第2話〔これはもう駄目かもしれない〕①
城に向かってゴトゴトと揺れる馬車の中で、今日も左手の白い輪を嬉しそうに眺めている女騎士が微笑む。
ふム――。
「――そんなに見るところ、ありますか?」
ここのところ頻繁に見掛ける同じ場面を思い返しながら聞く。
「はい。いくら見ても見足りません」
「……けど、何も変わりませんよ?」
「はい。形ではなく、ヨウとの繋がりを見ていたいです」
そう言いつつ結婚指輪となる物をずっと見ている相手に感化され、自分の輪を見る。
――形状は前の物と、さほど変わらない。少し細くなって、装飾などに数と色の変化があるだけ。しかし性能の方は格段に向上し、これまでは光を当てなければ読む事の出来なかった文字がつけているだけで見れるようになり、尚且つ通信もできる。
と同時に、自分達にとっては、思い出の品。だが――。
「――気持ちは、なんとなく分かります。けど、近くに居る時は結びつきより、自分の方を見てほしい気はしますね」
と単純に、自分達にとっての、大切な時を優先したい考えを告げる。途端ほぼ反射的にハッっと動き、間一髪で初動を、ふぎゅ。と阻止する。
「……何故でしょう?」
「家の外では基本、禁止です」
「うぅ。少しくらい……」
そうして拗ね始める相手を見ながら、だって火が付いたら放してくれないし。と内心で思いつつ、自分に寄り掛かって寝ている魔導少女を横目に揺すり、到着を報せる。
馬車から降りると、いつもは部屋の前で待っている騎士が自分達の所に来て。
「ヨウジどの、アリエル騎士団長、エリアル導師、おはようございます」
次いで姉妹が言葉と、頷きで返し――。
「――おはようございます、ホリーさん。今日は、何故ここに?」
「ハイ、預言者さまに至急ヨウジどの達を部屋まで連れてきてほしいと言われました」
ム。
「どういうコトですか? なにか、あったんですか?」
「ええっと事情を教えてもらっていないので……」
「なるほど、分かりました。――そうしたら、急ぎましょう」
次いで姉妹の頷きが返る。
預言者の部屋に続く廊下の角を曲がろうとした矢先、飛び出してきた小さな人影に反応し、やや突っ張って止まった脚に突き当たった感じで見知らぬ女児がしがみ付く。
へ?
そして足を止めた後続の皆が、こぞって自分の脚に目を向ける。と――。
「おや、グッドタイミングですねェ」
――口調は落ち着いているものの、若干焦りの色が見える預言者が角の先から現れて言う。すると動いた拍子に、下を見る自分と、女児が顔を合わせ。
「パパ! パパ見つけた!」
思わず、ふぇ。と変な声が出る。
途端に――。
「パ、パ、パ、パっ」
――予感っとなる自分の後ろで、高らかに糾問の声が上がった。
場を一旦収めて部屋に集った自分達に、いつもの席から和やかな笑みを向ける預言者の口が、自分の脚に引っ付いている女児を一瞥したのち、開かれる。
「わざわざ口頭で説明する必要はないと思っておりましたが、若干一名ほど敵意をむき出しにしている者がおりますゆえに、あえて、前置きいたします」
そう言って、今度は唸り声のようなものを時折り発している女騎士の方を一瞥したのち。
「言うまでもなく、そちらのお子様は洋治さまの隠し子などではございません」
当然のことながらウンウンと頷く。
「昨夜、私と洋治さまが深く愛し合った末に、出来た子なのです」
当然のことながらウンウンと――、ふぇ。
「ハイ……?」
次いで預言者が、自身の顔を手の平で挟み、ポッと照れを隠す様な素振りを見せる。
途端に――。
「パ……パ、パッ」
――パキッっと何かが固まるような音がした――ような気がした。
「ふざけるのはそのへんで、ちゃんと説明してください」
動かなくなってしまった隣の騎士を一先ず放置して、事の悪化を防ぐ為、姿勢を正し悪戯な相手に問いただす。
「おや、洋治さまは私をお疑いになるのですか?」
「疑うも何も、端から潔白です。大体一晩で、どうやったらその状況になるんですか」
そもそも一夜で産まれるのもオカシイが、どう見たって五歳くらいの……――。
