第29話〔え えらいこっちゃ〕⑩
ラウンド終了後、溜め息まじりに何処か疲れた様子で戻ってきた俯き加減の相手に声を掛ける。
「お疲れさまです。なんというか、凄い試合ですね」
そして自分に気づいた相手が気持ち驚いた表情で。
「な、なぜここに……」
「どうしてもタルナートさんに、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと? ナニを――」
――言い掛けてオールバックの騎士が自分から目を逸らし。
「ぅ、うちは……そういうの、ちょっと抵抗が……」
なにが。
変によそよそしい態度の相手に違和感を持ちつつも改めて。
「ええと。聞きたいコトというのは、ジャグネスさんの弱点についてなんですけど」
と言った途端に相手が騎士の顔に戻る。
「何を? ご承知のこととは思いますが、答えられる範囲は決まっていますよ」
「ぁ、そうでしたね。なら、やめておきます。それと――」
「ェいいんですか……?」
「――なにがですか?」
「ェその、アリエル様の弱点についてワタシに何か、聞かなくて……」
「聞いても、教えてはもらえないのでは?」
「それは内容次第で」
ふム。
「だったら駄目元で、聞いてみてもいいですか?」
「どうぞ、ご自由に。ワタシに問題はありません」
「そうですか。ならタルナートさんのいうジャグネスさんの弱点て、本当ですか?」
「……――詰まり、ワタシが嘘を吐いていると?」
「それを確かめる為の質問です。ただ答えは、なくてもいいです」
「なくてもいい? ナゼ」
不可解だと言わんばかりの顔で相手が言う。しかし先に――。
『まもなく五ラウンド目、開始のゴングを鳴らします。両選手、準備をお願いします』
――見計らっていた頃合いとなる。
「残念。答えは、あるなら試合の後にでも聞かせてください。それと、タルナートさんはこれを見ましたか?」
言いつつ、後ろポケットから抜き取った紙を前の方に出す。
「――これは?」
次いで、受け取った相手に。
「規則とかが書かれた物です。よかったら、どうぞ」
「試合のルールなら熟知していますが……」
「まぁそう言わずに、次のインターバルにでも見てください。今年は豪華な賞品もある事ですし、知っておいて損はないですよ」
まあそれでなくとも、会場内にそこそこ貼られてはいるけど。
***
五ラウンド目が開始する直前、形式上敵対する相手に自身が手渡した用紙を譲り渡すのを上から見ていたフェッタは、真意を推し量り、憂えて言葉を発する。
「困りましたねェ。これはとんだヘマです」
「――突然なによ?」
いつからか不相応な椅子に横たわり、試合が終わるのを待ちくたびれていた少女が暇潰しがてら預言者に顔を向けて問う。
「どうも洋治さまに、私の思惑を知られてしまっていた様子で」
「ん? ――あぁ。なんで、そう思うのよ?」
「些か墓穴を掘ってしまいました」
「ふーん。で、ヘマってのは?」
「ぁぁ……いえ、そちらは救世主様がお気になさる程の内容ではありません」
「そ。――だったら、聞かないけど。きっと、気にするだけ徒労よ」
「……――なぜ、お分かりに?」
「そういう人でしょ、水内さんて」
上体を起こし、目下試合場に居る相手に視線を向けて、少女は言う。
「……なるほど。実に心強いお言葉です」
そして少しだけ不安な気持ちを残しつつも納得し、フェッタは引き続き試合の行く末を見守ることとした。
*
『そこまで、です。両選手お戻りください』
なんとなく勢いの増した戦いを終え――。
「ヨウっ! さっきのアレは、せっ説明してくださいッ」
――瞬間的に目の前に現れた女騎士が剣を持ったまま、両方の手を自身の顔の前で握り締め、詰め寄ってくる。
「も、もちろんします。ので、落ち着いて……」
驚きで高まった鼓動を抑えつつ言う。
「結論から言います。ジャグネスさんの心配は杞憂です。なので次のラウンドからは余計な事を一切考えずに戦ってください」
「きゆうですか……?」
「はい。要するに、弱点なんてありません。タルナートさんの狙いは、ジャグネスさんの動揺を誘う事です」
「……動揺? 私は、そう簡単に心を乱したりなどしません」
ふム。
「まぁそれなら問題はないですね」
「はい、ありませんっ」
と力強く返事をする女騎士の、額や鎧についた奮闘の跡に気づく。
「……――今日は帰ったら、先ずお風呂ですね」
次いで、え? と声を出した後、汗や砂で汚れた自身の姿を見、座ったまま肩をすぼめ小さくなる相手が赤らめた顔で。
「ぁ、あの、わたっ私、からだ――……ジッ、自分で洗えますっっ」
――俺もです。
『まもなく六ラウンド目、開始のゴングを鳴らします』
司会の言葉を聞き、女騎士が立ち上がる。
「あ、そうだ。ジャグネスさん」
「はい、何でしょう?」
「俺としては、試合自体の勝敗より、二人とも無事に決着がつけばと思っています。けど、やられっぱなしは悔しいので、仕返しをしましょう」
「仕返し? ――何の仕返しでしょう?」
「その辺の事情は気にしないでください。とにかく今回のラウンド、タルナートさんを驚かせましょう」
「驚かせる? ――どう、すればいいのでしょう?」
「遣り方はジャグネスさんに任せます。ドキッっとするコトなら、なんでも構いません」
「ドッ、ドキッですか……?」
「はいドキッです」
「……――……分かりました。全力で試みますっ」
「ただ気負いはしない程度に」
***
六ラウンド目が中盤に差し掛かり、刃を打ち付けた衝撃で同時に下がった二人の切れ間、働き掛けるようにオールバックの騎士が口を開く。
「……アリエル様、少々お話したいコトがあるのですが」
「今でしょうか?」
「可能な限り早いうちが好ましいと思われます」
「……――分かりました。では銅鑼のあと――いえ、次の攻撃が終わったあと、でよければお聞きします」
「次の攻撃……? なにか披露なさる程の奥の手でも出す、おつもりですか?」
「そうではありません。おそらく、次が最後の攻撃となるからです」
「……まさか、公的行事とも呼べる祭りごとで解放を……?」
「それはありえません。――率直に、的を――衝かせてもらいます」
剣を左手に持ち替え、床に右の手をつけるほど低い位置で前傾した姿勢をとって女騎士は言う。
「出来るものなら、お好きにどうぞ。――当然、手を抜く気はありませんが」
相手を正面に入れ、刃を上段に構えてユーリアは告げる。
「……はじめて見る構え方ですね?」
「マァワタシも、向こうでバイトだけをしている訳ではありませんので」
「そう、ですか。では、遠慮なくいかせてもらいます」
「いつでも、どうぞ――」
――瞬刻、常人の目に写る事無く放たれる人の矢。其れに瞬時加重して合わせる力が、空間を蹴り転向した目標を逸れ、石台を打ち砕く。途端に、舞い上がる砂埃は二人の騎士を覆い。即時砂塵から出た騎士をもう一人の騎士が、上から、襲撃する。
そして――。
「な……」
――見返りながら振り被った騎士の刃が、女騎士の剣を砕く。
『ミ、ミシェーニの破壊を確認しました……。よって本戦準決勝の第二試合勝者は――』
――うろたえつつ、司会者が勝者の名前を口にした。




