第37話〔なんだこの古典的なって速っ!〕④
コボルトの一団が去った後、残った方の先頭に居た身なりの良い獣が自分の所に来る。
「ヨウト、ゲンキカ?」
「特に問題はないです。――それで今のは、一体なにが?」
「コボルト、ナカマチガウ!」
「知らない方達ってことですか?」
「コボルト、シテル。デモ、ナカマチガウ! コボルト、ワルイコボルトキライ!」
ふム。――言ってるコトは分かるが、肝心な事を聞き出すのに時間が掛かりそうだ。
「さっきのコボルトは、この集落に住むコボルトさん達の仲間です」
自分達の対話が滞る雰囲気を察したのか、近くにいた村娘が話に加わる。
「そこまでよく分かりますね……」
「以前から集落のコボルトさん達と村は交流してますので大体の事情は知ってます」
「なるほど。ちなみに、さっきのコボルトさん達は何をしにここへ?」
「……――それ、岩と関係ありますか?」
ム。
「確かに、関係ないですね。スミマセン」
謝る。と相手が複雑な表情で自分を見る。と、肘の服が引っ張られる。
「――どうかしましたか?」
「喉が渇いた」
「あれ、いつもの水筒は?」
「飲んだ。ヨウの、頂戴」
ハイと返事をして、背負っていた鞄に。――あれ? ――あ。
「……すみません。もしかしたら鞄を、馬車の中に忘れてきてしまったかもしれません」
過去の自分を思い出しながら相手に告げる。
鳥肉を入れた袋を担ごうとした時か。ジャマで一時的のつもりが、そのまま。
「アタシ、ノム、ホシイカ?」
魔導少女の顔を覗き込むようにコボルトが聞く。と次いで頷きが返る。
「ナラ、コチコイ。コボルト、イイノム、アル。アタシ、ノメ」
ム。――ちょうどいい。
「妹さん、折角なんで行ってきては? たぶんナニか飲み物をくれるんだと思いますよ」
「――ヨウは?」
「自分はもう少し岩を見たいので、先に行ってください。――マイラさん、付き添ってもらっていいですか? 妹さん、口数が少ないので困る事もあるかと思いますし」
「……――分かりました」
「ヨウト、ハヤク。サメル、ヨクナイ」
「はい。できるだけ、早くに行きます」
と返し、都合よく仲間も引き連れて集落の家がある方へ、歩いて行く一行を見送り。
さて。――襟のブローチに触れる。
大凡の説明を終え、一呼吸の間が空いて。
『して、洋治さまはどのようにお考えで?』
「俺ですか? ――というかは、預言者様の希望を知りたいですね」
『……私の希望?』
「はい。他に仕事がない訳でも、特別に急を要する訳でもない、三日前に起きた依頼を優先する個人的な理由が、あるのでは?」
『おや。これまでにない、率直な取り調べですねェ』
「いっそ自白したほうが楽になりますよ」
『ではカツドンとやらの準備をいたしましょう』
容疑者はそちらなんですけど。
「――……それはまた、後日にでも。先ずは、当面の問題が先です」
『仰るとおりです。されど殿方にこれほど情熱的な言葉責めをされたのは初めての経験でして、少々なにを申し上げればよいのか、困惑しております』
迷っていると言うわりに、なまめかしい声色で活き活きと答えているのだが。
「ええと。何故、この依頼を選んだんですか?」
『……以前お話した茶葉の件を、覚えておいででしょうか?』
「コボルトティーの事ですか?」
『ええ、そうです。その、コボルトティーの話です』
「その話と、どんな関係が?」
『ええその、直接的な関係は何もございません』
「なら何故その話を……」
『少々お恥ずかしい話となりますので、笑わずに聞いていただけますか?』
ふム。――次いで、勿論です。と返す。
つまるところ――。
「――要は自分専用の茶葉が欲しいと」
『無論独占する積もりなどはこれっぽっちも思い寄っておりません。私がいつでも飲用できる量を欲するのみです』
「なるほど。――というかこの前の一件で、一年分を貰うはずでは……?」
『仰るとおりです。しかし楽園に身を委ね続けた後、突然現実に引き戻された衝撃を、果たしてこの体は耐え抜く事が出来るでしょうか? イイエ出来ません』
若干芝居がかった口調だな。あと、そんな危険な物は飲まないでほしい。
「――けど、どうやって? 畑は茶葉を育てられる状態ではないですよ」
『エリアルであればその程度の大岩、吹き飛ばすのは造作もないかと』
え、まじで。妹さん、凄いな。――いや待った。
