第31話〔え えらいこっちゃ〕⑫
「名称からして、コボルトティーというのは飲み物ですか?」
話をしていた二人の横から、預言者の方を見て、質問する。
「ええ、お察しのとおりです。コボルトティーはコボルトが独自の製法で育てた最高級の茶葉をさして言う言葉となります」
「なるほど、それは凄そうですね」
「はい。私のようにカフェ巡りが趣味な者にとっては、この上ない希少品でしょう。しかも一年分とあらば、さながら楽園気分を毎日、味わえると言っても過言ではありません」
ふム。
「そうですか。なら――ジャグネスさん」
と女騎士の方を見る。
「ぇ、ぁはい。何でしょう?」
「その引換券、預言者様にあげませんか?」
「……えっと、私は構いません。が、何故でしょう?」
「ええと、返答はちょっと待ってくださいね。――預言者様」
で話し相手を戻す。
「はい、なにでしょうか?」
「コボルトティー一年分の引換券を渡す代わりに、直ぐでなくてもいいので、ジャグネスさんに普段より少し長めの、休みをください」
「おや……。――ええ、其れ位の交換条件、喜んでお受けいたします」
「ありがとうございます。――という事です。ジャグネスさんは、どう思いますか?」
「――ぇ、あの……どういう、事でしょう……?」
いまひとつ考えが及ばないといった感じで女騎士が聞き返してくる。
「まぁその、なにかの賞品でなくとも、旅行にいく事はできるのではと」
「――そ、それはつまり、私との……?」
「はい、そういう事です」
どうやら理解したであろう相手に軽く頷いて言う。すると――。
「え。なに、旅行? だったら、皆でカニ食べに行きましょ」
――やや離れた所で話を聞いていた少女が、自分達の所に来つつ、述べる。
「なんで、カニなんですか……?」
近くに来て、足を止めた少女に聞く。
「だって、旅行っていったら、カニでしょ」
え、そうなの? ――そもそもの経験が少ないので、判定しづらい。――だとしても。
「……カニ云々は、ひとまず置いて。いま話してる旅行は、ジャグネスさんと二人で行こうと思います」
「なんで? わたしたちが一緒だと、ジャマってこと?」
ム。
「それは違います。ジャマなんて思ってもいません」
「なら、なんで?」
「ジャグネスさんは、当初の賞品を目標として大会に出て、優勝しました。なので、できるだけ本人が想像していた形で行きたいんです。――だから皆との旅行は、また別に計画して行きましょう」
「……――そ、分かった。じっさい頑張ってたと思うし、今回はガマンするわ」
気持ち不平な顔をしているものの、想像していたよりはあっさりと相手が引く。其処に。
「どうしたのですか? いつもの救世主さまなら、もっと強引に付いて行きそうなのに。あ――もしかして当日、荷物の中にしのび込むつもりですか?」
魔導少女と共に寄ってきた短髪の騎士が相手を茶化す様に言う。
「なワケないでしょ。……――ていうかアンタ、ちょっと活躍したくらいで、態度デカクなってない?」
「えっ。……そんなコトないですよ?」
「だいたいアンタが活躍できたのは、水内さんのおかげでしょ」
いや、そんな事ないのだが。――本人の実力と努力があってこその結果だ。
「しかも、わたしより先に撫でてもらうなんて。ダメ騎士のクセに」
ダメかどうかは関係ないと。
「……――そ、それなら、救世主さまも大会に出たら……よかった、と」
珍しく言い返す騎士に少女、もとい皆が二人に注目する。――そして。
「アンタ、わたしにケンカをふっかけるなんて、いい度胸ね。いいわ、その短い髪をむしりとってあげる」
言って、両手の指を広げ、少女が相手との間合いを詰め始める。
「まっ待ってください。ジブン、そんなつもりで言った訳ではっっ」
「言っとくけど、アンタが死ぬまで、わたしは止めないわよ」
死ぬまで髪をむしり取るって、どういう脅し文句っ。
「ひっ、――ゆ、許してくださぁぁい!」
短髪の騎士が逃げる。
「あ、待ちなさい!」
次いで、少女が追い掛ける。
ムム。
「――本当にお二人は、仲がよろしいですねェ」
他の人を押し分けるなどして走り回る二人を体の向きも変えて目で追う自分の隣に来た預言者が、同じ様に眺めながら口にする。
