第47話〔そんなんじゃ天才子役にはなれないわよっ〕②
目の前の医者と初めて会った日から数日後、医学書を持って訪れた屋敷で促されたのち一人掛けのソファに着席する。
「わざわざ出向いてもらい、感謝するよ」
渡した書物を一見した後、自分達の間にあるテーブルの上に置き。ソファに深く座り直して、相手が告げる。
「自分にとっては仕事の一環ですから、お礼は要りません」
ただ一人のお使いなので、若干緊張気味だ。と内心で思いつつ、お茶を運んできたメイド長に礼をする。
「ありがとう、ララ。あとは、用ができたら呼ぶから、席を外してもらえるかな」
「はい旦那様。――では部屋の外に待機しております。いつでもお呼びください」
そう言って屋敷の主に頭を下げ。次いで、自分にも下げてメイド服を着た女性が扉の方へ行き、自分達に一礼後、退室する。
「――そういえばキミは、ララと面識があるのだったね?」
扉の方を見ていた医者が自分に顔を向け、洗練された口調で聞いてくる。
「はい、二度ほど。クーアさんのお子さんと一緒に、会ってます」
「うん? ああ。そうだったね、訓練の事は息子も喜んでいたよ」
「それはよかったです。――ちなみに、何故そんな確認を?」
「いやなに、ララの警戒心が薄かったのでね。珍しいと思っただけだよ」
ム……?
「しかしキミは、異世界人だからと言うよりかは人として変わった性質を持っているね。わたしは職業柄、多くの人をミテきたが、洋治くんみたいなタイプはこの上なく診断しにくい」
「そ、そうですか……?」
というか、診察されに来た訳ではないのだが。
「と思う反面、性格はわかりやすい」
相手が爽やかに笑って言う。
「……――ク、クーアさんは何を専門に、医療に携わっているんですか?」
「専門? ああ。――こちらの医学に、専門分野と言う棲み分けはなくてね。イヤ、それ以前に治療師などと言う肩書きすら廃止すべきだと、わたしは常々思っているよ」
ム。
「どうして、ですか?」
聞くと、医者は面持ちを変え。
「洋治くんは、こっちで治療を受けた事は?」
「二度ほど腕を骨折したので、その時に」
「骨か、それなら……。――ウン。腕ごと切断されていれば体験……」
と相手がボソッとコワいことを言う。
「……――イヤ。洋治くんは加護がないのだったね?」
突如意識を取り戻した様な調子で、そう質問を受ける。
「そうですね、ハイ」
「なら失敗した時に弁明できないので止めておこう」
なにがっ。いや、ナニを。
「しかし加護が無くて恐くはないのかい?」
むしろ自分としては、目の前に居る相手の発言のほうが恐ろしい。
「……――まぁその、初めから無いモノなので特には」
「そうか……。――ウン、そうだね。――しかし、有る者にとっては恐怖だ。無い者を見るだけでも、ね」
ム。――あ。
「そういえば、この前言ってた加護の話は?」
「ウン? ああ、アレか。――キミはどう思う?」
「え。いや、どうと聞かれても……」
――それを聞きたくて、今日は。
「洋治くんは知らないと思うが、女神の加護は過去何度もその機能を失っている。前回はそう、二十年くらい前だったかな。期間は……一年、だったと思う」
「一年……、その間に死んだ人はどうなったんですか?」
「帰ってくる者もいれば、帰らぬ者もいた。取り分け子供の蘇生率は高かったが――大人、特に男は全滅だ」
「……――なるほど。けど、それだと失ったと言う表現は違和感がありますね。少なくとも生き返った人は居る訳ですから」
「確かにそうだ。しかしわたしは、フェッタ様からそう説明されたよ」
「預言者様から――、――クーアさんは、預言者様と仲良いんですか?」
「ウン。わたしとフェッタ様が、と言うよりかは互いの先祖がね。なにせ二百年ほど前にベィビアへ来た前救世主は当家の祖だ。昔のよしみと言うやつだろう」
「え。そうなんですか……?」
「ああ、事実だよ」
と、相手が面持ちを変えて笑う。
ム。
「さて、本日はそろそろ時間切れだ。洋治くんにも、やるべき事があるだろう。続きはまた、必ずわたしから声を掛けるよ」
「――そうですね。分かりました。ただ折角淹れてもらったんで、飲んでから帰ります」
と言うと、ああ。と、医者が頷き。
「きっとララも喜ぶよ」
そしてティーカップに口を付けたのち、一旦受け皿に戻し。
「最後に言付けをお願いしても、いいですか?」
「ウン? ああ。誰にかな?」
「はい、また遊びに来ると、息子さんに。もし会えたなら、そう伝えてください」
次いで、苦笑いをする相手を見て確信しつつ、再びカップに口を付ける。
