第41話〔覚悟を改めておいてください〕②
早朝の自宅前、馬車を後ろに待たせ、寝惚け眼をこする少女の見送りを受ける。
「では二日後に戻ります。私が不在の間、家の事を頼みます」
そう言う私服姿の騎士、の妹が眠そうにコクリと頷く。
「ちゃんと食事をして、歯も磨いて、入浴も。あと寝る時は部屋で」
そして続けざまに、こくりこくりと少女が頭を縦に振る。
――ふム。
「ジャグネスさん、そんなに心配しなくても……。妹さんは確りとしてますよ――」
――たぶん。
「ぁ、ハイ。そう、ですね」
けど一応は自分も一言、と。
「妹さん、寝るなら一階のソファで。階段は危ないですし体にもよくないので」
「――……わかった」
コクっと相手が返事をする。
よし――。
「――なら、そろそろ行きましょう」
次いでハイと、女騎士が微笑んで返す。
そうして城に到着した馬車を降り、乗り換える形で、次の乗り場に行くと――。
「あれ、何故二人がここに?」
――黒の衣服を身に着ける双子と出会う。
「ハイ、お二人をお待ちしておりました」
ム。
「自分達をですか? ナゼ」
「ハイ。私達は預言者様から、アリエル様の任務遂行に助力するよう仰せつかりました」
「え、そうなんですか」
気持ち驚く。すると隣にいた女騎士が一歩前へ出て。
「私の使命は、私一人でも十二分に全う出来ます。折角ですが、二人の力を借りる必要はないと預言者様にお伝えください」
「い、いえ、アリエル様にお力添えをするなど、とんでもないっ。私達が仰せつかったのは攻め討つ事ではなく、報告などの雑務です。少しでも早く、お二人が自由になれるようにと、預言者様が」
やや気圧される感じで、双子の一方が告げる。
「……――ですが」
「ジャグネスさん、――ここはお言葉に甘えて、二人に付いて来てもらいましょう」
「ぇ? ――で、ですが」
「ここで揉めても仕方ないですよ。それよりも素直に受け入れて先へ進んだほうが早く、向こうで二人っきりになれます。違いますか?」
「……ヨウと、二人っきり」
「ハイ、私達がご一緒するのは町までで、着いた後にお二人のお邪魔をする事は誓って、ありません……」
途端に騎士が背筋を正し――。
「――分かりました。しかし例え雑務でも、使命は使命。心して付いて来てください」
「ハ、ハイ……」
――顔、顔。
小刻みに揺れる馬車の中で、自分達と対面して座る双子の姉がくすくすと笑う。
「なるほど。クリアさんが無口なのは昔からなんですね」
「ハイ、そのせいでカン違いされる事も多く。度々私が代行などをして」
ふム。
「――けどそういう意味では、ジャグネスさんの妹さんも無口ですよね」
流行りなのか。と、話を振りながら思う。
「そう、ですね。子供の頃は今ほど寡黙ではなかったのですが。けれども最近は口数、取り分けよく行動を起こすようになった気がします」
「なるほど。なにか、積極性を増すような事があったのかもしれませんね」
「ぇ。ぁ、ハイ……」
何故か、なんともいえない眼で相手が自分を見る。
ム……?