仲が良いというか、一方は必死に逃げてる気もするが。
「さて。――アリエル、今の内に券と引き換える物品が私の部屋に届く手配をしてきてもらえますか」
急遽、相手に顔を向け、預言者が申し出る。
「え。今から、でしょうか? 明日以降にしても手続き上の不都合はないと……」
「いいえ、今直ぐに手配をするのです。貴方は忘れっぽいですからね。――それとも、時を無駄にしてまで、二人の不毛な争いを観ていたいのですか?」
「ぇ。ぁ――そ、そうですねっ。救世主様がご用を済まされる間に行って参ります」
「ええ、焦る事はありませんので書き損なわぬように」
ハイと頷き、早々と女騎士がこの場を離れる。――と。
「洋治さま、よろしいでしょうか?」
ム。
「はい、なんですか?」
返事をして隣を見る。が相手はこっちではなく、正面に顔を向けていた。
「何故、先のような提案をなさったのか、教えていただけませんか? もしも目的がアリエルの休暇だと言うのであれば、引き換える必要など元よりない事はご存知のはずです」
ふム。――と自分も正面を向く。
「単純に休みを取ろうとしたら、マジメな人は周囲に気をつかってしまいますから。それと、預言者様にはいい事を教えてもらったので、その御礼です」
「おや? 私、ナニか洋治さまの為になるような事を言いましたか?」
「言ったというか、見て教訓を得たかんじですね。――どんなに賢い人でも、間違えるコトはある、て事を」
「……――それは、誠に恐縮です……。――して、洋治さまは、コボルトティーにご興味がおありでしょうか?」
ム。
「実は結構あります」
「では物が届いたら、ご一緒にいかがでしょう?」
「是非、お願いします」
「了解しました。さすればその際は、夜が深まったのち私の部屋にお越しください」
いや――。
「――できれば昼間に飲みたいです」
こ、これは……。
生まれてこのかた初めて完全な白目を剥き倒れている人を見たことで、やや戸惑う。
ええと……。――逃げ回ったあげく壁に激突した後、なかなか起き上がらないので心配して見に来たら――。
「――ホリーさん、大丈夫ですか……?」
返事は当然ない。
「ね、水内さん」
気を失っている騎士の体に触れていた少女が、しゃがんだ状態で、こっちに顔を向ける。
「はい。……どうかしましたか?」
「ん、と。――ダメ騎士、ぜんぜん息してないのよね……」
え。
「……本当ですか?」
と聞く自分に、顔の向きを戻した少女が無言で頷く。其処に――。
「随分と長く倒れておりますねェ」
――都合好く、離れた所で見ていた二人がやって来る。
「預言者様、会場内にお医者さん、居ませんか?」
「医務室に居られるかと」
よし、急ごう。
「場所はどこですか? 行って、呼んできます」
「おや。ケガでも負ったのですか?」
「ええと……ホリーさん、息をしてないそうです。なので早くお医者さんを呼ばないと」
「なるほど。しかし呼びに行ったところで、無駄になるやもしれませんよ?」
非常に落ち着いた態度で、預言者が告げる。
「いや。けど、放って置く訳には」
「いいえ、そうではありません。呼吸が止まっているという事は、同時に鼓動も止まっていると判断して相違なく。生命活動の停止時間からして、そろそろ消え逝くモノと」
あ。――そうだった。
で預言者から転じて見る騎士の身体は、光り始めていた。
「え。ちょっ、と――アンタ、待ちな、さ」
ぬわッ光っちゃダメェエえええええっええ!
そして動揺しまくる自分の横をスッと通り。光っている騎士の胸に手を、鎧越しに、置いた魔導少女が謎の衝撃を放ち、触れた身体を小さく跳ね上げる。――すると。
「プハァ! ――ぁ、アレ……?」
勢いよく短髪の騎士が上半身を起こし、声を出す。
お、おおっ。
「どうして急に、息が苦しく……」
何が起きたのか分からないといった感じで、光が消え、復活した騎士が呟く。
「ホリーさん、大丈夫ですか?」
「ぇ? ――ジブンは――……して、アナタは?」
へ。
「ジブンは転属先に行く途中で……――アレ?」
――え、えらいこっちゃ。




