第53話〔謝罪の意を身をもって示そうと思いまして〕⑥
向こうの空へ飛んでいく竜の後ろ姿を草地で身を隠しつつ一瞥した後、隣の女騎士を見る。そして、同じ様にこっちを見た相手が何故か恥ずかしそうにして目を泳がす。
「どうかしましたか?」
「い、いえっ。――何、でしょう……?」
「ええと。この後は、どうするんですか?」
と聞く自分に、この後。と、相手が聞き返してくる。
「……ええと、行っちゃいましたけど。このまま放っておく訳にはいきませんよね?」
「はい、勿論です。ヒト気のない、この場所で倒すのが私も得策だと思います」
「なら、この後はどうしますか?」
「これから後を追い、一騎討ちをしてきます。ヨウはここで、待っていてください」
ム。――けど。
「……そうですね。それがいい、と思います。ただ怪我――、無理だけは絶対にしないでください。きっと、皆がもうこっちに向かって来ていると思うので、足留めさえできれば自ずと有利になるはずです」
「はい。ご安心ください。イマ死んでしまうと、直に行う式に影響が出てしまいます。それだけは絶対に、避けなければなりません。ですから、ヨウに言われたからではなく、私自身なにより安全を優先して挑む心算です」
忠告した積もりが逆に諭される形で、相手の微笑みに安堵しながら、納得する。
「分かりました。けど気を付けるのは式があるからではなく、いつも、ですよ」
「ハイ、分かっています」
と言い改めて笑う相手に、笑い返そうとした矢先――目の前の騎士が機敏な動きで道の先、今しがた朱き竜が飛んで行った方へ顔を向ける。
ム? ――釣られて見る。と――。
え? ――摩訶不思議な光景が、迫ってきていた。
「……ヘ」
思わず口から出る戸惑いの声。それは――。
――舞い上がる巨大な砂煙、もとい巨壁の様な砂塵を見ての事だった。
そして、それが――凄まじい勢いで地表を滑り、迫ってくる。と次の瞬間、中から巨大な爬虫類の貌が現れ、た途端に体がぐんと引っ張られて宙に浮き上がる。
直後、砂の波に直前まで居た草地が呑まれ。唐突に、動きを止めた砂塵が吹き荒れる嵐となって空へと上昇する。――と、渦を巻いて弾け飛び、朱竜が眼前に姿を現す。
――っと。
着地の衝撃を受け止め。支えてくれていた女騎士から体を離しつつ感謝の言葉を述べる。と再度空を見上げ、竜、次いで、草地だった荒野を視認して、再び上を向く。
なんで……。
「わざと見過ごす振りをして、不意を打った――という事でしょうか?」
上から転じて自分を見る相手が聞いてくる。
「分かりません」
正直そんなふうには見えなかった。
「では何故、私達の居所が分かったのでしょう……」
それも分からない。ただ――。
「――とにかく、対処はしないと」
動きを見せ始めた制空権を持つ相手を見ながら言う。
「それなら私、いい案を考えました」
ム。――そう言う相手に顔を向ける。
「どんな案ですか?」
すると女騎士が自分に背を向けて膝を折り、腰を落とす。
「……これは?」
「私の準備は万全ですっ、――いつでも!」
ハイ……?