――と、ずっと脚に引っ付いている女児をチラ見する。
「おや、もうお気づきになりましたか。さすがのお察しですねェ」
「気づくと言うか普通……――」
――横目に見える騎士を気遣い、言うのを止める。
「と、とにかく、ちゃんと……。――……どこの子ですか?」
「ええ、こちらにおわす御子は」
すると机の下から女児がひょこっと現れ、座っている預言者の膝に乗ろうとする。
え? ――脚を見る、が姿はなく。顔を上げて前を見直した時には既に膝上でニコニコと楽しそうに足を振っていた。
……いつのまに。
「改めて、こちらにおわす御子は女神様であらせられます」
「――……女神様? え……けど」
「はい。しかし本物の女神です。端的に言えば、女神様は二人、いえ二人で一つの存在であらせられます。よって先の一件でお会いしたのも含め、こちらの御子様は正真正銘、女神様本人――いえ、本神でしょうか?」
エエ……。
「ついでながら申しますと、しばらくの間、女神様の子守を洋治さまにお願いいたしたく存じます。と言うのも、それがお呼びした本来の目的になるからです」
「え、子守? ……けど、女神様……ですよね?」
「はい、つきましては丁重にお願いします」
言って、和やかな笑みを浮かべる。
「……ええと、それだけ……ですか?」
「ハイ、今のところは。しかしながら何かご質問でもあれば、お答えはいたしますよ?」
ふム。――と言われても。
預言者の膝で楽しげにしている女児を見る。
「分かりました。あれば聞きに来ます。――他の、仕事は?」
「ええ、さすればこちらを」
と机の上にあった依頼書を手に取る相手が、自身の膝に乗っている女児を見る。
「申し訳ありません、女神様。もし宜しければこちらを洋治さまにお渡し願えますか?」
次いで、返事をする御子様が膝からおりて机の下に。
「はい、どうぞー」
――下を見る、と上着の裾を握るようにして持つ女児が自分に依頼書を差し出していた。
いつのまに……。――預言者を見る。
「……どうなってるんですか?」
「ふふ。興味がおありでしたら、洋治さまも私の下に――潜り込んでみますか?」
どこか期待のこもった様子で、奇妙な現象の答えを求めて聞いた相手が告げる。
「……いつか、機会があれば、考えてみます」
そして――下を見、お礼の言葉を口にして依頼書を受け取る。
「どういたしまして――パパ」
「……――パパじゃないよ……」
***
見送りを済ませ。後ろ手に扉を閉めて戻った預言者の視界に、置き忘れとなった騎士の像が入る。と次いで物憂げに――。
「――貴方は、いつまでそうしているつもりでしょうか? 本日の務めを果たせなくなっても、よいのですか?」
すると固まっていた騎士が殻を割るように動き出し、預言者を見る。
「今、何時でしょうか?」
「只今の時刻は午前九時、五分前ですよ」
途端に騎士が焦りの表情を見せ――。
「――もっ申し訳ありませんッ、急ぎっ」
「ええ、さすれば取り繕うより先に向かうのです」
「は、はいっ。――で、ではっ」
そう言って深々と頭を下げたのち、即行する相手の目にも止まらぬ――しかし扉は丁寧に閉めて――部屋を出て行く姿を見送った――途端に戻ってきた騎士が。
「預言者様っ、先ほどの件、後で必ず参りますのでご説明ください! ではっ」
そして、再び余計な音を立てないように注意深く、扉が閉められる。と次いで預言者の口から溜め息が出た。
*
「なるほどね。――ま、よかったじゃない。アンタのムダ知識が役に立つ絶好の機会よ」
部署となる部屋に戻った後、日常的に現れた少女が自分の話を聞いたのち女児と戯れる、もとい馬役として弄ばれている騎士を見て述べる。
「――ジっジブン、もっと小さい子を想定していましたっ」
「なに言ってんのよ。神さまってコトは、間違いなくアンタより年上よ、その子」
あ、そうか。――確かにそうだ。
「え。――というコトは……ジブンは今、神の乗り物になっているのですか……?」
ほう、なるほど。




