第45話〔覚悟を改めておいてください〕⑥
【補足】
※R18ではありませんので、悪しからず。m(_ _)m
――ふと、意識が戻る。
あ。――寝てた。
そしてぼんやりと、周囲の状況を目で見て確認する。
――電気などの照明はないものの薄ら分かる部屋の様子に、記憶が現状を思い出す。
途端に、あ。と、手を首の後ろに持っていく。と既に腕はなく、頭部も動く。ので――。
――よし。と下に居る相手を気遣いつつ、静かに体を起こす。
次いで、一息吐き。極力ベッドを揺すらないように気を付けながら端へ行って、床に足を下ろす。そうして背中を寝台の方へ向け、一先ず座り、落ち着く。
脱出成功。そう思い、ずっとあった感触がなくなった頬に触れる。
ああいう感じなんだな。と、単純に思う感想。同時に過去の自分が背や腕で受けていた感触が同じモノであった事に気づく。
――それは深く考えた事がなかった想像力のなさが原因なのか。それとも気づけなかった鈍感さが悪いのか。ただ、どのみち分かったコトは――。
なんか、ほっとした。
――思わず寝てしまうほど、居心地が好かったというコトだ。
「……て」
なにを考えているんだ。と、軽く頭を振る。そして、シャワーでも浴びよう。――と腰を上げた途端、後ろから腕を引かれ、戻り際に振り返る。
「ジャ、――……起きてたんですか?」
そのまま寝ていた所為か、やや衣服を乱した上体を起こし手を伸ばす相手が引き止める様に自分の手首を掴んでいた。
「それとも、起こしてしまいましたか?」
というかは胸に覆いかぶさった時点で起きてしまっていた。としても不思議ではない。
――しかし返答はなく。どうしたのかと近づこうとした矢先、俯き加減の相手が身動ぎ口を徐に開く。
「……私には、それほどまでに女としての魅力がない……のでしょうか?」
え。
「ど、どういう意味ですか? ……それほどって、何を基準に」
「何故、何もしないのでしょう? つまるところ、魅力がないから、ですよね?」
ムム。――言いたい事は分かった。が、その前に。
「ジャグネスさん、ひょっとしてまだ、酔ってます……?」
こっちを見る眼差しは、暗くても分かるほど、真剣そのもの。だが薄暗い部屋の中、喋る度に相手から漂ってくる甘い香りがそう思わせる。
「私は、至って冷静です」
と若干懐かしくも感じる言葉が返ってくる。
「ええと。何かしたほうが、……よかったですか?」
「……――それは、その、私に聞かれても……」
掴んでいた腕から手を放し、ベッドの上で半身を起こして小さく肩を丸める相手が語尾に近づくにつれ声を小さくして言う。
「そ、そうですね。……すみません」
だからといって、どうすればいいんだ。何かしたほうがいいのか? もしそうなら教えてほしい。て、なに考えてるんだ。頼ってどうする、情けないぞ、俺。
「――ジャ、ジャグネスさんは、そういうコトをしたいと、思っているんですか?」
「……――そういうコトとは、どういうコト、でしょう?」
う。――しまった。と、動揺する。
「――……冗談です。ちょっとだけ、意地悪をしました」
クスっと笑い、相手が告げる。
「そ、そうですか……。ジャグネスさんでも冗談とか、言うんですね……」
「それを言うのなら、ヨウもです。思わず笑ってしまいました」
と、口元に手を当て顔をほころばせる相手を見て、話題を逸らせたと内心で胸をなでおろす。が、唐突に態度が戻り。
「それはさておき、私の事をどう思っているのか、教えてください」
エエ……。
「……どうと、言われても……。ジャグネスさんは俺の婚約者です」
「そ、その様な言葉では、騙されませんっ」
何故か恥ずかしそうに相手が言う。
え、なにが。
「――ヨウは、もっと私の事を知りたいとは思わないのですか……?」
「勿論、思います。けど、そういう事はハイと見せれる物ではありませんし、少しずつ時間と共に」
「私はもう待てませんっ。もし待てと言うのなら、少しとは何時か、教えてくださいっ」
と、何処か切迫した様子で、上体を前へ傾かせ声を上げる。
そして状況が状況なだけに――。
「――……言いたい事は、分かります。だけどまだ自分達は正式に籍を入れた訳ではありません。そういうコトはもう少し……先だと」
「その様な規則はありません」
「……それは、そうなんですけど」
「ヨウは私と、口を……合わせて、くれた事も……ないです」
ム。
「それは結婚式の時に――」
「その様な規則はありません、ありえません」
――エエ。
「……――ええと。ジャグネスさんの言い分は尤もです。けれど他に切っ掛けとなる事柄もありませんし、そんなに焦らなくても、いずれ」
――すると、暫し沈黙したのちに胸元のボタンを外し、相手が服を脱ぎ始める。それを見て、即、顔の向きを正面に戻し何もない壁の方へ視界を逸らす。
「なっ、な、なにをッ?」
「……――切っ掛けがあれば、いいのですよね?」
「い、いやっ、そうではなくてっ。……と、時が来ればっ、という意味です!」
「その様な時を待っていたら、私、お婆さんになってしまいます」
いや、なんでっ。というか、そんなになるまでナニやってるのっ未来の俺ッ。
――と、相手を不安にさせるほど将来性のない自分を責める。その間も、背後では布の擦れる音などが容赦なく聞こえてくる。