跳び上がった女騎士の剣を上昇して避けた竜が降下すると共に、その鋭い鉤爪を自分達に向けて迫る。と、文字通り目前で、火花を散らして爪が刀身の上を流れる様に通り過ぎる――。
うぉお。
――次いで急激に圧し掛かる力を受け、肩を主体として、必死にしがみ付く。
ぅぐグ。
そして、重圧が無くなったのちに顔を上げて前を見ると朱いモノが目に映り。続いて体にまとわりついていた重力の度合いが通常のものに近づく。
おお……、――乗ってる。
と思うや否や自分を背負う女騎士が垂直に立てた剣の先を下にして上の柄を両手で持つ。
――瞬間、視界が斜めに傾く。
うぉっ。
そうして傾きは止まる事無く角度を増し、揺れ動く。と剣を持ち直す騎士が足下を蹴る様に、其処から離脱した。
着地と同時に、直ぐ横の顔も空へと向く。
そして視線の先で優雅に上空を旋回する巨大な爬虫類を、なすすべなく、見据える。
ふム。
「――どうですか? このまま引き続き、このやり方で?」
特に否定するつもりなく自分を背負ったまま戦いに臨んだ相手の横顔を見て、現状からおりずに尋ねてみる。
「ぁ、ハイ。引き続き、このままでお願いします」
「分かりました。けど重たくないですか……?」
心持ちは本来逆の、聞かれる立場な気もしつつ序でに確認しておく。
「はい、全く問題ありません。と言うより、私の方が重たい様に感じられます……」
と、どんよりした目で軽く項垂れて言う。
そりゃ鎧を着てればそうなる。
「……――まぁその、ジャグネスさんは騎士で、鍛えてますから、俺とは根本的に違うので、気にする事はないですよ」
次いで気にしないどころか、更に目を曇らせる女騎士の頭が沈む。
ええと。……間違ったかな。
中空で大きく翼を広げた後、その場に停空して羽ばたく朱竜の口が開く。
――そして、まさか。と思った次の瞬間には赤く光のようなものをチラつかせた口内から、的中した予感が勢いよく吐き出される。
おぉ……、――ぐはわッ。
次いで迫り来る火球を避ける為に動いた女騎士の瞬間的な加速に、首が予期せぬ方向へ曲がりグキッと音を鳴らす。
――意図せず、痛みの痛烈さに声が出る。と同時に着弾した熱が風となって体の側面を炙り、思わず手の平で顔を保護する。が新たな光を感じて、靭帯の痛みに耐えながら見る眼前を複数の火玉が埋め尽くしていた。
空から襲い来る火の球を次々とかわし、焼け野原になりつつある元草地を自分という重荷を背負ったまま奔る女騎士。の横顔に焦りの色は全く見えない。
――その表情を、絶え間なく揺れ動く世界で天地すら分からない視界が、偶然捉える。
マズいな……。
と度重なる急加速で指の感覚だけでなく視界まで薄ら暈け始めていた自分に、内心呟く。
――次いで、不意に熱を帯びた赤い光に誘われ、顔を横へと向けた。
直後、掴んでいた肩からスッと指が離れて身体が宙に取り残される。
しまっ。
――瞬間、ゆっくりに見えるほど鮮明な世界で、驚きのあまり目を見開く様な顔で振り返る女騎士が、――自分に手を伸ばす。
伸ばされた手を掴む事も出来ず背中から地面に落ちた後、咄嗟に逃げようとして起き上がりかけた上体を維持したまま、透明な渦状の塊と一緒くたになって空へと昇っていった火球が爆ぜるのを見届ける。
――そして、塊が飛んできた方を見。持ち主の身の丈近い杖の先端を、かぶっている帽子を片手で押さえながら、前方に出している少女を発見する。
妹さん……?
まるでドラマみたいな登場の仕方で現れた魔導少女を、思わず疑う。がその姿や仕草に疑る余地はなく、こちらを見たと思ったら、次の瞬間には杖の先を空へ向け――渦巻く弾塊を発射した。
先ほどまでの状況とは打って変わり上空を逃げ回る竜が、少女の放つ力の渦をすんでのところで躱し続ける。のを女騎士のそばで立ち見していると、日常的な顔ぶれと共にオールバックの騎士がやって来る。
「アリエル様、早々に加勢しに行ったほうが宜しいかと」
女騎士の近くで足を止めた騎士が、変貌後の様子で告げる。
「は、はい。――……ですが」
と向けられる眼差しに、ムと疑問を持つ。
「洋治さんの事は、お任せください。指一本、触れさせません」
「……――分かりました。ではユーリア、ヨウの事を、宜しくお願いします」
次いで返事をする相手に軽く一礼をしてから自分に微笑む女騎士が、魔導少女の所へと走って行く。すると短い髪の騎士がそーっと近づいてきて、指先をピンとした手をこっちに伸ばしてくる。
結果、反応すら出来ずにガシっとオールバックの騎士にその手を掴まれ。
――ビタンッ。と、見てる分には独りでに、自身を地面に叩き付ける。
うわ、痛そう。
参戦という体で向かったものの空高くに居る相手に対して出す術のない女騎士は、自身の妹の横で、ただ上を見詰めていた。
うーん――。
「――行っても、仕方なかったかもしれませんね」
いつもは女騎士が立っている事の多い位置で、向こうに居る二人の様子を特に表情も変えず見ている変化舞踊の騎士に言う。
「それはまだ分かりません」
ふム。
「――ちょっとダメ騎士、まだ顔に土がついてるわよ」
そう言って少女が、汚れを払っていた短髪の騎士の顔に、手を伸ばす。
「あ、スミマセン」
「ったく。ハイ、できたわよ」
できた? ――と気になって見る。すると土色で、おなじみの漢字が額に書かれていた。
どちらかといえば、眼のほうが好きかな。