――馬車を後ろで待たせ、門前まで同行した相手に一言添えて見送りの礼をする。
「また是非、お越しください」
そう告げるメイド長に、はい。と返す。次いで動き出そうとした矢先に声を掛けられ、再度ハイと対応する。
「ミナウチ様は、旦那様の……――なぜ、お分かりに?」
ム。
「ええと、何故と聞かれるほどの理由はありません。なんとなく、そう思っただけで。ただ、どんなに繕っても、完全にジブンを隠すのってムズカシイのかもしれませんね。笑い方とか、何気ない仕草は特に」
「……なるほど、勉強になります」
言って相手が頭を下げる。
「いや、そんな、勉強って……、……――実を言うと最近、そういう部分に気を付けるよう心がけているんです」
「そういう部分――と、言いますと?」
「具体的な説明はできないんですけど。ちょっとしたコトに気づかず、誰かをガッカリさせたくないなって、最近は思うように。――特に、相手が大切な人だと、そう思います」
「……なるほど。――その御気持ち、理解できる気がします。私の場合は、ミナウチ様とは少し違った感情での行動にはなりますが、きっと大切な人を思う気持ちは皆、同じなのでしょう」
と言い、想う気持ちを形にした様な、微笑を相手が浮かべる。
「――つきましては、旦那様の事はどうか。多忙な中での数少ない息抜きと御理解ください。しかしながら退化後の記憶に一環はございません。なにとぞ、御容赦を」
そして、メイド長が深々と頭を下げる。
「イヤイヤ容赦なんて、そんな。――ええと。最後に一つ、質問をしてもいいですか?」
「――はい。お答え出来る限り、何なりと」
胸の中央に手を添えて返ってくる答え。次いで――。
「なら。ララさんは、いつ、気づきましたか?」
――と、聞く自分に――。
「勿論のこと、旦那様と、初めて出会った時でございます」
――表情を緩め、相手がそう告げる。
屋敷から城に戻った後、自分が帰路についた事の連絡を受けて待っていた双子の姉に先導され、稽古場の様な広めの部屋に入る。と――。
「ちょっと、ダメ騎士。もっと感情を、身体で表現しなさいよ」
――二人の騎士を相手に長髪の少女が演技指導をしているところだった。
「では私はこれで」
一緒に来た姉が軽く頭を下げて言う。
「あ、ハイ。――ヘレンさん、案内してくれて、ありがとうございます」
相手に一礼する。すると何故かクスっと微笑み、イイエと答えたのち部屋を出て行く。
「おやおや、洋治さまは私直属の護衛にまで手を出すお積もりでしょうか?」
と、いつの間にか横に居た相手に、若干ビクっとなる。
「――……なんのコトですか?」
「いえ、ほんの戯言です。洋治さまが気になさる必要はありません」
ふム。
「だとしても、言いたい事があったら隠さずに言ってくださいね」
――次いで相手の目を真っ直ぐに見。
「偉くても、一人で抱え込まず、いつでも頼ってください。偏見とは思いますが、預言者様だってれっきとした女性なんですから、ヘタに強がる必要はないですよ」
――そして、もの言いたげに相手の口が僅かに動く。と何故か、徐に手が伸びてくる。
え……?
しかし伸びてきた手の指先が喉元に迫ったところで、体が反対側にグイと引っ張られる。
「――い、妹さん……?」
結果振り返った場所に、黒みがかった赤髪の少女が普段と変わらず丈の短い外套を羽織り、何かを言う訳でもなく、立っていた。
「どうか、しましたか?」
傾いた姿勢を正し、率直に質問する。
「――ヒマ」
と一言、極めて分かりやすい返答。それを聞き、――稽古中の三人を見る。
「妹さんは練習に参加しないんですか?」
と聞く。すると直ぐに、しない。と返ってくる答え。次いで、視界の端に人の頭が入り。
「エリアルは救世主様のご配慮で、即興性を重視するとの事です」
つまるところのアドリブか。
「――ところで何故、ジャグネスさんが……?」
「救世主様の人選にて、本日から通常勤務の合間に参加せよ。と」
なるほど。
「ちなみに、預言者様も出るんですか?」
「ハイ。私は語り部の役を担いました」
手を打ち合わせ、嬉しそうに相手が言う。
なるほど、適役だ。
「ときに、洋治さまにはドラゴンと言う配役を救世主様はお考えの様子なのですが、ドラゴンとはいったいどのようなモノか、洋治さまはご存知でしょうか?」
なるほど、敵役だ。――え?
「ド、ドラ? ――お……俺が?」
不意の情報に戸惑う。と何かしらの音がして、そっちに振り返る。
「ダメ騎士っ、そんなんじゃ天才子役にはなれないわよっ」
いや、そもそもムリでしょ。




