第12話〔じゃ いっかい向こうへ戻るわよ〕⑤
ゴトゴトと揺れて道を行く馬車の中で、来た道の向こうに巨大な影として見える城の明かりを眺めていると。
「直に着きますので……」
何故か申し訳なさそうに女騎士が言う。
「俺は大丈夫ですよ。むしろ楽しんでます。なにせ、人生初の馬車なので」
「初めてなのですか?」
「はい。向こうでの暮らしに馬車はなかったので」
「……不便ですね」
「そうでもないですよ。電車がありますし」
「デン、シャ?」
御社みたいに聞こえる。
「向こうの世界では一般的な乗り物です」
「どんな乗り物なのですか?」
「ええと。――こんな形の物が、連なって走る、乗り物です」
ジェスチャーも交え、説明をする。
「人が乗るという事で相応に大きいのですよね?」
「そうですね。この馬車よりもずっと大きいです」
「人の行き交う道に、それほど大きな乗り物が通って、邪魔にはならないのですか?」
「別に、専用の道がありますから」
「なるほどです」
納得はしたものの、想像が難しいのか、考えを巡らせる様に相手がうんうんと言う。
今の内に、こっちはこっちで話をまとめておくか。
――現状、馬車が向かっているのは目の前に居る相手の自宅で。理由は、客人として今晩お世話になる為。そして明日、改めて城に行く予定となっている。
結果として、少女の言いたかった事も明日に持ち越しとなった。
ただ念のため確認はしておこう。
「ジャグネスさん、いま大丈夫ですか?」
「え? あっハイ。――何でしょう?」
「預言者様の伝言て。こっちに滞在してる間はジャグネスさんの家でお世話になるって話で、全部ですか?」
「……そう、です。それだけ、です……」
「正直なところ迷惑ですよね?」
「え、何故でしょう?」
「だって会ったばかりの他人を世話するなんて、迷惑でしかないですよ」
「貴方は私の客人として、こちらに滞在しているのです。もてなすのは招いた側の責務です」
「……――怒られたりしてませんか?」
「ど、どうして、そう思うのですか……」
「本当は俺、こっちの世界に来たら駄目なんですよね? 半ば強引でしたけど、問題があるのなら直ぐに言ってください。いつでも向こうへ帰る準備はできてますんで」
というか仕事があるから明日にでも帰りたい。
「そのコトなのですが。こちらへ来てしまった事は、貴方が救世主様を説得した功績で帳消しにしていただけました……」
「それはよかった。少しは役に立てたんですね」
しかし、まだ何かありそうだ。
「他に、何か?」
「身の安全も、私の客人として保証されました。――ですが」
「ですが?」
「こちらで滞在するにあたって、一つ条件がつきました……」
「どんな条件ですか? できる範囲で、協力しますよ。というか、無理なら帰ります」
「いえそれは私が困ります」
ム。
「どうして、ジャグネスさんが困るんですか?」
「き騎士としての約束が、果たせなくなるから、ですっ」
「けどそれは可能性の話で」
「貴方が――」
「俺が?」
「――私と、同じ夢を想い、描いていたからです」
思わぬ単語に、出そうとして言葉が詰まる。
「貴方の居た異世界は、御伽話に近いものとして、こちらの世界では一般に語られています。しかし私は生まれた家柄もあり、作り話でない事は最初から知っていました。ですから、いま居る世界と違う世界が在るのなら、この目で実際に見てみたい、と。――同じ、夢です」
「いや、なんとなく、その場で思ったことを口にしただけで……」
「構いません。同じ気持ちに達した事は、それだけで分かち合える、通じ合える、という事だと思います。私はそれを、騎士としてではなく、人として、大事にしたいのです」
吸い込まれそうになるほど真っ直ぐな瞳をして、相手が言う。
「――けど。ジャグネスさんの夢は、どうするんですか?」
「私の夢?」
「異世界へ行きたいのはジャグネスさんだって同じです」
「私はもう異世界へ行きましたので」
「あれで満足したんですか?」
「これ以上は、どうする事もできませんから」
そう言って、せつなそうに女騎士が微笑む。
「なら一緒に来てくれませんか」
「何処にでしょう?」
「俺が居た世界に、です」
「嬉しいお誘いではありますが……。私の一存では決めかねます」
「それなら、お願いしましょう」
「お願いですか?」
「本音を言うと、明日には、向こうへ戻りたいんです」
「何故でしょう……?」
「予定外で、こっちへ来たので。向こうでしてる仕事とか、が……」
「なるほどです」
「ジャグネスさんも、騎士のお仕事って、あるんですよね?」
「私は現在休暇中です。ただ、名目あっての休暇ですから。使命を全うした以上は明日にでも取り下げねばなりません。それでも一週間くらいは、休む事になるかと」
「なら、お願いをしてもいいですか?」
「はい何でしょう」
「今後の為に一度向こうへ戻りたいので、ジャグネスさんも一緒に来てくれませんか?」
「そ、それは、私に言われても……」
「誰に言えば?」
「そう、ですね。やはり預言者様かと」
「なら明日一緒にお城へ行ってもらえますか? まだ勝手も分からないし、不安なんで」
「分かりました。それなら、問題もありません」
「助かります」
「い、いえ。そのくらいの事は」
「――ところで」
「はい。何でしょう?」
「ずっと聞きたかったんですが」
突然の切り替えに、神妙な面持ちで、相手がハイと頷く。
「どうして、鈴木さんの手を放さなかったんですか?」
「――へ?」
「転移した時、ジャグネスさんが手を放していれば一旦は元の世界へ戻って、やり直しができたのではと」
やや遅れて、女騎士がハッとなる。
やっぱり気づいてなかったのか。
「きゅきゅ救世主様の手を放すなどっ。そそ、そ、それに、あの時は咄嗟の事でっ」
「まぁ悪いのは鈴木さんですからね」
「キュキュ救世主様は何も悪くっ」
どう考えても悪い。あと、鈴木さんをキュキュと磨くのはヤメてほしい。
そして途端に馬車が、前へ小さく傾いて、止まる。
「着きましたよーっ」
御者さん、いい声だな。