第40話〔覚悟を改めておいてください〕①
コボルトの集落で起きた一件から一ヶ月ほどが経ち、最終的な連絡を昼食後に預言者の部屋で、一人、白のローブを羽織る相手に聞かされる。
「そうですか。それなら集落の復興は、どのみち難しそうですね」
「念のため申し添えておきますと、私の都合にそぐった膨張ではありませんので」
そして、いつもの場所で腰を下ろし話す相手が、カップに口を付ける。
「はい。全く疑ってません」
「……――その真意はどこから生じたものなのでしょうか?」
「どこからと言うか、次からは隠さず相談すると約束してくれたので、そこからです」
「おや? 私、いつぞや、そのような事を言いましたか?」
わざとらしく惚けた口調で返る言葉に――。
「まぁ個人的な約束なんで守らなくてもいいですよ。そのかわり、以後はそれ相応です」
――特に深い意味はないが、妥当と思う事で返す。
「なんという言葉責め。図らずも熱を帯びてしまいます……」
頬に手を添え、今にもポっと言いそうな顔で、預言者がくたっとなる。
預言者様って実はMなのかな。
「大事をとり申し添えておきますと、私はいたって普通です」
一瞬ドキリとするも冷静を装い、そうですか。と、対応する。
「まぁその、なんでもかんでも言う必要はそもそもありません。ただ気軽に相談してもらえればと思い、言っただけです。実際コボルトの件は半分、自分が勝手に決めましたし」
「結果として村は随分と助かっている様子ですねェ。しかしナゼそのような肩入れを?」
「勿論、助けたつもりはないです。自分の欲しい物を手にする為に勝手な判断でした事です、から預言者様の目的を邪魔する結果になったと、むしろ申し訳なく思います」
「いいえ。私専用の茶葉を栽培する上では申し分のない数です。事実ホリーの選んだ土壌に作った畑も、順調に事が進んでおります。したがいまして洋治さまに謝罪していただく事などは何一つありませんよ」
と、微笑んで相手が言い切る。
「……――そう言ってもらえるのは助かります。けど、預言者様は一体どこまで予想していたんですか? ホリーさんの流れからして、かなり早い段階で大凡の見当はついていたんですよね?」
「いいえ全くこれっぽっちも見当などついておりません。すべて偶然の賜物です」
思わず、でもと返す。
「――私としましては、エリアルが洋治さまのために奮闘した結果そうなるのではと期待したまでで、先を見越した計画ではございません」
次いで、信じてはもらえませんか。と、付け加える。
「勿論、信じます。なら、今回の件、自分は一件落着です。――なので、そろそろ教えてもらえませんか?」
「はて何について、でしょう?」
「今のこの状況です。何故、俺だけ部屋に呼んだんですか?」
「ああ。それにつきましては、そろそろ来る頃合いかと」
ん、来る? 頃合い?
すると見計らったように部屋の扉がノックされ、許可を得て、女騎士が入ってくる。
ム?
「という訳で、婚前旅行の日取りが決定いたしました」
いつも通り唐突な口開きで、自分の横に女騎士が来たのを見届けた預言者が手を打ち合わせて言う。
「「婚前旅行……?」」
意図せず言葉が被る。
「おや憎らしい。具体的に申しますと、以前お約束したアリエルの長期休暇を明日より、お取りいたしました」
「え。明日からですか? 急ですね……」
「仰るとおりです。本来は事前に連絡するのが常識でしょう。しかし、思わぬ依頼が舞い込み、急遽日程の調整をいたした次第です」
「依頼……? ――休暇って、ちゃんとした休みですよね?」
「大半はそうです。がどうしても、やっていただきたい頼み事が一件ございます」
ふム。
「それはジャグネスさんでないと駄目なんですか? せめて、休みの時くらいは……」
「ごもっともです。――さすれば率直に事情をご説明いたします。此度の依頼は、とある高級宿泊施設の経営者から送られてきた要望で、達成のあかつきには自己負担なしでの宿泊を二泊、確約しております」
ム。
「施設が在る町は此処いらでは最も観光、旅行に適した行楽地です。どうでしょう? 確かに急なお話で申し訳なく存じますが、決して悪い話ではないと、私は思うのですが」
「……そうですね。――ええと。すみません」
