は預言者様に事の次第を報告してから、捜し始めます。で――」
――返る言葉を耳にしながら、いつもの席で眠たそうにしている少女を見る。
「妹さんはここで待機して、もし女神様が戻って来たら教えてください」
「……分かった」
そう言って頷き、新しい帽子を顔に被せる。
さて、急ごう。――他の仕事もあるし。
三度ノックをしたのち扉を開ける。と――。
あれ?
――中に人の姿はなく。鍵が開いていた事から、掛け忘れたのだろうと引き返しかけた矢先、部屋の奥の壁がカチャっと開き。
「おや? このような陽の高いうちに、からでしょうか?」
ナニがでしょうか。
「なるほど。人の訪問が少ない時間帯にいらっしゃったので、紛れもない密会かと思いきや、そのような事態になっておりましたか」
椅子に腰を下ろし、持っていた物を机の上に置きつつ預言者が言う。
「はい。――……それで」
と壁の方を見る。
「ええ、私室の扉です」
「変わった扉ですね……」
「以前は一般的な扉だったのですが、数年ほど前にユーリアの提案を採用し、この形に」
「なるほど……」
「しかし、そろそろ飽きがきておりますので近々べつのモノにと検討しております」
そして今しがた置いた物の中から一冊を手に取り、その表紙を和やかにこっちへと向け。
「今のところ、救世主様にお借りした忍者屋敷をモチーフに考えております」
あ、パタンパタンするやつだ。




