第60話〔ちゃんと 伝わりましたか〕①
挙式を一週間後に控えた日の夜、長らくなかった二人の時間が訪れる。
「とうとう、ですね」
これまでの日々を思い返す様にしみじみと、隣の席に座っている相手が言う。
「そうですね。なんとか予定どおりに式をあげられそうで、よかったです」
まぁ仮に問題が発生しても、自分達の所為ではないが。
すると自分の脚に手を置く相手が顔を寄せてくる。
「本当に分かってますか?」
「……なにがですか?」
剣幕とまではいかないものの若干興奮気味に聞いてくる相手を見て、思わず聞き返す。
「私の言いたい事を本当に理解して、同意をしたのでしょうか? と言う意味です」
ム。
「――式の段取りについて、ではないんですか?」
「勿論それも含めて、です。けれど、それだけではありません」
「……なるほど。――だとしたら、ジャグネスさんは一番ナニに苦労しましたか?」
と聞いた途端に座り直した相手が手の平を上にして、こちらへ伸ばす。
そして故意に――。
「――ええと、……壁ですか?」
「ち違いますッ、ヨウの事ですっ、どうして壁に杞憂しなければイケないのですかっっ」
そりゃそうだ。
「ああ、ヨウの事ですか。なんだか聞いたことのある名前ですね」
次いで、趣旨を悟ったからか、相手が膨れっ面になって口を開く。
「私だって怒ります」
「それはコワいですね。――なら、もうヤメておきます」
加えて言う最後の茶目っ気。しかし思いの外、相手の表情は伏し目がちに陰り。
「……――私って、それほどに……コワいですか?」
「いや、そういう意味で言った訳では」
「はい……でも、コワいですか?」
ムム。
「――ええと。危害的な意味ではありませんが、怒ったジャグネスさんはコワいと思いますよ。何と言ったって騎士ですし。ただ人柄がどうという話ではないです」
「……そう、ですか。それは、そう……ですね」
そうして誰が見ても分かるほど明らかに気持ちを沈ませる相手に、若干動揺しつつ。
「ジャ、ジャグネスさんはっ、コワいところはありますけど、それ以外は総体して可愛いところが多いのでっ問題ないと、思い――」
――瞬間、目の前に顔が現れる。
ち近ッ速っ。
「今、何と言いましたか?」
「ぇ? あ。ええと……全体的に見て、問題ないと」
「そこではありません。私が、総体として、何と?」
「ぁ――か、可愛げがある、なと」
「つまるところそれは、私の事をカ……カワイイと?」
「そう……ですね」
と言った途端に目前で立ち上がる相手が拳を掲げ、おそらくは喜びを表現する。
やっぱり、ちょっとだけコワい。
とりとめのない内容から先を見越す具体的な事まで、結果としては普段とそう変わらない雑談の末、就寝時間が来る。
「そろそろ寝ましょうか」
時計の針を見て言い。次いで立ち上がろうとしたところで、アと何かに気づいた様子で声を出す相手に合わせ、浮かした腰を下ろす。
「どうか、しましたか?」
「あ、あの、私――大変な事を忘れっ、忘れてッいましたっ」
そして何故か若干恐縮した感じでオロオロと相手が取り乱す。
「……落ち着いてください。一体どうしたんですか? 急に」
「えっと、あの、私その――していませんっ」
「してない? なにを、ですか?」
すると何故か姿勢を正し、こっちに真剣な眼を向け。
「私、ヨウのご両親に、ご挨拶をしていませんっ!」
へ。
「式の事ばかり考えて浮かれてしまっていましたっ」
い、いや。
「べつに挨拶とかは、しなくても……」
というか、どう――。……――いや、それ以前に。
「その様な――失礼な真似はできません!」
「……――けど」
「お願いしますっ、ヨウのご両親に会わせてくださいッ」
そう言って興奮気味に詰め寄ってくる女騎士――の吐息が顔にかかる。
「ア、会って……どうするんですか?」
「一言ご挨拶申し上げます」
そんな会合じゃあるまいし。と思いながら相手の肩に手を当て、押し戻す。
「行ったところで、どのみち式には出れませんよ」
