第44話〔覚悟を改めておいてください〕⑤
態勢を改め店先でドレスを見ている内に、ふと思い付いた事を口にする。
「型録みたいな物って、ないんですか?」
「カタログ……? ――何でしょう?」
「ええと、商品などを見やすく書き並べた案内書……的な、本になってて……写真とか」
「ぁ、なるほど。ハイ、きっと、あると思います」
「ならそれを貰うか買うかして、後でゆっくり見ましょう」
――なんか変な汗をかいた。
「分かりました。それでは中に入って、いただいてきます。ヨウは待っていてください」
「え、どうしてですか? 一緒に行きますよ」
「……えっと、お気持ちは嬉しいのですが、――こういうお店は、二人で入店すると長引くそうです。私、もっとデートを楽しみたいので、それはまたの機会にしましょう」
と女騎士が自分に顔を近付け、耳打ちをする。
なるほど。
「分かりました。そういう事なら、お願いします」
「はい。素早く行って、戻ってきますので、少しだけ待っていてください」
顔を戻し、そう言う相手にハイと頷く。次いで、見える速度でお願いします。と、内心で思いつつ、入って行く姿を見送る。
女騎士が店に入った直後、突然低い位置から声を掛けられて振り向くとデザイン性のある小さな袋を片方の手に持った女児が券のような物を自分に差し出していた。
「な、なにかな……?」
「――あげる」
言って、女児が更に券を前へ出す。
ムム。
「すみませんっ。――ダメよ、いきなり」
と、母親らしき女性がやって来て。
「あの、よろしければ券の方を受け取ってもらえませんでしょうか?」
女性が、明らかに子供の持つ券をさして自分に告げる。
「え。あ……ええと、何故でしょう……?」
戸惑いのあまり、カタログを取りに行った騎士みたいな口調になって聞き返す。
「じつはある人達に頼まれまして」
女児の肩を持って重なる様に後ろで立ち、母親らしき女性が返答する。
「頼まれた? 何を頼まれたんですか?」
「この券をあなたがたに渡すようにと」
ム。――ちらりと小さな指に挟まれた物を見る。
「どういったものか、内容って分かりますか?」
「ええ。おそらく、どこかのお店の引換券と思いますわ。物はお酒かしら」
「なるほど……――」
――だとしても何故。
「お願いを聞き入れるかわりに娘がお菓子を貰ってしまい。どうか券を受け取って、もらいたいのですが……」
あからさまに困った様子で、相手が言う。
「――分かりました。なら取り敢えず、受け取りますね」
言って、子供の身長に合わせ膝を曲げ、怖がらせないようにそっと手の平を出す。
「ハイどうぞ」
そして手の上に、指の間に挟まれていた部分がクシャっとなった券が置かれる。と、次いで礼を言う自分にイイヨと答えた女児が、膝を戻すより早く、女性の後ろに回って顔を出す。
「ありがとうございます。ではわたしたちはこれで」
頭を下げて言う相手に、自分も頭を下げ、会釈する。
次いで去って行く二人の姿を目で追う内に、女児が見た先で、デザイン性のある小さな袋を売る露店と路地から僅かに出た人影を見付ける。
――なるほど。
***
預言者への連絡を終えて妹の所に戻ったヘレンは、真っ先に二つの小袋を見て、戸惑いながらも――。
「……クリア、それは……?」
――先の子供に渡したはずという思いを胸に質問をする。と、その姉の問い掛けに――。
「アメじゃナイ」
――クリアは約束を破っていない事を主張した。
*
用を済ませて店の前に戻ると、丁度出てきた相手が自分の様子を見た感じで口を開く。
「どこかに、行っていたのですか?」
「ちょっとお礼をしに」
「お礼? 何か、あったのでしょうか?」
「いえ、大した事では。――それよりも見てほしい物があるんですが――あ、ジャグネスさんのほうは、どうなりましたか?」
「はい、私の方は問題なく、いただけました」
と腰の辺りで大切そうに両手を使い下げていた、百貨店で買い物をすると貰える様な、紙袋を自分に見せる。
