第28話〔え えらいこっちゃ〕⑨
素人目線では試合というより果たし合いにしか見えない戦いを繰り広げる二人の騎士を観戦とは異なる視点で見守るも一向にハッキリとしない問題点を知る為――。
もう少し、近づいてみるか。
――石台の周りに沿って移動する。
***
攻守逆転を繰り返しながら、振り下ろす斬撃と叩き付ける撃砕のせめぎ合いが続く。その只中、手を休めることなくオールバックの騎士が口を開く。
「先ほどは言えませんでしたが――正直、驚きました。まさか、お母様の真似をなさる、とは――想定して、おらず」
つられて女騎士も剣撃を緩めることなく答える。
「では何故、避けれたのでしょう?」
「マァその……――焼き付くほどに、衝撃的な――……し、しかし、まだまだ技の出が遅く、お母様には――遠く及びませんね」
「それは重々に、承知しています。現状、空中で行うのは一度が――限界、ですので」
「……――そういう素直なところが、――命取りになるんですよ」
言って、振るわれた剣筋が一瞬にして攻撃対象を失い、空を切る。と続け様に背後から。
「なら、取ってから言ってください」
それを目で追い、ユーリアは――。
「ではワタシの前途を支える礎として、一つ」
――振り下ろし剣の柄から放していた左の手を右脇腹の横を通して、触れる。鎧に、流し込む魔力で負荷を掛け――。
「頂戴します」
――振り向きざま。
振るわれる刃の向こうに見付けたアリエルは――。
*
――ビ、ビックリした。
それなりに近い場所で見ていたとはいえ、突如目の前に現れた相手に心底驚く。
「ヨウっ、何をしているのですかッ?」
「え。いや、その、見てと言われたので、見てました」
「ならもっと、離れた場所で見ていてくださいっ」
「けど二人とも凄いので、近くで見ないと……」
「それで、もしもの事があったら、どうするのですかっ」
「けど……」
「ともかく危ない事をするのなら、私のお願いは却下です、撤回ですっ取り下げです!」
ムム、ム。――ん?
ふと視界に、対戦する相手の動き出す姿が、入る。
「ええと、試合中……いいんですか?」
言いつつ向こうを指で差す。途端にハッとする女騎士が、歩み寄って来ていた相手の方へ振り向く。――とゴングが鳴った。
「アリエル様、次から、そちらの剣はお使いにならないほうがいいと思います」
司会の誘導を受け、戻ろうとした矢先にオールバックの騎士が女騎士に話し掛ける。
「それは、何故でしょう?」
「私としては、お母様の形見ともなるその剣を砕きたくはありません。しかし次のラウンドからは保証しかねます」
「……――ご心配には及びません。この剣はそう簡単に砕ける代物ではありませんので」
「ならば、いいのですが――」
――と言い、オールバックの騎士は戻って行く。
「その剣、ジャグネスさんのお母さんが使っていた物だったんですか?」
一緒に戻った相手が腰を下ろしたのを確認してから、聞く。
「えっと、はい。ただ正確には、代々使っている物なので、母も使っていた、と言うほうが正しいとは思います」
「なるほど」
そういえば、初めて会った時に、代々伝わる由緒正しき剣って言ってたな。
「だとしたら本当に気をつけたほうが、万が一に備えて」
自分が言うのもなんだけど。
「……――いえ、問題はありません。物はいずれ壊れます。それに道具を過剰に心配していては肝心の戦いに集中できません」
ふム。――確かにそうだ。
「それで、話は変わるのですが。私のお願いは、どうなりましたか?」
ム。
「ええと、全く分かりませんでした。具体的にドコと指定もないので、オカシナなところを見付けるというのは難しいですね」
「そう、ですか……」
と相手が考え込む顔をした。すぐ後――。
『まもなく四ラウンド目、開始のゴングを鳴らします。両選手、準備をお願いします』
――わだかまりを残す趣で、立ち上がる。
「……それでは、行ってきます」
うーん、こんな状態で大丈夫だろうか。
「とにかく気をつけて、あんまり気にしすぎ……――」
――あ。なるほど――。
「――ジャグネスさん、分かりました」
「ぇ? 何でしょう?」
ただ――。
「――時間がないので手短に言います。次のラウンド中、とにかくタルナートさんにいろいろ質問してきてください。もちろん敗けないように戦いながらです。そして、次のインターバルは席を外しますが、俺のコトを信じて戦ってください。――以上です」
「ぇ、ぁハイ、え? ぁ。ハィ……?」
まぁなんとかなる、かな。
***
ラウンド開始から相手と激しい剣戟を交わしていたアリエルの口が、若干まごつきながらも決断の末に、開かれる。
「ユ、ユーリア、さ最近は――いかがお過ごしでしょうか……?」
「……――突然なんですか……」
振るう手を止めることなく、脈絡のない質問にユーリアは言葉を返す。
「異世界での暮らしには、もう慣れましたか……?」
「……申し訳ありません、質問の意図が。――それよりもアリエル様、先ほどワタシが」
「ダ駄目ですッ、ちゃんと質問に答えてくださいっ」
と少なからず表情を赤らめ、積極的に取り組もうとする相手を見て、意向を汲む意味合いでユーリアは、調子を合わせる事とした。
「……――特に変わりはありません。六年近く経てば大体の事は日常まで消化できます」
「長く、往来するのは、ツラくありませんか?」
「当初は色々と苦労が絶えませんでした。しかし今は活動も安定して、――あえて言うなら、アリエル様と同じで、婚活に力を注いでおります」
「そ、そう、ですか。それは、その、ステキなお相手が見つかると、よいのですがっ」
「はい。ですから、ここらでワタシに勝ちを、譲っていただければ、と思います」
「……どういう、事でしょう?」
「少なくともアリエル様には、必要のないモノでは――ありませんか?」
「何を――でしょう?」
「当然、おと……――ら、楽園です」
「……何故、ユーリアに譲らなければならないの――でしょう?」
「何故って……――アリエル様には、既にお相手が」
「だ、だからこそ、行きたいと思うのは、……変でしょうか?」
「変と言うより……アリエル様に限ってそんな、ふしだらな――」
「ふしだら? 何故ふしだらなのでしょう?」
「――……マァそれに、ワタシがとやかく言う義理もありませんし。個々の恋路はそれぞれの、価値観に寄り添った考え方が……」
「義理? 価値観? ユーリア、貴方は何を……?」
「勘違いしないでくださいね。ワタシは、アリエル様の味方ですんで」
「ぇ。ぁ――ハイ……? ――えっと、それでユーリア、貴方は誰と?」
「マァ帰りは分かりませんが、行きは当然一人です」
「そう、ですか。私はヨウと二人で行きたいと」
「洋治さんと二人ッ? ア、アリエル様、ナニを考えてっ」
「ぇ勿論、一緒に……ッキドキドに」
「ギトギトッッ? ――い……いつのまに、そこまでの改革を……洋治さん」
「……ヨウジさん? ユーリア、貴方はヨウのことを、そう呼んでいるのですか?」
「え、はい。そうです……けど?」
「いつの間にでしょう。――ヨウの承諾を得て、ですか?」
「あの、先日……ワタシが勝手に」
「会ったのですね? 私の知らぬ間に、何処で? 何故?」
「エ、はい。それはでも……」
「ちゃんと質問に、包み隠さず、答えてくださいネ」
と不気味な笑みを浮かべて近づくアリエルから、ユーリアは思わず後退る。
*
何故かは分からないが。――白熱してるなぁ。――と、いつしか手を止めて話し込んでいる二人を見て、思う。
まあ、おかげで直ゴングも鳴るし、いいか。