「おや、ナゼ謝るのでしょうか?」
「なんと言うか。預言者様に失礼なことを言った気がするので……」
「ふふ、そのようなことは――。――ええ、大変失礼な物言いです。お詫びに休暇中、アリエル同伴で構いません。届いたコボルトティーを試飲しに来てもらいましょう」
と、取り澄ます感じで相手が告げる。
「あ、はい。――もしかして、いま飲んでるのって?」
「いえ、こちらは普段と同じ物です。折角ですので、あちらは洋治さまとご一緒するまでは封を切らずに置いてあります」
「え、そうなんですか……? 気にせず飲んでくれても」
「いずれにしろ、洋治さまは取り決めをそう簡単に破る御方ではありませんので、近々飲めますよ。――ときにアリエル、分かっているとは思いますが、依頼そのものは非常に危険を伴う内容です。確りとこちらを読み、気を引き締めて事に当たるのですよ」
「――はい。ご心配には及びません。如何なる時も、騎士としての務めを見失う事など、ありえません」
差し出された依頼書を受け取りに行った女騎士が、風格のある後ろ姿で、言う。
「ならばよいのですが」
そして書類を渡した相手を暫し見定める様に眺め――。
「では貴方は自身の持ち場へ戻りなさい。但し途中で姿見をのぞく事をおすすめします」
――半ば呆れ気味に、預言者が言葉を添える。
「はい……? ――それでは、私はこれで」
次いで、振り向いた騎士を見、納得する。
――満面だな。
「私からのお話は以上です。今夜は些か慌ただしい夜になるとは思いますが、明日からの休暇を是非、気兼ねなく、お楽しみください」
女騎士が居なくなった後、細かな段取りを話し終えた預言者が表情をやわらげて言う。
「はい。本当に、ありがとうございます。――ええと。お土産とか、欲しい物があれば、いつでも連絡してください」
「いいえ。私は洋治さまとの交換条件を満たしたまでです。依頼も偶然。礼は不要です」
「けど約束を守るかどうか、絶対でない以上、感謝はしたいです」
言うと、先ほど騎士を見定めていた眼が自分を見る。
「……どうかしましたか?」
「――……いえ。お気になさらず」
ム?
「それはそうと、明日からの勤務に関わる変更をホリー達にお伝え願えますか?」
「あ、そうですね」
ちゃんとやっておかないと、二人が困る。
「そしたら今日は、まだやるべき事もあるんで、そろそろ行きます」
「ええ、午後もお気を付けて励んでください」
***
扉が閉まり。自分一人となった部屋の中でフェッタはカップの底に残る僅かな量を飲み干して食器を元の場所に置く。すると、静かに手を胸に当て、奥にある不純物を握り締めるように指を閉じ、目も瞑る。
そして、自身にとって最も必要のない感情と向き合い。
――次いで、胸に当てた手の上にもう一方の手を重ね、強く抑え込む。
*
二人が待つ部屋に戻り――。
「そういう訳なのでホリーさん、自分が居ない間、宜しくお願いします」
――明日以降の予定を事情も踏まえて話し、最後に頭を軽く下げ、終える。
「えぇそんなぁ、ワタシにヨウジどのの代わりなんて、できませんよぉ」
顔は上げたまま、座っている机の上に体を突っ伏して相手が言う。
「無理に真似る必要はありません。ホリーさんなりのやり方で、いいんですよ」
「それならせめて、見守っていてくださいよぉ」
空の上から的なノリで言わないでほしいのだが。
「それだと、お願いしてる意味がないんですけど……」
「そこをなんとかっ」
「……――すみません。今回ばかりは、お土産、買ってきますんで」
「ガガーン」
言って顔を倒す短髪の騎士。の横に来た魔導少女が、憐れむ様に手を相手の肩に置く。
「……――妹さんも、お留守番ですよ……?」
次いであからさまに少女が衝撃を表情で表す。
さっきまでの話を聞いてなかったのか。
「やっほー、元気ー?」
でノリの軽い挨拶をしながら扉を開けて、黒髪の少女が部屋に入ってくる。
あ、丁度いい。
そして話が終わった後、小さな輪をつくる三人の声が仕事の準備に取り掛かった自分の耳に届く。
「かばんに入るとか、どう?」
「え、バレませんか……?」
「ダメ騎士はムリでも、わたしとアンタなら、イケるわよ」
「――イケる」
そういえば、そんな芸人いたな。どこに行ったんだろう。




