第13話〔じゃ いっかい向こうへ戻るわよ〕⑥“イラスト:エリアル”
「こちらの部屋で、お待ちください」
入った玄関口の正面にあった館の様な広い階段を見ていた自分に、手の平を上にして女騎士が扉を示す。
「ジャグネスさんは?」
「先に、自室で着替えを……」
何故か恥ずかしそうに相手が言う。
「分かりました。待ってますんで、急がずにゆっくりと着替えてください」
「ハ、ハイ。――着替えが終わったら、直ぐに戻ってきますので」
そう言って、女騎士が階段をあがっていく。
――さてと。
言われた通りに移動して、取っ手をそっと回し、木製の扉を開ける。と――。
おおっダイニングキッチンだ。しかも綺麗。だけど、――……案外見慣れた?
――驚きはしたものの、意外に普通。ただ入る前に見た家の外観も含め、雰囲気は北欧風だ。
あ。――イヤ、いいのか。
一瞬、靴を履いたままだと焦ったが問題はなかった。
けど、そう思ったらジャグネスさんは家に土足で? あれ、鈴木さんは――さすがに脱いで入った……て、自分は――。
そして見る足に、見覚えのない靴が。
――いつの間にっ。
「何をしてるのでしょうか?」
驚きのあまりビクッとなって背中が反る。
あ、恥ずかしい。
で振り返ると、鎧から布の服に変えた女騎士が居た。
ム。
「――その服、似合ってますね」
つい言ってしまったのもあり、やや遅れて相手が俯き気味に口を開く。
「そんなコトは……」
耳を赤くして、いっそう下を向く相手に悪いとは思いつつ、自然と目は――。
――上げていた金色の長い髪を後ろで垂らし、鎧の騎士から一転して、スカートではないものの、布地の服を着る姿に女性らしい優しさが。
「……あ、あの。あまりじっと見られると……」
「え? あ。す、すみませんっ。つい」
――お昼のファッションチェックばりに観ていた。
「着替えるの、早いですね」
「そう、ですか?」
「いやまあ……」
思うより、自問自答していた時間が長かったのかもしれない。
「入らないのですか?」
「いえ、入ります」
即、半開きにしていた扉を開け、部屋の中に進み入る。
「すぐ食事の用意をしますので、適当な椅子に腰を下ろして待っていてもらえますか」
言って、続き入ってきた相手に承諾して言葉を返す。
そして相手はキッチンへと向かい。自分はダイニングテーブルの周りにある椅子に腰掛ける。
で、ふと思った事を口に出す。
「他に、ご家族は?」
「父と妹が。ただ、この家に住んでいるのは私と妹だけです。と言っても、妹のエリアルとは普段から入れ違いが多いですね」
「妹さんは何を?」
「王国の魔導団で導師をしております」
――魔導団。これまでで一番の、ファンタジーな響きだ。
「なんとなく、凄そうですね」
「はい。ですが城の研究所にこもってばかりです」
――研究熱心な妹か。ありがち――ん、まてよ。ということは、二人っきり?
「んー」
見ると、女騎士が台の前で何やら唸っていた。
「どうかしましたか?」
「え? あ。いえ……」
言いづらそうに相手が口を閉ざす。
行ってみるか。
椅子から立ち上がり、台所へと向かう。そして顔を覗かせるようにして、相手が見ている台の上を見ると、食材と思しき物がいくつか置かれていた。だけで、悩みの種は特に見当たらない。
「どうかしたんですか?」
自分が来た事に気づかないほど悩んでいたのか。やや驚きながら相手がこっちを向く。
「――じつは、暫く家を留守にする予定だったので、食べれる物があまり……」
「なるほど。――ちなみに、いま何があるんですか?」
「いまあるのは、こちらに出ている物と……水、それと一般的な調味料です」
と言われて分かる訳もないので。キッチンに入り、物を確認する。
ム。
「これは、干した肉ですか?」
「はい。物は鹿の肉かと」
鹿か、初めて見た。
「こっちは、芋ですか?」
「はい。一般的な干し芋です」
見た目からしても、ほぼ同じだな。芋の種類はサツマイモだろうか。
「そっちにあるのは、何と何ですか?」
「えっと。こっちは干した大根で、こちらは山椒の実です」
ダイコン。――いや、場合によっては近い野菜ってことか。ただ見たところは寒干し大根にそっくりだ。
「これから言う調味料があったら、教えてください」
「はい。でも、何故でしょう?」
まあなんとか、なるかな。
「お、美味しいですっ」
口をつけた後のスプーンを見ながら、声を上げて、相手が言う。
「それはよかった」
「あの食材からどうやって、これほどの品をっ」
「……ええと、出汁を取った後の干し物は焼いて味付けをして、スープは大根を入れて調味料と山椒で味を調えました」
「な、なるほど。――このバターで香り付けされた肉の旨味を吸い取った芋のねっとりとした甘味を、ピリリと舌を刺激する山椒のスープが調和し、また肉に手を運ばせる。まさに味の相乗効果ッ故の反復運動っ」
どこぞのグルメリポーターみたいなリアクションだな。
「ヨウは、どこかで料理を勉強したのですか?」
食べた物を口の端につけた相手が聞いてくる。
「一人暮らしが長いと、これくらいはなんとなくです」
「なんと、なく……」
何故ショックを受ける。
「まぁその、お口に合ったのなら幸いです」
「それはもうっ。本来もてなす立場の私が逆に」
と部屋の天井が音を立てる。
ム。
「二階に誰か――」
――あれ。
「お静かに」
声に反応して、そっちを見る。と、今の今まで向かい合った席に座っていた相手が上を見るのに目を逸らした一瞬で、扉の近くに移動していた。
いつの間に。
「様子を見てきます。ヨウは、ここに居てください」
相手の雰囲気からしても、何をさして言っているのかは直ぐに分かった。
「一緒に行きます」
「いえ。狭い場所では固まっている方が危険です」
「なら距離を空けて付いて行きます」
「……――分かりました。ただ、危険な事は絶対にしないでください」
「はい」
そして席を立とうとした途端に、家の床を軋ませる音が動き出す。
「ここに来るかもしれません。ヨウ、私の後ろに」
返事をしてから、直ぐに言われた通りの場所へ、若干重たく感じる足を動かす。
その間にも音は自分達の居る所へと確実に近づいていた。
「もしもの時は自分の事だけを考えてください」
ム。
後ろに来たのを確認して、そう言う相手に返答を躊躇っていると。
「来ます」
そして音が、扉を一枚隔てた向こう側で、止まる。
――落ち着け。
冷静になろうとする自分を余所に、扉が開く――で。
「お姉ちゃん」
部屋に入ってきた人物が言う。次いで、こっちを見て。
「ダレ?」
「――エリアル、どうして貴方が?」
緊張の解けた顔で女騎士が相手に問う。
「なに?」
理解ができたので。自分の為に内心で言っておこう――。
――超ビビった。