「――たしかお二人は、今回の旅が婚前旅行だと預言者様にお聞きしましたが。挙式のご予定などはもうお考えになったりして?」
ム――。
「――ええと、否定まではしないんですけど。前もって計画していた訳ではないので、婚前旅行かどうかは微妙なところで……。――挙式に付いては、こちらの作法が分からないので触れてませんでした」
けど、そろそろ言及はしていかないと。
「ぁ――そうでした。あなたは、異世界から……」
「はい。来た当初は、お世話になりました」
「い、いえ、私達は預言者様の命でっ」
やや慌てる感じで相手が言う。
「あ、スミマセン。怒ってるとかではないですよ。深い意味はなく、言っただけです」
「ぁハイ……」
そして徐に、馬車が止まる。
具体的な内容を聞かされていないので詳細は分からないが、受け持った依頼に関係するとの事で止まった馬車から降り。近くを流れる川辺で、道から外れた林の方へ向かった二人の帰りを無口な妹と共に、静かな時を過ごして待つ。
「清々しいですね」
地面に腰を下ろし川を眺めている自分の隣で、無言というかは無音で立っている相手に語り掛ける感覚で口にする。
「風景を見て、それほど癒しを感じるほうではないんですけど。さすがに和みますね」
で、ちらりと隣を見る。
うーん。――気まずくはないが、接し方が分からない。
「……――お姉さんとは普段、どんな話をするんですか……?」
そして、返答はなし。
ヘタに関わろうとするのはかえってよくないか。大人しく川でも見ていよう。
と流れに目を向ける。
「コンにちワ」
え。
「――……こんにちは?」
唐突かつ発音に違和感がある挨拶をした相手の方を見、意味を尋ねる積もりで言う。
しかし、返事はない。其処に――。
「お待たせしました」
――特に変わった様子はない私服の女騎士と――。
「お待たせいたしました。時間が勿体ないです、直ぐ出発を。馬車にお乗りください」
――ところどころ切れた様に破けた着衣の袖口で顔に付いた血を拭いつつ話す、双子の姉が戻ってくる。
「どうしたんですか……? ソレ」
「事情はのちほど馬車の中で」
と、落ち着いた口振りで話す相手に、やや動揺しつつ、ハイと返す。
動き始めた馬車の中で衣類に付いた汚れを拭き取る双子の姉から大まかな事の次第を聞き、納得して、口を開く。
「なるほど。それで……」
「ハイ。血は、すべて返り血です」
ふム。――と布の切れ目から肌を覗かせる相手の着衣を見る。
「――……ぁ、あの……」
次いで、そばに置いていた大きめの鞄に手を伸ばし、上着を取り出す。
「よかったら使ってください」
「え? で、でもっ」
「替えの服は持ってますか?」
「それは……」
「町に着いたら人目も増えます。ので気にせず、使ってください」
「……――ハィ、面目ありません……」
言って相手が差し出していた上着を丁重に受け取る。
――面目なんて言う人、久しぶりに見た。
「なるほど。二人は普段、預言者様の世話役をしているんですね」
「世話だなんて、そんなっ。むしろ御世話になっているのは私達のほうですっ」
「そうなんですか?」
「ハイ。預言者様には、既に亡くなられましたお婆様の代から御世話になりっぱなしで」
「え。けど、二人は……」
どう見ても若い。
「私達は二十年前の――」
――と言ったところで馬の鳴き声と共に馬車が止まる。
「着きましたよーっ」
お。――イイ声だ。
城の様に立派な門の前で止まった馬車を降り。門兵に話をしに行った女騎士を待つ傍ら、町を囲む端の見えない城壁に目を向ける。
完全に城郭都市だな。しかも以前行ったエーヴィゲの町より遥かに大きい。
「あの」
ム。と、振り返る。
「私達は依頼の報告などがありますので、ここから別行動を」
「あ、はい。お手数をお掛けして、すみません」
軽く頭を下げて礼を言う。
「……――ぁ。――……お気遣いありがとうございます。お借りした服は、必ずお返ししますので」
「はい。ただ返すのは、いつでも構いません」
「ハイ。ではいずれ」
そして深々と頭を下げ、相手が去っていく。と其処に、女騎士が戻ってきて。
「手荷物以外を宿泊先に送る手続きをしたいので、ヨウも一緒に来てもらえますか?」
「はい、分かりました。――あ、ジャグネスさん」
ハイと返事をして、相手が振り返る。
「服、どこか破けたりしてませんか?」
「えっ、……何故でしょう?」
「なんとなく、不安になったので聞いてみました」
「ご、ご安心ください。音がして、破ける前に止めましたっ」
というか、その場合は破ける前に弾けそう。




