第48話〔謝罪の意を身をもって示そうと思いまして〕①
寒暖差を殆ど感じない異世界での杪秋、――初公演の日。先日開催した闘技大会と同じ場所に特設された上演会場の舞台袖で幕をそっとズラし、観客席の様子を窺う。
うーん。――満席だ。
「ど、お客さん来てるかんじ?」
と背後からの問い掛けに、ズラした垂れ幕を直して振り向き。
「はい、満席です」
「そ。なら、あとは練習の成果を、見せるだけね」
気持ち嬉しげに少女が言う。
「――はい。みんな頑張って練習しましたから、きっとウマくいきますよ」
舞台上で立ち位置などの最終確認をしている二人の騎士とそれを見ている小柄な二人に目を向け、口にする。
「そ、ね。でもわたしは、水内さんの活躍に、一番期待してるわよ」
「俺ですか……――」
――暑いのでタイミングを見て着ようと近くに置いてある着ぐるみをチラ見する。
「まぁその……、ガンバリます」
鳴き声だけで台詞はないけど。
「――にしても、ドラゴンを知らないなんて、呆れた異世界ね」
両手の平を上に向け、欧米風に相手が述べる。
「そうですね。どちらかと言うと、こっちが本場ですもんね」
「ほんと、そう。いったいナニ倒して生きてきたんだか」
おそらく緑色の人型生物かと。
「――あ。そうだ。忘れてたわ。――はい、水内さん」
そう言って、少女が持っていた飾り気のない本の一冊を自分に差し出す。
ム。――と受け取る。表紙には、よく知った文字で“姫騎士物語”と書かれていた。
「これは台本、ですか?」
そ。と、相手が自身の分を軽く振りながら返答する。
今更だけど初めて題名を知った。
「――何故これを、自分に?」
「だって水内さん、台本もってなかったでしょ?」
というか、持ったところで見る台詞がない。――しかし。
「なるほど。ところでこの台本は、日本語で書かれてるんですか?」
「そ、よ。異世界語なんて分かんないもの」
「けど途中から練習してる時に皆で台本を見てましたよね?」
「あれはフェッタに頼んで翻訳してもらったぶん」
「なら、これは?」
と今しがた貰った物を相手に見せる。
「わたしが書いたやつよ。急いで書いたから、ちょっと字は汚いけどね」
ふム。――と本を開き、登場人物の表や冒頭部分に軽く目を通す。
これは――。
「――凄いですね。素人目線ですが、まるで専門家が書いたような出来栄えです。――と言うか、鈴木さんは素人なんですか……?」
「素人よ。だって、初めて書いたもの。書き方は、以前から知ってたけどね」
なるほど。いつもながら謎の多い人だな。
「じゃ、そろそろ開演前の挨拶をしましょ。気合い入れなきゃね」
次いで、そうですね。と返す自分の前を、少女が行く。
――挨拶を終えて元の舞台袖に戻る。と壁際にあった小さな、しかしそれを運ぶ少女には丁度いい高さの台が自分の横に置かれる。
「なんですか、これは?」
台の上にある色の付いた数個の石も含め、持ってきた少女に質問する。
「フェッタが気を利かせて作ってくれた、インカムみたいな物よ」
「インカム……?」
――聞いたことあるような無いような。
「ようは――コレを耳につけてる相手に、こっちの石を使って、わたしの声を届けるの」
そう言って少女がコードの無いイヤホンみたいな物とやや短いリレーバトンの様な石を手に取り、自分に見せる。
「なるほど。ちなみに、色が付いてるのは?」
「区別する為よ。――見てて」
と台に置かれていた紫色の棒石を持ち、先端を口に近付ける。
……見る?
「ダメ騎士、衣装が破けて尻が丸出しよ」
へ?
