第38話〔なんだこの古典的なって速っ!〕⑤
岩と地面の間に棒を突き入れ、力や体重をかけて作用を引き出そうとする獣達が次々とへたり込み息を切らす。
うーん。――やりたい事は分かるが、支点というか、そもそもただの木の棒だしなぁ。
「オマエラ、ウゴケ!」
作業中は掛け声ばかりで殆ど手伝っていなかった古傷のある獣が、疲れて座り込む仲間の間を行ったり来たりして奮起を促す。のを暫し眺めていたが――。
「そのくらいにして、やめたほうが。ムリしてケガをする前に」
――見兼ねて近くに行き、忠告する。
「ニンゲン、ミテロ! ムコウイケ!」
威嚇する様に棒を突き出し、目の前の獣が低い声を荒らげて言う。
「けど、そのやり方で岩は動きませんよ」
「ニンゲンバカ、シラナイ。イワ、ウゴク、ウゴイタ」
「その時はもっと岩が傾いてませんでしたか? 雨も、降ってましたよね?」
「……――ソウダ。ニンゲン、ナゼシテル?」
「知ってたと言うか、今、知ったところです」
そう言うと、棒を下げた獣が釈然としない感じで目を数度瞬く。
「大丈夫です。絶対に他言したりしません。ので、集落に入った事を許してもらえませんか? その上で今回は、任せてください」
と後方の村娘に聞こえないよう配慮して密かに伝える。
「……――ナゼ、ワカタ……?」
「皆さんが頑張っている姿を見ていたら、なんとなく。それに、大切な想い出が岩にくっ付いていたので。――ただ、結果そうなったとは思いますが、次からは同じ事が起こらないように気をつけて遊んでくださいね」
――偶然でなければ、わざわざ自分達でどうこうしようとは思わないはずだ。
「という訳なので今日は一旦戻って、後日また来ます。皆さんも切り上げてくださいね」
残すつもりで言い。村娘の所へ行く。
「お待たせしました。ところで、マイラさん時間は大丈夫ですか?」
「そろそろ帰ります。けれど私の分も用意されてたので飲んだあとに」
「分かりました。では行きま――」
――突如としてヘタっていたはずのコボルト達が自分と村娘の周囲を囲み、ジリジリとつくった輪を仲間や持っている棒で固める。
ム……?
「ニンゲン、マテ。カエル、イラナイ」
輪の後ろに居る仲間の上に乗って不安定ながらも立つ古傷のある獣が、自分達に堂々たる立ち姿を見せて言う。
「これは一体……?」
「ニンゲン、タスケルイラナイ」
「……――言いたい事は分かりました。で、これは?」
「イワ、ウゴカナイ。ダカラ、ニンゲンワルイ」
ム。
「それだと答えになってませんよ。どうして囲まれているのか、教えてください」
「ワルイニンゲンタオス。イワウゴク、イラナイ」
な……。
「……全く以て、つながりないですよ?」
「ニンゲンイウ、ワカラナイ。ニンゲン、ツカマエロ!」
――次いで背後から近付くコボルトを視界の端で捉え、咄嗟に手を村娘の腕に伸ばして捕まる直前に身体を引き寄せる。と、急な事で、驚きの声を発した相手に一言謝り。ぐらつくコボルトに再び目を遣る。
「マイラさんは全く関係のない村の人です。手を出すのはヤメてください」
「シラナイ! ニンゲンワルイ、ゼンブワルイ!」
何故に。――と思ってるそばから輪が自分達に向かって、ゆっくりと進行してくる。
ムム……ん?
いつの間にか、輪の向こうに立っていた丈の短い赤色の外套を羽織った少女が――。
「ニンゲワ!」
――ぐらぐら声を上げていた獣の顔面に手の平から放った塊を当て、離れた地面にふっ飛ばす。
お、おお……。――……大丈夫?
地表を滑るように二度三度と転がり伏して動かなくなった獣を見て、思う。
「ジャマ」
声に反応して向く。すると、仲間が飛ばされた事で臆した様子のコボルト達に道を開けさせていた魔導少女が自分の前に来る。
「大丈夫?」
「……自分は、大丈夫です」
「そっか。なら冷めるから行こ」
初見だと判別できない微妙な変化で口元を緩ませる相手が、自分の腕を取って、言う。
「あ、はい。そうですね。――行きましょう、マイラさん」
ム?
