第36話〔なんだこの古典的なって速っ!〕③
森の様な繁木地帯を横に、道のない草原を先行く村娘の後を魔導少女と共に付いて行く。
ふム。
まるで怒っているかのような力の入った足取りに少女、もとい自分も足並みを揃えるのに若干苦労する。と足を止めた案内役が、振り向き。
「急がなくていいの? ですか」
「自分達はまだ余裕があるので、大丈夫です」
相手の前で立ち止まり、告げる。
「マイラさんはこの後、急ぎの用が? あるなら、急いでもらって構いませんよ」
「私は夕食の支度があるので間に合えば大丈夫です」
具体的な残り時間を、できれば知りたいのだが。
「――なら、時間が来たら気にせず先に帰ってくださいね」
「ではそうします。先を急いでいいですか?」
どうぞ。と、自分が答えたと同時に正面を戻して再び相手が先を行く。
もしかしたらBかな。
――村から三十分ほど歩き、到着した集落の入り口付近で。どうにかこうにか体を成す家々の向こうに甚だしい物体を見付ける。
ええと……。
「ヨクキタ、オマエダレダ?」
ム。――見遣っていた方から転じて、声のした近場を見る。其処に――。
子供くらいの身長で二足歩行する犬と猿を足した様な。
――コボルトと、呼びに行った村娘が居た。
ム。――思わず気持ちが引き締まる。
「オマエダレダ?」
以前見た時と比べて身なりは良く威圧感もない獣が、下から覗き込むように自分を見る。
「……ええと。初めまして、水内洋治です」
「ミナウチヨ? ナガイ、コボルト、オボエレナイ」
「なら、好きに呼んでください」
「ワカタ。ナウチ、ゲンキカ?」
あ、ソコを採用するんだ。
「――ええと、特に不調ではないです」
「ソウカ。ナウチ、イイニンゲンカ?」
ム。
「自分では、なんとも言えないです」
「ナゼダ。ワルイニンゲンダカラカ?」
そんなこと聞かれても……。
「コボルトさん、ミナウチヨウジさんは悪い人間ではなくて岩を取りに来られた人です」
と、やや変な紹介で、獣の横に居た村娘が代わりに返事をする。
「――ホントウカ?」
「出来るかどうかは分かりませんが、その積もりです」
ただ岩を今日中に、どうにかするのは無理そうだ。
「ナラ、ナウチ、イイニンゲン。――オマエモ、イイニンゲンカ?」
目の前のコボルトが魔導少女の方を見て、言う。
「アタシはアタシだ」
「ワカタ。アタシ、ゲンキカ?」
そうくるのか。
「知らん」
鬱陶しそうに少女が口にする。
「ソウカ。アタシ、イイニンゲンカ?」
再度の質問――に何故か魔導少女が自分を指差す。
「ヨウと同じ」
「ヨウトオナジ? チガウ、ナウチ、ヨウトオナジ、チガウ」
「違わない」
「チガワナイ? ナウチ、ヨウトオナジ?」
もう、なんでもいい。
で遣り取りの末に納得した身なりの整ったコボルトが。
「アタシ、ヨウト、イイニンゲン! ナカマ、アワセル!」
そう言って、集落の方へ少し移動した二足歩行の獣が遠吠えの様な声を発する。と――。
ム?
