第58話〔謝罪の意を身をもって示そうと思いまして〕⑪
着てる物を見て、すぐに誰かは判別できた。ただ――。
「アカン見んといてっ」
――なんとか手で隠そうとする真っ白になった髪を見て、正直戸惑う。
「……タルナートさん?」
次いでヒィと悲鳴に近い声を出す相手が、その場で丸くなり、身を縮める。
「ぇ。――ええと、その髪は……?」
ビクッと反応する白髪の騎士。
するとグスグスと鼻を鳴らし、声を押しころすように泣き出す。
え? え?
思わず、横の魔導少女に助けを求めるつもりで顔を向ける。
と、持っていたタオルを片手で自分に差し出し、もう一方の手で自身の髪を指す。
――あ。
「ええと。大丈夫そうですか……?」
と聞く自分に、渡したタオルで頬っ被りをした相手が静かに頷く。のを見て、ほっと胸をなでおろす。
「それはよかったです」
そして返答なく、場が沈黙する。
其処に、草を掻き分ける音と二人の話し声が聞こえてきた。
***
逆立った髪が力を無くし本来の重さを感じ始めた頃、打ち込んだ衝撃で手を放れたアリエルの剣が落ちたあとに地を滑って止まる。
すると剣を持たずに振り上げられた拳が勢いよく振り下ろされ、既に砕けていた表皮を頭蓋ごと砕く。と同時に殴った拳の皮が裂け、そこから血が飛び散った。
しかしそれを一切気にも留めず、アリエルは再び拳を振り上げ――た途端に直ぐそばの剣を掴み、突き立っていた状態から引き抜きざまに背後の気配に投じる。と――。
「ぐわッ何をするか! 危ないではないかっ」
――顔面に飛んできた剣を二本の指で挟み止めた馬上の巨漢が、思わず怒鳴る。
「……――何か?」
そう言って顔を向けずに問うアリエルに、漢は手に取った剣を眺めながら言う。
「ちゃんと相手を見てから投げんか、ワシでなければどうするのだ。で、良い剣だな」
「……――その様な不躾な体臭、見なくても分かります」
「なぬっワシ臭いのかッ? ちゃんと風呂には毎日入っておるぞっ」
自身の体をニオイながら、巨漢が尋ねる。
――次いでアリエルの苛立ちが増す。
「用件は何でしょう? 但しあっても、急ぎ去ってください」
「ふむ。去らなければ、どうなるのだ?」
と聞いた瞬間、女騎士から放たれた凄まじい殺気が巨漢を取り囲み、臆した馬が鳴き声を上げてたじろぐ。
「おーどうどう、落ちつけ。――ヤめんか、馬が怯えておる」
「なら早々に消えてください。今は冗談でも、斬り殺す自信があります」
「……アリエルよ、親に殺すなどと言うものではないぞ。例え愛する者が死に、心を乱しておってもだ」
途端にピタッと動きを止めて、騎士が次なる標的にゆらりと振り返る。
と、その殺気で満ち腫れた目を見て、漢は早急に用件を伝える事にした。
「まてマてまてィ、――おし分かった。事早に用件を伝える。先の一件、お前の方からでは見えておらんかったかもしれんが、ワシの方からは向こうへ、三人ほど飛んでいったように見えたのだ」
そう言って太い指で方角を差し、瞬く――。
「生死のほどは」
――間に、漢の視界から女騎士は消えていた。
次いで顎先を指で掴み、足速に行ってしまった娘の不平等さに不満を垂れる。と同じく取り残された物のそばに持っていた剣を投じて目印がてら突き立てた後、馬の腹を蹴り、王は外套を翻して帰路につく。
そして――。
「フェッタが珍しくワシを頼るものだから気張って来てやったというのに、なーんにも、残っておらんではないか、まったく」
――年齢を重ねた故の小言をこぼしながら、光の粒になる竜を背に、去って行く。
*
「ん? サバ読みじゃない。アンタも無事だったのね」
そうして近づこうとする少女から、泣き止んだものの未だに怯えている様子の騎士が、何故か自分の後ろに回って、身を隠す。
「なんで逃げんのよ? ていうか、それナニよ」
明らかに髪どころか頭部全体を覆い隠す浴布を見て、少女が言う。
と背中の方で着衣が掴まれる。
ムム。
