第42話〔覚悟を改めておいてください〕③
行楽地というだけあって、どこもかしこも人で賑わう町全体が一種のアトラクションとも思える状況の中を女騎士と肩を並べ歩く。
「しかし、凄い人の数ですね……」
雰囲気も、エーヴィゲとはまた違った意味の活気にあふれている。
で返事がない隣を見る。と――。
「どうかしましたか?」
――入門の際に貰った小冊子を見ながら小さくうなっていた。
「……ジャグネスさん?」
「ぇ? あ。ス、スミマセンっ。――……何でしょう?」
ふム。――と上下が逆さになっていた小冊子を上から掴み取り、束の間、正して返す。
次いで、ぁ。と気づいた相手が恥ずかしそうに顔をパンフレットで隠し。
「いつから……?」
「いえ。文字はまだ読めませんが、なんとなく雰囲気はつかめてきたので」
「ぇ? ぁ。いえ――……えっと」
何故か、相手が若干困った顔をする。
ム?
すると、近くを通り掛かった、ちんどん屋の様な一行が店の宣伝を行いながら過ぎて行くのを見て思い出す。
「そういえば、食事をしながらショーを楽しめる店があるとヘレンさん言ってましたね」
そして今は正に昼時。
「――もしジャグネスさんがよければ、行ってみませんか?」
「は、はい。私はヨウとなら、何処にでも」
「そしたら道案内を、お願いできますか?」
「ぇ。あ、――ハイ。任せてください、すぐに見付けてお連れしますっ」
言って相手が冊子に目を向ける。
さて、のんびりと街でも眺めて待つか。
――店の前に着くとやや遅れたのもあってか、人の列などはなく。店員と思しき人物に声を掛ける。
「すみません。まだ入れますか?」
「申し訳ございません。本日は既に満員となってしまい、当店のご利用ができない状況で。明日以降のご予約でしたら承る事はできるのですが……」
申し訳なさが滲み出る表情で小さく頭を下げ、相手が口にする。
ム。
「そうですか。――どうしましょう? 折角なんで、予約を?」
隣の女騎士に意見を伺う。
「そう、ですね。私は賛成です」
なら――と店員の方を見た矢先に、店の中から別の店員がやって来る。そして、軽く会釈したのち、自分達の方を見たまま。
「当店のご利用を希望される、お客様でしょうか?」
「はい。けど、今日は一杯みたいなんで明日また来ようかと」
「でしたら、どうぞお入りください。偶然にも今し方、二名様のご予約取り消しがあり、特別席が空きましたので」
「え、けど――」
――特別席?
「ご予約されたお客様が取り消しの際、別のお客様に権利をお譲りするようにと予約金の返却を断っておりますので是非」
「……――それなら自分達以外の、お店を利用したい人に」
「はい。しかし、お客様の貴重なご意見を打ち消すようで大変心苦しくはありますが大きく公言できる事でもありませんので、どうかお気遣いなく、当店をご利用ください」
ム。
「そういう事なら、今回はご厚意に感謝し、利用させていただきます」
女騎士が半歩ほど前へ出て、店員に告げる。
「はい。私どもといたしましても、より多くのお客様に楽しんでいただければと思っておりますので。――どうぞ、こちらへ」
と言って、店員が先導を始める。
ふム。
「ごゆっくり、お過ごしくださいませ」
着席後にそう言って深々と頭を下げ、店員が自分達のそばを離れる。
そして――。
水槽……?
