第30話〔え えらいこっちゃ〕⑪
破壊した的から剣先を引き、静かに背筋を正して立つ相手の右手に握られた刀身の砕けた剣を見て、理解し、納得のいったユーリアは称賛する気持ちも込めて口にする。
「砂煙に乗じて、予備の剣を出しましたか……――まさかアリエル様が仕掛けてくるとは、正直驚きました」
「いえ、砂の方はただの仕返しです。ドッ――……驚かせたのとは別件です」
「……なるほど。アリエル様らしい道理です」
と言いながら姿勢を直し武器を収納して、オールバックの騎士は女騎士に背を向ける。
「試合後に話そうと思っていましたが、いずれにしても分かる事なので早々に退場します。この後の試合、努々手加減をお忘れなく、頑張ってください。――では」
そして敗者となった騎士は歩き出す。
*
石台を降り、来た相手が自分に紙を差し出す。
「これはお返しします」
次いで承諾し、受け取る。と、伏し目がちに相手が。
「なんといっても独り身で、お二人を相手にするのは無謀でした」
ム。
「――タルナートさんはこの後、予定は?」
「ェ。ァ今日はバイトもオフなんで、適当に夜まで時間をつぶすつもりです」
「夜ってコトは、魔火ですか?」
「そうです。……――洋治さんは?」
「ええと。そのコトで、たぶん今晩、皆と観るながれになると思うのですが……もしそうなら、タルナートさんも一緒にどうですか?」
「それは構いませんが、――たぶんと言うのは?」
「具体的な話はまだしてないんです。たぶん預言者様あたりが何か計画してるのではないかと思ってます」
「なるほど十分に考えられる話です。――では直接、本人にお伺いしたほうが早いですね。フェッタ様は、上におられますか?」
「たぶん居てると思いますよ」
「分かりました。――では」
そして歩き出そうとする相手に。
「あ。それと、今回はジャグネスさんの勝ちに終わりましたが、タルナートさんの実力を多少なりとも観れて、単純に感動しました。また機会があれば応援も兼ね、観させてもらいますね」
「……それはマァ、ご自由に。ただワタシは、なるべく戦闘は避けたいと思っています」
ム。――そうか。
「そうですね、スミマセン。タルナートさんは女の人ですし、むやみやたらと戦いたがる訳ないですよね。気の利かないことを言ってしまいました。けど本当に、戦っている姿もステキでしたよ」
若干内心で焦りつつ、補足する。と何故か目を横に逸らして相手が。
「そ、そうやって晴れ晴れしく、取り込まないでください……」
ん? ――急に洗濯物の話?
そうして先へ行ったオールバックの騎士を見送っていると、女騎士が戻ってきた。
「遅かったですね?」
試合終了後、しばらくリング上に残っていた理由を問うつもりで聞く。
「えっと、はい。何か話をしている様子だったので」
「あぁなるほど。気を使ってくれたんですね」
「ぇ、と――その。……二人で、何の話を?」
と聞いてくる相手に、先に行った騎士の後ろ姿を見ながら。
「俺には、強い人の気持ちは分かりません。けど、頑張って敗けたら、誰だって悔しいと思うんです。だからって目を背けるのはムズカシイですから、気が紛れたらいいなと」
で女騎士の方を見直す。
「……わ、私――ヨウのそういうところ……好きです」
相手が頬を染め、語尾が近づくに連れて声を小さくし、もじもじと言う。
「ぇえと、その。――……どうも」
次いで、内心まごつく自分から、普段通りの態度で通路を見る女騎士が。
「しかし通常はあの程度の牽制で、どうにかなる相手ではないのですが。何故でしょう」
「……――気が散る事でも、あったんじゃないですか。――たぶん」
改めて同じ方を見て、述べる。
控室に戻ろうとした途端、やって来た司会者の女性が自分達に軽く頭を下げて口を開く。
「次の決勝戦、このまま始めてしまってもいいですか? 許可いただければ、すぐに対戦選手をお呼びします」
あ、そうか。――すっかり忘れていた。
「私は一向に構いません」
女騎士が平然と返答する。
「ではすぐにお呼びしますので、このままお待ちください」
言って、司会者が去る。
「――いったい何の、許可だったのでしょう?」
顔をこっちに向けて女騎士が聞いてくる。