――今まで、全く気配すら無かった草むらや建物などから次々と二足歩行の獣が飛び出し吠えた獣の近くに集まってくる。
おお……――。
「ナカマキタ! ナカマ、イイコボルト!」
――状況に見入っている内、近くに戻っていた身なりのいい獣が嬉しそうに跳ねて言う。
二十――いや、三十くらいは居そうだ。
「――なんで、隠れてたんですか?」
「ニンゲン、イイニンゲン、ワルイニンゲン、イル」
跳ねるのを止め、急に真面目な面持ちとなって、獣が答える。
なるほど。しかし――。
「イイニンゲン、イイコボルト、オボエル」
――ほぼ見分けがつかない。
「ええと。すぐに覚えるのは難しいので、追々。――先に、岩を近くで見せてもらってもいいですか?」
「イワ! オオキイ! ミル、クル、コチ!」
言って、手招きしつつ、コボルトが左右に分かれ空いた仲間の道を通り集落の奥へ移動を開始する。そして自分達は、その後を付いて行く。と――。
全員、付いて来るなぁ。
――通り過ぎた後、ぞろぞろと引き続いて動く獣の集団を尻目に思う。
近くで見ると格段に実感する大きさを見上げ――。
これまたデカいな。
――心ともなく以前見た通常サイズのトロールを思い出す。
「アメフタ、ヨル、オオキナオトシタ、ソト、デタ。イワアタ」
小さな身体を大きく動かし、岩の前で獣が身振りを交えて事のあらましを説明する。
「落ちてきた岩は、これだけですか?」
「イワアタ、イコ。ニコナイ」
ふム。――と地面についた痕跡をたどり、山の方を見る。
確かに山と呼べるほど高くはない。けど、何かしらの原因があって転げ落ちてきたというのは納得できる。
と、木々がなぎ倒された斜面を見て、内心頷く。
「ちょっと岩をぐるっと見て回りますね」
言って、上の方を中心に畑の面影を十分に残す土に突き立った岩を見ていく。
――上部に付着している土の量が途中から明らかに増え。更には、布の切れ端みたいな物が岩に張り付いており、その周辺は何かで削られたような跡が――。
ム?
――などと観察をしていると今居る場所の反対側、近付くと岩壁並みに視界を遮る岩石の向こうで、騒ぎ声がして、其処から足早に一周し皆の所に戻る。と――。
ム。
――経緯は全く分からないが、対立した形で左右に分かれるコボルトの集団が何やら口論をしている様子だった。その上――。
――数が増えてる……。
次いでコボルト達から離れた位置で事を見ていた二人の内、実用性を考慮して村娘に近寄り声を掛ける。
「なにかあったんですか?」
「……私に聞かれても困ります」
結果有用にはならず。納得して二人と同じ方を向き、事を見守る。
「ニンゲンイレタ、ワルイ!」
対立する一方の先頭に立つ獣が低い声で、もう一方の先頭に立つ獣に言い放つ。
「イイニンゲンイレル、ワルクナイ!」
ム。――声的にあっちか。それに身なりも良い。
「ニンゲン、ワルイ! イイ、ナイ!」
「イイ、アル。ニンゲン、イル!」
「ドコイル? ミセロ!」
「イイニンゲン、イル!」
言った獣が自分を指す。
え。
一斉にこっちを向く獣達の視線を浴び、内心たじろぐ。――すると。
……ム?
先頭に立っていた低い声のコボルトが動き、自分の前に来る。
ム。――獣の眉間には、何かが当たったような古い傷跡があった。
「ニンゲン、ナゼキタ?」
次いで古傷のある獣が、すごみを利かせ、聞いてくる。
「……――この岩をなんとかできればと思い、来ました」
「ソウカ。ナラ、カエレ」
「帰る? まだ何もしてませんよ?」
「チガウ。ニンゲン、ムリ。イワ、ウゴカナイ。ダカラカエレ」
「けど、何もせず帰る訳には……――自分達は仕事で来てますし。もしも帰るなら、代わりに岩をどうにかしてくれる方を探さないと」
「ソウカ。ナラ、カエレ」
「いや、岩を……」
「イワ、オレタチ、ウゴカス。ニンゲン、イラナイ」
ム。
「どうやって動かすんですか?」
「ニンゲン、オシエナイ。カエレ」
ふム。
「なら、こんな凄い岩を動かすところを見せてもらえませんか? 見たら直ぐ帰ります」
「スゴイ? ニンゲン、イワウゴク、スゴイオモウカ?」
「思います。こんなに大きな岩を動かすのは、人間でも難しいですよ」
言うと、どことなく思案する表情を見せて目の前の獣が――。
「ソウカ。ナラマテロ、スグモドル」
――そう言い残し、一方の集団を引き連れ山の方へ、犬の様に走って行く。
うーん。――にしても、実家で飼ってる犬が雨で濡れた時と同じニオイがした。