そして、何故か顔を薄らと赤らめ背けていた相手が口を開く。
「手を放してくれませんか……」
あ。と、気づき。パッと離す。
「……ヨウト、ゲンキカ?」
輪を脱した先で待っていた身なりの良いコボルトが、懸念する感じの声で、聞いてくる。
「はい。二人とも怪我とかはしてませんよ」
「ソウカ! ――ヨウト、オコテルカ?」
「怒ってませんよ。誤解は誰にでもありますから。――それより、他の方達は?」
「ナカマ、イエ、マテル」
「そうですか。なら急いで行きま――」
――途端にざわめく獣達。が気になり体ごと振り返る。と其処に、砂まみれで鼻から血を出す古傷の獣が仲間を直ぐ後ろにして立っていた。
「ニンゲンマテ。ニゲル、ユルサナイ」
よかった、生きてた。ちゃんと手加減してくれてたんだ。
そうでなければ顔が無くなっていてもオカシクはない。と、内心思う。
「逃げる気はないです。けど、今は下手に話し合うより、時間を空けたほうがいいと思いますよ?」
「イイ、ナイ! ニンゲンニゲル、ユルサナイ!」
言って獣が一歩前へ出る。と次の瞬間、その足の前に着弾した塊が地面を穿つ。
ム――。
「ヨウに近付いたら、殺す」
――片手を前に出した少女が、獣達を後ろへジリっと下がらせるほど冷淡な声で、言う。
ええと……。
「……殺すは、駄目です。できるだけ、穏便に……――」
――次いで魔導少女が自分に顔を向ける。すると無言で顔を戻し。
「ヨウに近付いたら、死なない程度に、殺す」
かえって痛めつけてますけど。
しかし――。
「ウゴケ! オマエラ、ニンゲンニガス、ユルサナイ!」
――先頭に立つ獣が臆す自身と仲間を奮い立たせる様子で声を上げる。それによって、奮起した獣達が手に持った木の棒を構え直す。と自分達の方に、にじり寄ってくる。が明らかに迎え撃つ雰囲気で、魔導少女も動き出す。
ム。――仕方ない。
「妹さん、大怪我だけはしないように――加減を」
と言うと、前を見たまま腰のベルトに付いた収納具から出すグローブをはめる少女の頷きが返る。
――襲ってくる獣達を、アクション映画さながらの動きで、次々と撃ち倒す少女が風を起こして跳び上がったのち、上から残っていた数体目掛け両手で塊を空中で姿勢を変えつつ連射し、全弾命中させて――着地する。
これはまた――姉とは違う意味で――凄い。
そう、戦いの跡で一人立っている導師を見、思った。
「お疲れさまです。怪我とかしてませんか?」
倒れているコボルトを踏まないように注意を払って近づき、声を掛ける。すると振り向いた相手が、自分を通り過ぎ、後方へ眼を遣った。ので釣られて向く――と、二体の獣が村娘と身なりの良い同種に折れた棒の尖端を向けていて。
「ニンゲンウゴク、ナカマキケン!」
加えて、二体よりも此方に近い所で、手に石を持ちマントを纏う一体の獣が告げる。
ム……。
「コドモ、カエレ! カエルナイ、ナカマキケン!」
言って投げられた石が近くに落ち、転がった。
そして、手の平を対象へ向けて上がった腕に手を乗せ、少女の動向を押さえる。
「下手に手を出すと危険です」
直ぐにこっちを見た相手を見返し、言う。
「死んでも、大丈夫」
「けど、よくはありません」
と言った自分に、相手が小さく頭を振る。
「ヨウは大丈夫じゃない」
「俺は――」
――直後、結構な痛みを伴う衝撃で打ち付けられるように顔が横へ動く。と続け様にズキと鈍痛が定着し、思わずその感覚に触れる。
っ、……――ム。
倒れはしなかったものの、ふらつき。その後、痛みを触った指に赤い、血が付いていた。
次いで、なんとなく見当した所に石。転じて、投てき後の姿態で固まっていた獣を見る。
――なるほどイタイ。
などと一人で納得した瞬間、自分をも取り巻く異状に気づく。
ん? なんだろう。急に体が重たく。いや、空気が重たい……?
それは心理的なものではなく、実際に上から圧し付けられる力で膝を突くほどの変化を急激にもたらす。
な、んだ、急――に……?
更に増す圧力で屈した体を、ついた肘と腕で支える。
――い……とさん?
そうして、唯一人、現状を行歩する小さな女子の背を目で追う。