「そんなコトをしたら岩どころか、畑まで影響を受ける気が……」
『私としましてはその方が……――そうなってしまわれた場合は、責任をもって、直ぐに代わりの畑を用意いたします』
それで済ませれる問題なのだろうか。
「……まぁどのみち、今日のところは何もせず、帰って検討します」
それに結果次第で手を出す必要もなくなる。
『ええそうですね。それが適切な判断かと』
通信石の向こうに居る相手が、気持ち声を落とし、言う。
ふム……。
「……――まぁその、結果にかかわらず、預言者様の希望が叶うように善処はします。なんで次回からは隠さず、ちゃんと相談してください。きっと、そのほうが楽ですよ」
次いで――間が空き。
『お、落ち着いてくださいっ。このような時期に求婚をされても私、困ってしまってっ』
落ち着くのはそっちですよ、ワンワンワワン。
何かあればまた。と伝えて通信を終え、何気なく振り向いた所に――。
ム。――村娘が一人で立って居た。
「何故……ここに?」
やや驚いた気持ちを取り繕いながら、聞く。
「遅いので来ました。――……ナニをして? 独りでブツブツと……」
ム? ――あ。
「ええと、今のは――このブローチを使って、遠くに居る相手と話しをしていたんです」
襟に付いている物を指し、相手を見て、告げる。
「……そう。向こうは便利な物があるのね」
さすが魔法が認知されている文化。簡単に納得してもらえた。
「と言っても、皆が持ってる訳ではなく、仕事をする上で偉い人から借りている物です」
「偉い人? 今さっき聞こえてた声が、そう?」
「はい、今話してた相手が、そうです」
というか、聞いてた? ――独り言かと疑っていたのに。
「ええと。迎えに来てくれたんですよね? なら、待たせてるみたいなんで、すぐ」
歩を進め、相手の横を通りながら口にする。
「都会ってどんな所?」
ム。と、立ち止まり、体ごと振り返る。
「――城がある、町の事ですか?」
そうと頷き、相手がこちらを向く。
「んー……そうですね、他と比べて全体的に賑やかとは思います。けど正直なところ、来てまだ日が浅いので、誰かに語れるほど、よくは分かってません」
「日が浅い? ミナウチヨウジさんも地方出身?」
まあ――。
「――ある意味、そうですね」
「ある意味? ……違うってコト?」
「いや、そうではなくて――というか、何故そんな話を?」
「ぇぇっと、それは……」
気詰まった感じで、相手が俯く。
「……余計なことを聞いちゃいましたか?」
すると村娘が首を振り。
「いいんです。きっとドコかで楽しくやってると思いますから」
と、誰かを思い描く様子なのに何故か感情を感じられない眼で相手が言う。
ム。
「――……ええと、マイラさんはお城、とか、町に興味は?」
「ないです。それ以前に行く暇もないです。村は私が居ないと年寄りばかりで畑仕事もままなりませんから」
「なるほど……――」
――異世界でも高齢化問題とかあるんだな。加護で寿命も長そうだし。
「そういえば、村でお酒をつくってるんですか?」
「はい、今となっては少量、一人でもつくれる範囲で」
「え。マイラさんが一人で、つくってるんですか……?」
「自分以外に頼れる人は村に居ません」
ムム。
「けど、それだと――」
――と言い出したところで、騒然と山の方からコボルトの一団がやって来て、岩の近くで揃って脚を止める。
ム。
おそらく戻ってきた獣達の手には木と思しき棒が握られていた。そして、群れの先頭に居たボロボロのマントを身に着ける獣、もとい眉間に古傷のある獣が自身の身の丈に近い棒を持ち、自分の前に来る。
「ニンゲン、ミテロ! イワ、ウゴカス!」
持っている棒を掲げて声を上げ、目の前に来たコボルトが言う。
「はい、ここで見ときます」
と返事をする。すると古傷のある獣は仲間の所へ戻り。次いで皆を引き連れ、岩を囲み始める。と、隣に村娘が来るも特に何も言わず。かえって自分が――。
「あの棒とマントみたいなの、どこから持ってきたんでしょうね」
――気になったので口にする。
「村とか、そのへんです」
「なるほど。ただ棒はなんとなく分かりますけど、マントはなんの為に?」
「……私に聞かれても。――きっと、コボルトも人間も、男はああいう感じです」
あ、なるほど。いわゆる中二――……いつか、恥ずかしくなる想い出づくりですね。




