第56話〔謝罪の意を身をもって示そうと思いまして〕⑨
話の末、一先ず気を失っている少女を安全な場所に移動させる事となり、横抱きに小さな身体を持ち上げる。
「そしたら向こうの、木の根元に寝かせてきます」
現状を考慮して比較的安全と思われる、来た道の先にある木がまばらに生えた草地を見つつ自分の前で集う三人に告げる。
「オッケー。わたしも、ダメ騎士がどんなふうに踏み潰されるかを見届けたら、すぐに向かうから、向こうで待っててね」
と返答しづらい諧謔を言う相手に、相づち程度の笑いを返し、対処した後――特に気にしている様子もない短髪の騎士に顔を向ける。
「ホリーさん、おかげで妹さんを見つけることができました。ありがとうございます」
次いで顔を見合わせた相手が、何故かキョトンとしたのちに口を開く。
「いやぁ、ワタシはなにも。見つかったのは預言者さまの通信具があったからで、――と言うか改まってお礼を言われると、なんか別れの挨拶みたいなのでヤめてくださいよぉ」
と言うより、それを言っちゃうのがダメな気もするが。
「ま。アンタの場合は、言われて損はないかもしれないけどね」
……損得の話なのか?
などと思っていると、戦いに赴く者の風格を感じさせて静かに騎士が近付いて来る。
「洋治さん、今回はこれをもって一時のお別れとなります。また何処かでお会いした時は、どうぞ宜しくお願いします――なるべく」
いや、そこは曖昧に言わなくてもいいのでは……? というか時代掛かってますね。
***
迫る爪を刃で弾き、反撃に転じようとしたアリエルを横から半回転する竜の尾がなぎ払う。しかし即座に跳び上がっていた騎士の身には触れるどころか、カスることもなく。再び両の手で攻撃の構えを取った女騎士に――朱竜の口腔が向く。
「――っ」
咄嗟に宙を蹴り、落下する軌道を変えて吐き出される火球を躱す。そうして着地したのち竜と対峙するアリエルは、今一度、思案に暮れる。
……やはり、多少無理やりにでも。
魔力の解放――が脳裏に浮かぶ。が直ぐに頭を振るい、消し飛ばす。
……今は、まだ。
生じる隙に伴う危険を考慮し、再度、気持ちを切り替え――た途端に、反応して見上げるアリエルの視界に大気を圧し潰すほどの速度と熱量を持っ――た物体が竜の背に落下し、凄まじい轟音と共に大地を割る。
***
ホリの重ねた手を踏み台に空へと跳び上がったユーリアの姿が見えなくなった後、反動で転がった騎士の所に少女は様子を見がてら足を運ぶ。
「ほら、さっさと起きなさいよ。水内さんのとこに、行くわよ」
そして頼りない声で返す相手が起き上がろうとした結果、何故か失敗する。のを見て、少女はあるコトに気づき、戸惑いの表情を浮かべ、告げる。
「アンタ、なんか腕、伸びてない……?」
言われて、起きるのに失敗し変な体勢になっていたホリは自身の脱臼した腕を見る。
「どわぁあッ? なんですかっこれぇえッッ?」
と瞬間的に動転し、叫ぶように声を上げた。
***
先の一戦で著しく機能が低下した翼を引っ下げ、地上で女騎士とせめぎ合っていた竜の巨体が若干横倒しになって割れた地面の中へと沈み込む。
「ッハ――ッハッッ!」
凄まじい質量に耐える強靭な皮膚を圧して喉の奥から出る、鳴き声とも似つかない音。
――それを耳にしながら、固めた髪をペリペリと逆立たせる騎士の長は称賛する気持ちも込めて口にする。
「まさかこの重量に耐えうるとは、――いささか惜しい」
次いで現状すり鉢状にヘコんだ竜の背に持っていた剣先を容易く突き立てる。
「潰さずに鞣せば、――うち好みの財布になったんやけどねェ」