まあリングの荒れ具合を見れば、ね。――それより試合の話をしよう。
そして話を終え、準備万端で、なかなか現れない相手を待っていると。
『エ……――ただ今、決勝戦に出場する選手が――……起きたとのことで、もうしばらくお待ちください』
薄々思ってはいた。
数分後、やっと出てきた相手を見――。
「そしたらジャグネスさん、打ち合わせ通りにお願いしますね」
「はい、ぇ? ヨウ」
――事情を説明する為に向かう。
試合場に出て、リングの前でボケっとしていた短髪の騎士が近寄る自分に気づき。
「あ。ヨウジどの、オハヨウございます」
「また寝てたんですか?」
本調子になったって言ってたのに。――と思いつつ、足を止める。
「いやぁ、お二人の戦いを観ていたら訳が分からなくて寝てしまいました」
なるほど。
「して、ワタシはどうして呼ばれたのですか?」
短い髪に変わった寝癖をつける相手が小首を傾げて言う。
「……――いまから説明します……」
試合を無事に終える為の馴れ合いと現状を伝えた結果、潔くリングに上がった騎士が司会の指示を受けて歩を進める。
「それでは試合が始まったら直ぐに戻ってきます」
と振り返って話す、髪に寝癖をつけた相手が――。
「ホリーさん、危な」
「どわッ!」
――先の試合で出来た穴に足を引っ掛け、倒ける。
ほんと、オチの付けどころをわきまえてるな。
かくして始まった決勝戦、難無く済む予定の試合開始後、先回りした女騎士に顔面を鷲掴みにされた短髪の騎士がもがく。
「どわイタイッ! なにですかこれッ見えません! イダダっミシミシいってますっ!」
お、お……。
「ヨっヨウジどの! ワタシいまナニですかっイタくて見えませんッ!」
「ぇ、ええと。――……ジャグネスさん?」
予定通りにリングの端、自分の居る方へ向かって走っていた騎士が行き着く直前、二人の間に入り込む形で出現した相手の名を、真偽の程を確認するつもりで、呼ぶ。
「――はい。何でしょう?」
次いで相手が、振り返り、いつもの口調と微笑みで応答する。が、それはそれでコワい。
もしかして怒ってる……? ――そういえば、こっち側に行く事を前もって説明してなかった。――いや、それよりも。
「ホリーさんを……そっと場外に、やさしく、おろしてあげてください」
「はい、勿論です。そっと、おろします」
で女騎士が静かに相手を、掴んでいる方の手だけで、持ち上げる。
「どわあああイダタイッッ! 抜、取れるううううっっ!」
抜、取れるッ?
『――よって、アリエル・ジャグネス選手の優勝です!』
そして客席から沸き起こる拍手。その片隅で――。
「ヨウジどのっワタシ、首、ありますかッ? ちゃんとついてますかッ?」
――砂地に座り込む短髪の騎士が自身の首を何度も触り、自分に確認してくる。
「大丈夫です、ちゃんとありますよ……」
それより顔に付いた手形のほうが気になる。
長いようで短かった闘技大会が終わり。上で観戦していた三人と合流した後、優勝賞品を受け取りに行った女騎士を皆と会場内で待つ。――と、慌てた様子で戻ってきた騎士が白のローブを着た人物に駆け寄り。
「よ預言者様っ! どういう事でしょうッ?」
「行き成りなんです、騒がしい。賞品を取りに行ったのではなかったのですか?」
「ハイ勿論、取りに行きましたっ。そうしたら何故か、コボルトティー一年分の引換券を贈呈され……――優勝賞品は旅行と、預言者様は言っておられ……?」
祝儀袋の様な物を相手に提示して、女騎士がたずねる。と一瞬、預言者の視線が自分に向けられた気がした。
「――おや。では私の記憶違いでしたか。それは誠に申し訳ないことをしました。すみません、アリエル」
深々と頭を下げ、預言者が謝罪する。
「ぇ、あの、私っ――その様な謝罪を、していただこうと思っていた訳ではっ」
相手の謝意に、かえって困惑する女騎士。――すると突然。
「あ、そうでした。ジブン、参加賞を貰いに行くの、忘れていました」
やや手形を顔に残す短髪の騎士が、思い出した感じで、言う。
「ん。――参加賞って、なにがもらえるの?」
「ええっと毎年、誰が作ったのか分からない手拭いですね」
分かったら分かったで、問題ありそうですけどね。