「はい。ですが、せめて私達の馴れ初めを伝え、その上で可能なら許しをいただきたく」
「……馴れ初め。――ちなみに、どう、説明するつもりですか?」
「無論、ありのままをお伝えします」
「それはちょっと……」
「ぇ? あ。そ、そう、ですねっ」
――で再び時計を見、立ち上がる。
「まぁ結論として、どう説明したところで絶対に反対はありえません。ので、ジャグネスさんが納得のいく形に収まれば、それで」
「絶対にありえない? ――何故でしょう?」
「……――伝わったとしても、興味がないからです」
「興味がない……?」
と小首を傾げてこっちを見る目を、見返す。
「とりあえずは明後日、今週の休みにでも、向こうへ遊びに行く事を大部分として行きましょう。なので続きはその時にでも」
――次いで満面の笑みを浮かべる相手がハイと声を上げ、頷く。
▽
小学校高学年の頃、父と母が言った。
オマエはやる気があるのか。と。
そして答える事ができなかった僕を見て、両親は言う。
もういい、オマエに期待したのがそもそもの間違いだ。と。
そして興を失った二人の関心は、僕から妹へと移る事となり。
――結果、自分は居場所を失う事となる。
△
ガタゴトと揺れて線上を行く電車の中で、窓越しに扉の向こうを呆観して語る思い出話を聞いていた私服姿の女騎士が途切れた話を繋げるように口を開く。
「だからヨウは、あの部屋で一人、暮らしていたのですか?」
「すこし、違いますね。実家は確かに居づらかったです、けど家を出たのは自然な流れです。――こっちの感覚では、ですけど」
「……なる、ほど。――ヨウは、二人の事が苦手なのでしょうか?」
「それも、すこし違います。なんと言うか、父と母は至って普通の両親でした。妹も同じです。だから苦手意識をもっていたのは俺ではなくて、向こうだと思います」
途端に車内が一瞬大きく揺れ、立っている皆が自分も含めて足をフラつかせる中、微動だにしなかった目の前の騎士が横を通り過ぎる別車両の衝撃音にビクっと肩を震わす。
「……――ヨ、ヨウ自身は、ご家族の事をどう思っていたのでしょうか?」
「俺は……――」
――どう、思っていたんだろう。
次いで通過する衝撃で互いの肩が跳ね上がる。
「……――と、とりあえず、続きは着いてから、ゆっくりとしましょう……」
そうして、小さく二度頷く相手を視界の真ん中に入れたまま、できるだけ然りげなく腕で扉を押さえ、次来るかもしれない衝撃に備える事にした。
前回、最後に訪れたのは昨年の秋の中頃。その後はいろいろとあり、本日一年ぶりに家族の前に立った自分を不思議そうに見ていた女騎士が何かを求めるように名を口にする。
「ジャグネスさん、残念ながら言葉を交わす事はできませんが、俺の両親と妹です」
そう言って墓に近付き、来る途中の店で買った花を添える。と次いで振り返り、様子を窺おうと、見た相手が徐に口を開く。
「ヨ、ヨウのご両親はッ石だったのですねっ!」
なるほど、そうくるのか。
「来る前に言ってもよかったんですが、本命は休日なので。ヘタに気を使わせるかなと思い、――スミマセン」
線香の匂い漂う墓石の前で隣は見ずに前を向いたまま、そう言い開く。
「いえ私の方は全く、何も。――ですが、どの様に伝えればいいのでしょうか……?」
ム。
「そうですね。――目を閉じて、声に出さず心の中で想えば、伝わるカモしれませんね」
「なる、ほど。異世界では、そうする事で死者に言葉が届くのですね」
「まぁ確証はないので、たぶん、ですけど」
「分かりました。それでは試しにやってみます」
そう言って自身の胸に手を当て、女騎士が目を閉じる。
「……ええと。ほどほどに……、後の予定もありますんで」
とか言っても反応があるまでやってそうでコワい。
しかしそんな心配とは裏腹に、直ぐさま開いた目がこっちを見る。
「あの、何とお呼びすればいいのでしょうか? ――お石、いえお岩、でしょうか?」
それだと一枚足りなくなる。