「――ええと。タ、タルナートさん、ちょっと具合が悪いみたいでっ」
「ん。そうなの? でも、なんでバスタオルなんか巻いてるの?」
「え、ええと……――ぃ池に、池に落ちたんですっ」
言いつつ池を指差す。
「ふーん。でも――池に落ちたのは見た感じ、水内さんたちに見えるけど?」
うっ。――確かに。
思わず言葉を詰まらせる。と唐突に目の前の少女が、もう一人の少女の方へ振り向く。
「ま、いわ。水内さんが、そう言うなら見逃してあげる。そんなコトよりアンタ、なんで水内さんの服を着てんのよ。うらやましいわよ、貸しナサイ」
え、なにが。
「……嫌」
次いで、断られた少女が相手のそばに行き、起きた小さな争いが近場を走り出す。
そして――いまのうちに。と、背後へ顔を向ける。
「タルナートさん、あとの事は自分達に任せて先に行ってください。もし困った事があるなら近くに家が――」
――転瞬、横から抱き抱えられるように視界が横転した。
イタタと思うや否やグイと正面に向けられた顔にポタポタと涙が落ちてくる。
ム――。
「――……なんで、泣いてるんですか?」
というかは腫れ具合からして幾分か泣いたアトだった。
「生きて、いるのですか……?」
ム。
「ええと、心配……しましたか?」
「当然ですっ。ヨウは私の亭主になるのですからイツだって心配ですッ当たり前ですっ」
そう言う相手に両側から挟むように持たれている頭が縦に揺す振られ、意識がフラつく。
ご、グわ、ヤメ。
其処に足音が近づいて来る。
「ちょっと、なに見せつけてくれてんのよ」
と上に乗っている女騎士のそばで少女が告げる。
た、タす、ケテ。
――そうして落ち着いた女騎士から解放されたのち、皆と浴布を頭に巻く騎士の後ろ姿を見送っていると横に居る魔導少女の方を、自分越しに、隣に居るその姉が見る。
「エリアル、ユーリアは何故、私の気に入りのタオルを頭に巻いているのでしょうか?」
あ、なるほど。――道理で見たことあるなと思う訳だ。
「……タオル? ハンカチ?」
いや、どう見てもハンカチではないだろう。
「エリアル、貴方もしかして、私が女ならハンカチの一枚くらいは持ちなさいと言った意味を思い違いしていませんか?」
それ以前に物が違うのだが。
「……大は小を兼ねる」
ごもっともです。
「だとしても何故、自分のを使わないのですかっ」
それも、ごもっともです。
「……――テヘ」
取り分けて愛嬌なく、そして舌も出さずに少女が言う。と次いで姉妹の追いかけっこが始まり。自分はその真ん中で、何故か安らぎを感じつつ、二人を眺める事にした。
「あ、そうだ。――騎士さま、ドラゴンはどうなったの?」
唐突に少女が、捕まえた妹とじゃれ合っていた女騎士に聞く。
すると自分だけでなく皆揃って、そういえば。といった感じで、結末を知るであろう騎士に注目する。
「えっと……、――あの鳥なら、私が倒しました」
ちらっと一瞬こっちを見た女騎士が、やや言いづらそうに、答えを返す。
「マジ。わたし、倒すところ見たかったんだけど」
「え……っと、申し訳ありません」
いや、だからといって――。
「――謝る事ないですよ。結果として皆、無事だったんですから、それが一番です」
「ま、そね。でも、骸くらいは見たいわね。まだ残ってるかしら?」
むくろ……。――相も変わらず絶妙な言葉の選び方だな。
「おそらくはもう、女神のもとへ」
「そ。じゃ、ダメもとで行くだけ行きましょ」
「ハイ。私としても、置いてきた物を取りに戻りたかったので、助かります」
「だったら、ちょうどいいわね」
次いで女騎士がハイと頷き返す。
これは……?
どう見ても地面から二十センチは浮いている、身体の輪郭がぼんやりとした謎の人物を見て戸惑いながら思う。
こころなし、鈴木さんに似てるような……?
そして、荒野と化した地を擦る足音がして、振り返る。と其処に、白のローブを着た預言者が立っていた。




