第39話〔なんだこの古典的なって速っ!〕⑥
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ボサボサの髪を全て逆立たせ、歩く小さな体から放出される魔力が辺り一帯を覆う。その力は大気と混ざり、地表に降り注ぐ気体となって物体を打ち、具体的な行動を阻害する。
――ただ一人を除き。
そして唯一影響を受けない魔導師は今にも地面に沈み込もうとしている伏した獣の前で立ち止まる。と次いで手を、対象の外套に、平を向けて伸ばし。
――次の瞬間には一発、間髪をいれず二発目を撃ち付けて息をしているか確認したのち三発目を右の脚、四発目を左に当てて両方の芯を砕く。
そうして声になっていない呻き声を出す対象に、殊更加減した弾塊を撃ち続け――。
――意識が消したのを感じ取り、杖を出して掲げ、発散していた魔力を上で集結させる。
結果、巻き起こる風で鞄から落ちた、クマの縫い包みが激昂する少女の視界に入った。
*
急に自由になり、息苦しかった状態を整えるように呼吸をして。起き上がり、前を見る。
え……。
何より先に見ようとしたのは少女だった。しかし、それより先に見えたのは浮き上がっていく大きな岩。次いで、杖の先端を岩に向けている姿と、いろいろオカシナ状況になっていた。
――……どうするんだろう。
ヨイショと立ち上がって、様子を見守る。――すると、最初に受けた印象のわりにはゆるやかな動きをしていた岩石が突如グンと加速し、山の方へ、ぶっ飛ぶ。しばらくして、足もとが強めに揺れた。
っと――。体勢を立て直し、魔導少女の方を見遣る。と腰を落とし屈んだ後、コテっと横に倒れる。
ム。
思わず直ぐ足早に駆け出す。
「――大丈夫ですか?」
見ようによっては寒さで丸まっている様に倒れていた少女の上体を、片膝をついて、起こし尋ねる。
「……大丈夫」
と一見して怪我を負った様子は見られないものの疲れた感じで、何故か両手でぬいぐるみを小さく抱いている、相手が答える。
ふム。
そして周りに目を向ける。――倒れる直前まであったはずの杖が見当たらない。ので、しまったものと判断し、他へ。そうやって、村娘や身なりの良いコボルトなどの無事を確認した最終、違和感に気づく。
ん? なんか、地面に穴みたいなものが。
しかし角度的な理由で正確には見えない。
ふム。――気になり、穴へ意識を傾けようとした矢先に足もと、もとい地面が小さく振動し始める。そして瞬く間に揺れが増す。
「……逃げたほうがいいと思います」
ふと傍に来た娘が山の方を見ながら告げる。と釣られて、目を遣る先から――。
え……、あ。
――多数の岩が、転がってきていた。
マズい。
「妹さんスミマセン」
言って、横抱きに少女を持ち上げる。
どうしたものか……。
まだ死者は確認されていないものの、主に岩と土砂で破壊された集落のありさまを入り口付近から呆然と眺めて思う。
――よし。
「ちょっと通信してきます」
と、てんやわんやのコボルト達を一緒に見ていた隣の少女に言い置く。
状況を説明し終え、一先ずの間を空けて。
「それで、その……――どうすれば、いいですか?」
『おや。これまでにない、率直な洋治さまですねェ』
いや、むしろ普段ややこしいのはそっちなのだが。
『しからば私に良案がございます』
ム。
「――どんな案ですか?」
『すぐにでもお答えしたいところですが、詳細はのちほど。先に本日の時間的猶予を考慮し、急ぎ、取り次いでいただきたい事情がございます』
「分かりました。――誰に何を伝えれば、いいですか?」
通信を終えて戻ると、ばったり村娘と会う。
「あ、ちょうどよかった。――もしかして、村に帰るところでしたか?」
なんとなく雰囲気を察し、聞いてみる。