「そうですか、それはよかったです」
「はい。ですから、ヨウの見せたい物と言うのは?」
「ええと。一先ずは歩きながら、でいいですか?」
「はい。私は一向に構いません」
では。と言って、母娘らしき二人が歩いて行った方向へ、一緒に動き出す。――そして途中、路地を見ないように心掛けた。
――そうして、なんだかんだと時は過ぎて夕食を本日宿泊する建物の最上階にある高級フレンチ並みの内装と雰囲気が漂う店で済ませたのち、食後に頼んだ引き換えの品を今日の出来事を振り返る雑談をしながら待つ。
「もしよかったら、明日もう一度、見に行っても俺は構いませんよ」
結局一着も服を購入しなかった相手に、テーブルで向かい合って言う。
「いえ。折角なので明日は、他の場所を見て回りたいです」
「そうですか。ジャグネスさんがそうしたいのなら、それで」
まあそれに、今日の一件で思い付いた事もあるし、敢えて意識させないほうが無難かもしれない。
すると其処に――。
「お待たせ致しました。食後にと御注文を承りました期間限定の品で御座います」
――やって来た店員が、キラキラと光る透明な液体の入ったグラスを自分達の前に置き。次いで深々と頭を下げた後、去って行く。
ム。――これが……?
「変わった色の、飲み物ですね」
女騎士が、自分と同様に、グラスの中を不思議そうに眺めて言う。
「なるほど。ジャグネスさんからしても、変わっているんですね」
「はい。はじめて見ました」
ふム。
「――まぁ、取り敢えずは飲んでみましょう」
と言ってグラスを手に取り。ハイと返す相手に一言告げてから、先に少量をそっと口に含む。そして――。
ん? あれ?
――再度、量を増やして味わう。
え、あれ? 味が……。――しない。
まるで水以上に透き通った何かを飲んでいるようだった。
「……味が、――しませんね?」
だがそう言って見た相手は、自分とは裏腹にグラスから口を離すこともせず、ぐいぐい味の無い液体を喉に流し込んでいた。
「ええと……、ジャグネスさん……?」
それでもなお飲み続ける様子に不安を覚え、近くを通り掛かった店員を呼び止めて内容の説明を求める。
「はい。こちらは少々変わった製造方法で作られたお酒で、お客様の体内に蓄積されている魔力の量により、味やアルコールの度数が変化する期間限定の品物となっております」
「な、なるほど。ちなみに魔力が沢山あると、どうなるんですか……?」
「はい。より美味に、より強い物となりますが、仮にお客様の魔力が人並み以上だとしても、卒倒するほどの物にはなりえません」
と言ったそばから女騎士がテーブルに倒れ込む。
ああ……。
扉を開け、部屋の中に入る。そして肩を使い支えている相手の腰に鍵を掛けた手を回し、ズレた体を正して奥へと進む。
――しかし広い部屋だ。こんなにあっても使わないと思うのだが。と思いつつ、照明は灯さずに薄明かりの中をベッドがある寝室を目指し、歩く。
「ジャグネスさん、おろしますね」
やや声を抑えて言い。泥酔して眠っている身体を肩から下ろし、寝台に横たわらせる。
よし。――……落ちない、かな?
ダブルベッド程の幅がある寝台の端に寝かした状態を見て、悩む。
よし。――もう少し奥に、と極力余計な所に手が触れないよう考慮しながら転がすつもりで横になっている体に力を加える。が思いの外ベッドに沈み込んでいる身体に苦戦し、漫才の寸劇ばりに足を滑らせ、寝ている相手の上にすっ転ぶ。
ぬわッ、しまった!
「す、スミマセッ――」
――咄嗟に起き上がろうとした体が首を中心にガクッと止められた衝撃で戻る。と続けざまに腕と思しきものが首の後ろに回され――。
え。あれ? ちょ、……て、え?
――足の方が寝台から出る変な体勢で、頭部がガッチリと固定される。
「あ、あの、ジャグネスさん……?」
しかし返事はなく。代わりに、規則正しい呼吸音と息が耳にかかる。
……ええと。なんか、その、やわらかい……――ではなくて。その、……エエ。