すると舞台の方が若干騒がしくなり、――目を遣る。と役柄上、村娘姿の短い髪の騎士が何かを言ってる感じで顔を後ろへ向けてクルクルその場で回っていた。
「ね。面白いでしょ?」
コラ。
「じゃ、コレ。水内さんのぶんね」
と、差し出されたイヤホンを受け取る。
「どうもです。――けど、ナニを目的に使うんですか?」
「ま、練習はしたけど。初舞台を踏んで緊張しないってのは、そうそうないでしょ? セリフも飛ぶだろうし。だから、そのための保険よ」
なるほど。
「――前から思ってましたけど。鈴木さんて、優しいですよね」
あと数分の内に幕が上がる舞台上を袖から眺め、口にする。
「きゅ、急になに……?」
「いえ深い意味はないです。ただ知らず知らずのうちに、そういう優しさに助けられてるんだなと、思い」
「……――ね、水内さん」
ハイと横を見る。
「そういうコトは、真顔で言わないほうがいいわよ。――余計に好きになっちゃうから」
自分と交代で正面を向いた少女が、仄かに頬を染めて言う。
「……そう、ですか。すみません。――けど、鈴木さんみたいな人柄の方に好まれるのは単純に、光栄ですんで、素直に受け止めておきます」
言いながら自分も正面を向く。
「……――やっぱ、責任とってね。そのうちでいいから」
――……なんの?
まもなく開演。の放送にしたがって会場内が、暗くそして静けさを増す。
次いでイヤホンを耳につけ、開いた台本に目を落とす。と合図の音が鳴り、よく知った語り部の声が聞こえてきた。
①森の中 朝
N「木漏れ日がさし、鳥の鳴き声聞こえる森の中。近くの村から逃げてきた娘が途方に暮れ、今にも命を絶とうとしていた」
舞台の幕が上がる。
(さすが預言者様、滑舌もいいな。というか、改めて思うが凄い出だしだな)
× × ×
木に結んだロープの輪に首を入れようとしているダメ騎士(23)。
(これ、役柄で表記するのが正解な気が。それに何故、実年齢……?)
ダメ騎士「ああ! 村のみんなを見捨てて一人で逃げてくるなんて、わたしは最低な人間だ! このままオメオメと生きるくらいなら、潔く森の糧となろう!」
(糧というか、もの凄く不自然な――、ん?)
なかなか台詞を言い出さない村娘が居る舞台を見る。と――。
ム。
――観客席へ顔を向けたまま、やや遠目でもあきらかに分かるくらい硬直していた。
「ったく。仕方ないわね」
と言って、横に居る少女が紫色の石棒を口の前に持っていく。
「ちょっとダメ騎士、恥ずかしいなら目の前の輪っかに頭ツッコンで、ひと笑い起こしてから逝きなさいよ」
イヤどういうフォローっ。
そして何故か舞台上で指示通りの事がぎこちない動きで進行し始める。
いや、なんでっ。――と思わず少女の手に自分の手を添え、石を口元に引き寄せる。
「ホリーさん、落ち着いてくださいっ」
途端にピタッと半分ほど頭をくぐらせていた体が止まり。――次いで、少女に。
「台詞をとばして、先へ進めましょう」
このままだと事故、もとい謎の公開処刑が始まってしまう。
「そ、ね。騎士さまに、指示を、送るわ」
照れる感じで言う相手。を見て、あ。と気づき、顔を離し舞台の方を向く。
「――騎士さま、もう出て行っていいわよ」
続き、舞台美術の裏で待機していた舞台衣装を着た姫騎士が村娘にやや急ぎ足で近づく。
そうして登場した姫騎士役の活躍によって冒頭部分を乗り越え、悪い魔女を倒す為に村へ向かって物語が前進した矢先、予定になかった人物が予定通りにワイヤーで上から煙などの演出と共に登場する。
ぇエエ……――。
――台本を持つ手を下ろし、戸惑う。
「出てくるの、早いわね」
早いどころか、本来は中盤から終盤にかけて登場する最終目標ですが。と、舞台の上でワイヤーを使い宙に浮いている魔女役の魔導少女に注目する。
「……よく、ここまできた」
いや、そっちから現れたんですけど。
すると唐突に、横の少女が台本を閉じる。
「面白いわね。このまま行きましょ」
まじでぇ。
【補足】
作中に出た≪台本調≫の書き方は、素人書きですので悪しからず。m(_ _)m