「ちょっ、と、待ってくださいっ」
次いで、ぽとっとベッドの上に何かが落ちたような音がした後、揺れていたマットレスや衣擦れの音が止む。
「何でしょう? ――覚悟を、決めてくれたのですか? でしたら」
「イヤ覚悟って。そういうのではなく、て――、……ジャ、ジャグネスさんは酔ってるんですっ。そうです。でなければ、普段のジャグネスさんはそんなコトしません」
――そう、酔ってる。酔ってるんだ。だから、よくない。酔ってる時に、しかもお互い初めてな訳だし、絶対に、よくない。
「……その様な言い分で、私のしようとしているコトを止めないでください」
そして再び布のこすれる音が聞こえ始める。
「イヤイヤ待ってくださいっ」
思わず、誰も居ない壁の方へ、両手を小刻みに振って言う。
「――ジャグネスさんは、それでいいんですか? 初めてなのに……そんな、自分から」
途端に動揺らしき振動が伝わってくる。
「……――私とて、この様なコトを……したい訳では」
なら止めればいいのに……。
「ですが、この様なコトでもしない限り、ヨウは私にナニもしてくれません」
次いでポトっと音がして座っている寝台が極々僅かに揺れる。
「――私は、いつでも構いません。ヨウの覚悟が決まったら、こっちを見てください」
これ以上の先延ばしは不要と言わんばかりの口調で、相手が告げる。
「いつでもって、ジャグネスさんは今、どういう状態なんですか……?」
照明を点けていない薄暗い部屋で振り返る事も出来ず。もはや状況を知る術は直接聞く他ない。
「……着ていた物を、脱ぎました。あとはヨウが私を、見るだけです」
なん、です……と――。
「――つまりそれって、今、ジャグネスさんは、……裸ですか?」
「……はい。ただ、下はまだです。最後の一枚はヨウの手で、取っていただきたいので」
さ、最後? 下――、く、靴下――な訳ないか。というか、もしそうなら寧ろそっちのほうが困る。ってナニ訳の分からないコトを考えてるんだ。先に――。
「振り向く切っ掛けがありませんか? ――なら、私からそちらに行っても構いません」
――え。
「待っ、待ってください。そんなコトまでジャグネスさんにさせる訳にはいきませんっ。た、ただ、後になっての後悔は絶対に、したくもさせたくもないので、もう少しだけ、真剣に考えさせてくださいっ」
「……――分かりました。ですが、このままだと私は体調を悪くしてしまうかもしれません。ので、先に横になり、中でヨウの事を待っていてもいいですか?」
あ、そうか――。
「――そ、そうですね。そうしてください。――そこまで気が回らず、スミマセン」
「では少しの間、目を閉じていてください」
あ、ハイ。と、目を閉じる。が直ぐに、何故? と思う。次いで、伝わってくる振動と気配で相手が近づいてきた事を感じ取る。
「ジャっジャグネスさん……?」
「ご安心ください。何もしません。ヨウは、そのまま」
と言われるがままに従い、目を瞑った状態で、じっとしていると気配が離れたのちベッドが揺れ、掛け布団が動く。
「もう大丈夫です。目を、開けてください」
ゆっくりと、そして慎重に目を開け。周囲の状況を、背後に気を付けながら、確認する。すると――。
「私が今、どの様な状態かを知っていただく為に、脱ぎ捨てた衣服を横に置いておきました。ですので、この先の事は、すべて、ヨウに委ねます」
――脱ぎ捨てたと言うわりにきちんと折り畳まれた服、の上に置かれた下着が目に付く。
直後、その形状と先の感触が相まって心音が高まり、目を逸らす。
「……――ヨウ。私は、何があったとしても相手がヨウなら、結果を悔やむ事はありえません。ので、どうか、本心に触れさせてください」
内側に語り掛ける様な、そんな言葉で紡がれる相手の気持ち。に、分かりました。と返し、自分の心の内に集中する為――瞳を閉じる。
――そうして短い間に起きた数々の出来事をさかのぼった先で答えを見出し、覚悟を決めて声を掛けたのち振り返る。――と次いで、立ち上がり。静かに顔を正面に戻して部屋の扉がある方へと足を動かす。
さて、シャワーでも浴びるか。
と思いつつ、一生心に残るであろう愛くるしい寝顔を見れた事に満足して、部屋を出る。
そして朝を迎え、早朝ではないものの、既に行き交う人々で賑わい始めている街を昨晩の事で度々謝罪する相手と並んで歩く。
「本当に気にしてませんから、そんなに謝らないでください」
むしろ記憶に残っているだけで、ありがたい。
「ただ、罰として、当分はお預けですね」
――おかげで、いずれ来る日に備えた準備も出来る。けれど――。
「うぅ。それは、いつまで、でしょう……?」
「まぁ結婚式をした日の夜、ですね。あと、先に言っておきます」
「はい、何でしょう?」
「昨晩の事で改めて思いました。ジャグネスさんは、もの凄く魅力的な女性です。だから確りと準備をして挑みますので、覚悟を改めておいてください」
「ぇ? ぁ、ぇっと、その。……ハぃ」
――もう決心はした。
次いで――。
「なら、昨晩の事はもうそれくらいにして。予定通り朝食を済ましたら、皆のお土産を見に行きましょう」
――と言って、顔を赤らめる相手の手を取り、耳まで真っ赤になる様子を見がてら先を急ぐ事にした。




