第11話〔じゃ いっかい向こうへ戻るわよ〕④
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部屋の扉が閉まる。その後、見送りを済ました流れで窓際に移動し、すっかりと日が落ちた変わらぬ景色を預言者は眺めた。
内心で、不安を言葉にするフェッタ。
そして、以前から計画していた事とはいえ出任せを言ってしまったことに友人としての心も痛む。ただ――。
こうでもしないと機会すら。
――と、街で滲む夜の灯りを見て、思う。
ふと声を発してしまいそうになる不安を抑え込み。先刻していた会話の、内容を思い返す。
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「アリエル、貴方は私が言ったことを覚えていますか?」
見送りを済ませて戻ってきた女騎士の顔を見て、預言者がため息まじりに聞く。
「何のことでしょうか?」
「あの方とは今後、どのように接していかなければイケないのかをお話したと思いますが」
「そそ、それは、重々に承知しており、おりますっ」
「よもや初対面で剣を抜くとは、そのような報告、受けてはおりませんよ」
「アレはですねっ。やむなく……――そッそれにっ、そうなったのはこうなる前の話でっ。そうでなければ私とて、そのようなっ」
慌てて弁解する相手を見て、再度ため息まじりに預言者が言う。
「よいですか。救世主様以外の異世界人をこちらへ連れてくるのは、重大な規則違反です。それが偶然の事故だとしても、本来であれば罰則は免れません」
「……申し訳も立ちません」
「まァ貴方に非はありませんが。しかし、彼は別です」
「でもそれは救世主様を御連れした功績で」
「ええ。よって今回のみ、違反した罪を問いません。ですから今問題となっているのは、彼の滞在を望む貴方の方です」
「それは彼との約束で」
「だからといって簡単に通る約束ではありません。それは騎士団長としての立場を有する――いえ、国王の娘である貴方の立場をもってしてもです」
「私は端から立場を利用するつもりはありませんっ」
「結果として、そう見られるのです」
「異世界との交流規定は、公にはされておりません」
「無闇に認めてしまえば次もまた認める事となります。王は、それを避けたいのです。その為にも皆が納得する理由が、必要なのです」
「彼は私の客人です」
「通常は、それで十分過ぎる理由となるでしょうが今回ばかりは別です。功績はこちらへ来てしまった罪で消え、身の安全を貴方の客人という立場で確立してもまだ、滞在を許可する訳にはいきません」
「し、しかし」
「アリエル、これは貴方の為でもあるのです。それに、約束を違えたくはないでしょう?」
「それはそうなのですが……。このような、形で」
「できるだけ早く、表に出してもよい事情が必要です」
「相手の気持ちは……――それに、お相手がもう居るかもしれません……」
「理解していただければよいのですから、問題はありません。あと、お相手などは居ませんよ。きっと」
「何故、分かるのですか?」
「預言者の勘。いえ、女の勘でしょうか」
「では何故、私には分からないのですか?」
「貴方には備わっていないのでしょう」
言われ、女騎士が精神的に強い衝撃を受ける。
「よいですか。できるだけ早く、この話を彼に。今晩――いえ、この後にでも」
「この後……」
「なんです?」
「心の、準備が……」
「婚約したいと希望するだけではありませんか。それとも、その先まで今晩のうちに?」
「な、ななっな、な、なにをッッ」
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そして預言者は深いため息を吐く。
「心配ですねェ」
一つの事に心をとらわれやすい相手を思うが故の、口からこぼれた、不安だった。
*
「ほんと、生まれて初めて着たわよ。あんなの」
話し相手の少女が思い返す様にして言う。
「思い出、というか。記念になって、よかったのでは?」
「分かってないわね、水内さん。わたしが着たって、黒歴史にしかならないわよ」
そして二度と御免だと締め括る。
「そういうものですか」
「そ、いうもんよ」
乙女心というやつだろうか。
「――そういえば、どうなったんですか?」
「ん。なに?」
「ええと。なんか条件をつけるって言ってましたよね? 希望は、叶ったんですか」
「あ。それね。そのコトで水内さんに」
するとノックの音が響く。
「ったく。――誰よ?」
扉に向けて、少女が問う。
「アリエル・ジャグネスです。入っても、宜しいでしょうか?」
扉の向こうから、答えが返ってくる。
「ああ。――いいわよ」
失礼します。と言って、名乗った本人が部屋に入ってくる。
「なに、用事?」
「ハイ。預言者様に言われて、――えっと」
こっちを見る女騎士。
「さっきの言付け、ですよね?」
「ハ、ハイ。そうですっ」
なんか変なテンションだな。
「だったら。さっさと言って」
「ハ、ハイ。えっと、――ええっと……」
そして悩んだ末に女騎士が口を閉ざす。加えて、動く気配すら見せない。
「こっちに、来ないんですか?」
「え? あ。そ、そうですねっ。い今っ」
足と同時に手を出して歩く人を初めて生で見た。しかも騎士。
「何かあったんですか? 変ですよ」
主は精神的に。
「じ、じじ、じ、じつは、です、ね。そっその」
「はい?」
「きょ恐縮では、あり、ありま、あります、が。わた、わたし、私と」
「私と?」
「こっ、こ、こ、ここ、こっこ」
「こっこ?」
――あ。これって預言者様の言ってた、ぼんやりと伝わる感じの。
「私とこっ、こ、こん、して、くだ」
「私とこっこしてください?」
してくださいってことは、お願いをされてる訳だから何かの困り事だろうか。
「そうではなく、て。私と、こん」
――突如として、部屋に腹の底から鳴るような重低音が響く。
ム。
「もしかして、お腹、すいてますか?」
相手の顔が一瞬にして真っ赤になる。
しまった。
「すいませんっ。――あ。もしかして、こっこって、食事に関係するコトですか?」
「ん。あ、ひょっとすると、コンバンのコンダテを選んでほしかったんじゃないの? 肉か、魚か、みたいな?」
なるほど。こっこは、コんばんのコんだて、か。
「直に夕食って言ってましたもんね。――ちなみに鈴木さんはどうするんですか?」
「わたしは、用意ができたら呼んでくれるって言ってたわよ。水内さんは、違うの?」
「いや自分は――」
あれ。そういえば、どうすればいいんだ?
「俺って。この後はどうすれば……? 帰っていいなら、そうしますが……」
あっ。て顔をする女騎士が――。
「わーすーれーてーたーっ!」
――頭を抱えて、叫ぶ様に声を上げる。
「煩いわよッ」