――目の前にある巨大な入れ物に目がいく。
「すみません。勝手に事を運んでしまいました……」
ム。――と水槽を前に、横並びで座る相手を見る。
「謝る事なんてないです。ただちょっと驚きました」
「……驚く?」
「ジャグネスさんて、日頃あんまり主張する事とかないので。珍しいなぁと」
「そ、その様な。主張とか、そういうのではなくっ」
でワタワタとうろたえる相手が、ピタッと止まり、姿勢を正す。と――。
「ヨウと……二人で、この様な場所を、利用してみたかったのです……」
――しめやかに相手が言う。
ム……。
「そうですね。そういえば、散歩や家に居る時以外で、こうやって二人っきりになるのは、はじめてかもしれませんね。……――すみません」
「ぇ? あ。いえ、私は、その様な意味で言った訳ではっ」
「はい、分かってます。なんとなく、謝りたくなっただけです。けど、これからはもっと気をつけます」
「――……気をつける?」
やや首を傾げ、何かしらの興味を持った様子で、相手が聞いてくる。
「ええと。――ジャグネスさんは」
「ありえません」
「まだ何も言ってませんけど……」
「ぁ。――ス、スミマセン。でも、ありえません」
「……――深い、意味はないので。単純に答えてもらえますか」
「はい。何でしょう?」
「ええと、結婚――てしたら、何が変わるんでしょうね」
と、自分でも、何ともいえないコトを口にする。
「そう、ですね。何かが変わると言うよりも、変わらぬ意志の証明をしたいだけなのかもしれません」
ふム。
「ジャグネスさんは、何を証明したいんですか?」
「無論ヨウに対する想い。つまりその……、愛する気持ちです」
女騎士が自身の胸に手を当てて、相も変わらず、真っ直ぐな言葉で告げる。
「……そうですか。ジャグネスさんらしいですね」
納得して、気持ちを切り替えようと。
「ヨウは、どうなのでしょうか?」
途端に肩をぐいっと引き寄せられ。次いで、顔が近付く。
「な、なにがですか……?」
「ですから、その――私の事を……どう想って?」
「勿論好きですよ」
「そっ、そうではありません。もっと、その……ありませんか?」
真剣な眼差しで頬を染める相手が、更にグイと自分を引き寄せる。
「た、例えば……?」
「ぇっと、例えば――……この様に」
と言って、傾いた姿勢のまま、相手が頬を寄せるように顔を。
「失礼しましたっ」
――反射的に振り返る。と店員の姿が一瞬見えた。
あ。――注文を決めないと。
天井がないので完全に外部から隔離された個室ではないものの十分なプライベート空間の中、昼食を済ませ、談話をしていると突然店内に放送が流れる。
『ただいまから当店自慢のイルカショーをお届けします。ショーの間は多少の水しぶきがかかる可能性がございますので、お近くの傘などをご活用くださいますようお願いいたします』
ああ、だから傘があるのか。――と納得する。そして。
「異世界にもイルカ、いるんですね」
隣で自分と同じく壁の大きなガラス越しに水槽を観る姿勢をつくった相手に話し掛ける。
「はい。ただ実物を見るのは私、初めてです」
「なるほど。――ちなみに自分もそうです」
「そう、なのですか。それはその、楽しみですね」
ムム。――これまでに見たことのない、気持ちが浮き上がるような、ふんわりとした表情を見て戸惑う。
「と、とにかく、観ましょう」
次いで自分でもよく分からないうちに、透明な板の向こうへ慌てて目を遣った。
水中を泳ぎ回るイルカ達が互いをぶつける事なく、次々と華麗な芸を披露していく。
おお……。
それは並んで泳ぐ姿から始まり、擦れ違いや複数でグルグルと回り輪をつくりだす。
もっと飛び跳ねたりするものだと思っていたけど。こういうのもあるんだな。
『それでは続きまして、特別席にいらっしゃるお客様だけの特典、当店一番の占い師による相性占いです! 皆様、盛大な拍手でお迎えください!』
ム?
『――ただいま登場いたしましたイルカは、特別席にいらっしゃるお客様の相性をみて、それにみ合う量の水しぶきをかけに――ってえェええッ?』
え、なに。
すると急な放送の変わり具合にやや動揺する自分の隣に座っていた女騎士が消える。
え?
――が、なんとなく見上げた空中で何故か手に剣を持った相手を見つけ。その直後、飛んできた何かに腕を振るう騎士の前で何かが左右に分かれ、内一つが。
「ぬわッ」
顔面に直撃した。――つめたいっ!