「はい、そうです。――……私にナニか、用事でも?」
「ハイ実は――」
不意に態度がこわばる相手に。
「――二、三日で構わないので、コボルトさん達を村で預かってもらえませんか?」
次いで、え? と村娘が聞き返してくる。
「ええと。集落が大変な事になってしまったので代わりの場所を探そうと思うのですが、どのみち今日は無理なんで……――迷惑とは、思うんですけど……」
すると表情を戻して相手が口を開く。
「村には空き家も多いので問題ないと思います。帰ったら、村長に伝えておきますのでアトは勝手にしてください。――では私はこれで」
そして歩き出そうとする娘を、制止して。
「もう一つ、聞いてもいいですか?」
「……――はい」
今回は態度を変える事無く、相手が聞く姿勢をつくる。
「マントをつけてたコボルトさんと、お仲間さん達を、どこかで見ませんでしたか? 岩に巻き込まれていないか、心配で」
続いて睨む様な眼差しを受け。
「――そんなの、私に聞かれても困ります」
言って相手が歩を進め、横を通る。がピタリと足を止め、前を向いたまま。
「……逃げる時に他のコボルトさんに担がれているのを見ました。それしか知りません」
「そうですか。――あ、マイラさん」
と今度は動き出す前に声を掛け。
「いろいろとお世話になりましたので、後日なにかしらのお礼をすると思います。もし気に入ってもらえたのなら、遠慮せずに受け取ってくださいね」
「……――期待しないで待ってます」
そう相手が自分の方を見て言い。――顔を戻し、去って行く。のを見送る。
村娘と別れた後、魔導少女と合流し、取り次ぐ上で主要となる獣に内容を話す。
「という訳なので明日迎えに来ます。ので、どなたか一緒に来てもらえる代表の方をお願いします」
「ワカタ。マカセロ! コボルトイク、マカセロ!」
ぴょんぴょんと跳ねて回り、身なりの良いコボルトが楽しそうにする。
「それと、村の件なんですけど」
「ワカテル。マカセロ! コボルト、ツクルスキ。マカセロ!」
ふム。
「――なら、あとのコトは任せますね。もし寝る場所に困るようなら村に行ってください。話は通っているはずなので」
「ワカタ。ヨウト、イイヨウト! タスカル!」
ワルイヨウトが気になるところだ。が――。
「では今日はこのへんで、自分達は帰ります」
――時間的にそろそろと、ボサボサした隣の少女を見。
「そしたら、行きましょうか」
こくっと返る頷き。次いで、肘を引っ張られ。
「疲れたから負んぶして」
ム。
――そうして日暮れにはまだ早い内に道のない草原を、一人背負って、歩く。
村に戻ったら村長さんの家に寄って。――帰った頃には夜かな。
などと先の事を考えていると肩口に少女の顔がくる。
「痛い……?」
一瞬何か分からなかったが、直ぐに理解して。
「大丈夫です。心配するほどの怪我ではないですよ」
むしろ帰ってからが大変そうだ。
「……――ごめんね」
首回りの小さな手がギュっと締まる。
「気にしないでください。妹さんは、何も悪くないですよ」
言って。なかなかこない返事を待っていると、規則正しい呼吸音が背後でし出す。
ふム。――しかしこの道で合ってるのかな。と思いつつ、独り、草原を歩く。
――数日後、城の敷地内にある館みたいな家の庭前で。
「どうやらお気に召した様子ですねェ」
はしゃぎ回るコボルト達を横で眺めていた預言者が、ほんわかした感じで言う。
「ただ助けてもらったのに勝手な都合で数を減らしてしまい、すみません」
「そのような事はよいのです。――ときに、洋治さま宛ての手紙を預かっております」
そう言って、相手がローブの内側から出した封筒を自分に差し出す。
手紙……――。
「――誰からですか?」