加えて魔力を、突き立てた剣に流し――込もうとした途端に纏っていた力の余波が消え、同時に重さが立ち所に消失していく。
「ァ――」
――使用久しく、故の調整不足。
しかし、それによってあらゆる危機が予測される中、ユーリアは他を一切意に介さず自身の髪にハッと手を伸ばす。
――其処に竜の尾が振るわれる。
と蒼白していた騎士を横から弾き飛ばす朱き竜の頭部が持ち上がり。その口腔が、送られてきた情報のもと、離れた対象へと向く。
***
骨の芯を通る確りとした手応えと共に二本目の腕が元に戻り、治したホリの口からは感嘆の声が小さく上がる。と――。
「どう? ちゃんとナオったでしょ」
――さも得意そうに少女が、手を何度も開閉して調子を確かめる相手に告げる。
「ハイ。でも、どうして救世主さまはこんなコトを知っていたのですか?」
「ん。ま、漫画とかだと、だいたいそんなかんじでナオしてるからね。いつも」
「え、――マンガ? ……いつも?」
「いいのよ、細かいコトは。それより、さっさと行くわよ」
「え? ――行くって、どこに?」
「水内さんのとこに決まってるでしょ。――さっきの地震みたいな音、アンタも聞い」
そう言って少女が見た先から飛んできた物体が、二人の視界を通り過ぎる。と続けて、真っ赤に燃える球体が先の物を追いかけるように二人の前方を通り過ぎる――も後を追う球が僅かに違った方向へと向かっているのに端無く気づき――。
「急ぐわよダメ騎士」
――少女は踏み出すと同時に告げる。
***
目の前で起き上がった敵を見向きもせずに駆け出した一歩が熱を発して地に跡を残す。
しかしそれほどの速度で走ってなお持っていた剣すら捨て前へ進もうとする気持ちが、アリエルに手を伸ばさせる。
*
やっぱりか。見たことあるなと思ったら、やっぱり――ん?
モゾっと動いた魔導少女に反応して、その場で足を止める。
「――……ヨウ?」
「はい。妹さん、体のほうはどうですか? 痛いところとか、ありませんか?」
そして、横に抱き上げている相手がこくりと頷く。
「そうですか。なら直ぐにおろしますね」
と、返事のないまま、中腰気味に少女を地面に下ろす。次に姿勢を戻したところで、少し離れた場所を何かが通り過ぎ――て途端に背中が暖かく、もとい燃えるように熱くなり振り返る。
――其処に視界を覆い尽くすほどの炎と、ボロボロの赤い外套をなびかせる少女が居た。
***
暗い部屋の中、ぼんやりと浮かぶ水晶玉の淡いヒカリ。
――そのヒカリの前で預言者は、ただ只管に水晶を見据え、自身が従える主に胸中の石を通し情報を送っていた。
その顔に人らしい感情は無く。体は呼吸すらも感じられないほど不動のまま、瞳だけが一つの点をじっと見詰めて可動する。
――と映し出されていた点が、消えた。
*
身に着けていたブローチが襟から放れ、激しく衝突し合う力の渦に引き込まれて粉々。
と次いでアと反射的に伸ばそうとした手の指から輪が抜け――渦中へと消えた。
「しま――、ッ」
思わず発した声を噛みしめるように抑え、足を開いて引きずり込まれまいと力を入れる。
――目前では、付近のモノを次々と吸い寄せる力の対立が一層烈しく熱を巻く。
そして烈火の如く迫る炎を、周囲の流れを集結させる両手の平を突き出し、押し止めている魔導少女――が徐に、こっちを見る。
「……――」
――聞き取る事が出来ない言葉を口にして、何故か微笑む目の前の少女。その表情は、まるで自らを犠牲に自分を逃がす旨を告げている様だった。
すると前へやっていた手の片方をこっちに向け、再び聞き取れない言葉を口にする。
「待っ――」
――耳に届く声。途端に前へと踏み出し、手を伸ばす。