「此度の一件で出向いた村に住まう者からと思われます」
なるほど。
「よかったら、代わりに読んでもらえませんか? 自分だと読むのに時間が掛かるので」
「ええ、構いませんよ。しからば代読させていただきます」
次いで便箋を取り出し、開いた紙を見て、預言者が音読し始める。
その内容は――この度の依頼についての礼と、村に残ったコボルト達との酒造りや畑仕事に関するものが殆どで、最後はお礼にと渡した物の短い感想。に加えて――。
「――追伸、もし私に興味があるなら村にまた遊びに来てください」
で代読が終わり、紙を持っていた預言者の手が下がる。
……興味? どういう意味だろう。と、解釈に戸惑う自分の代わりに手紙を読んだ相手がこっちを向く。
「おやおや、少し目を離すと、このような事になるのですねェ。今後は安全を期して護衛の数を増やすといたしましょう」
一体ナニから護られているのだろうか。
「そもそも私を差し置いて贈り物とはどういう了見です? てやんでえですよ」
何故に江戸っ子。
「……――贈り物というか、ただの発注書ですよ。まぁ予約みたいなものです。届いたら皆で飲みましょう」
それで気に入ってもらえれば、よりお礼として形になる。
「さすれば、夜が深まったのち私の部屋に」
「できれば公に飲みたいです」
「いいえ、逃がしません」
いや、逃げるとかではないのだが。
「それとも洋治さまは、私から受けた恩を仇で返すと言うのでしょうか?」
ム――。
「――それとはまた別の……」
と言い掛けたところで、長い髪の少女が自身を連れ去った獣と共に戻ってくる。
そして――。
「あれ、家の案内はもう終わったんですか?」
――ここぞとばかりに話し掛ける。
「いい加減キリがないから、キリあげてきたわ」
肩をすくめながら両手の平を上に向け、欧米風に相手が返す。
「きっと、それだけ喜んでくれてるってことですよ。ありがとうございます」
「いいのよ。住む予定がなくなって、どう処分するか困ってたし。ちょうどイイわ」
そう言う少女の周りを身なりの良い獣が跳ね回る。
「ワタシ、イエ、モト! オシエル、モト!」
「だからわたしは、ワタシじゃないって、言ってんでしょッ」
やや哲学的な返しだな。
「だいたいアンタたち、似たり寄ったりなのに、なんで名前ないのよっ」
確かにそうだ。
「コボルト、ナマエ? ――ワタシ、カンガエルカ……?」
動くのを止め、少女の顔を覗き込むようにコボルトが聞く。
「ん。そ、ね。――じゃ、ポチ。とか、――どう?」
何故こっちに振る。
「……まぁ相手がいいのなら、それで――」
「洋治さまイケません」
――も。に、預言者の言葉が被る。すると、自分の前に来た獣カッコ仮が。
「ヨウト、コボルトナマエ、ポチカ? ポチカ!」
なんかテンションが……変?
「コボルトは、異性で名を付け合う事で婚姻したとみなします。お気を付けを」
え。――というか……メス?
「ヨウト、ポチ、ナカマイウ。コチクル」
手を持たれ、腕がグイと引っ張られる。
まてまてまて。
「よ、預言者様っ、誤解の場合はなんてっ」
半端な抵抗で若干引き摺られつつ、助けを求めるつもりで相手を見て言う。
「お助けしたら、今夜は私の部屋にお泊まりですよ?」
明らかに悪意を感じる表情で、手を打ち合わせ、預言者が告げる。
なっ。――あぁもう仕方ないっ。
「スミマセン! ちょっと畑のほうを見てきます!」
言うと同時にできるだけ加減して手を引き離し、短髪の騎士が居る畑の方へ向かって一目散に走る。
「ポチイク、ヨウトマツ!」
イヤイヤ来ないでッ! というか、なんだこの古典的なって速っ!
――で立ち止まり。追い抜いた後も走り続けるポチの後ろ姿を暫し見送って、違う方向へと逃げる事にした。




