第26話〔え えらいこっちゃ〕⑦
「試合中はできませんので、ちゃんと集中してくださいね」
直に始まる試合を前にリング上で頭頂を自分に向けてしゃがんでいる女騎士から撫でていた手を離し、言う。
「終わったら、またしてくれますか?」
下向きだった顔を上げ、真面目な面持ちで相手が聞いてくる。
「いいですよ。ただしそれを理由に集中できず怪我をしたら、怒るかもしれませんよ?」
「ぅ。ヨウに怒られたら私、……死んでしまいます」
そんな大げさな。――けど。
「なら、怪我をしないように集中して臨んでくださいね」
「分かりました……――あ、でも、あと一撫でだけ……?」
ふム。
しまった。――対戦相手も怪我しないように、と言うのを忘れていた。
『せ、戦闘の続行が不可能と判断し本戦一回戦の第三試合勝者は、アリエル・ジャグネス選手となります』
そして、一切反応する事無く、しかもドコを攻撃されたのかすら全く分からない一瞬で敗けた唯一の男性選手が台上で伏す姿を背景に、目の前でしゃがんでいる女騎士が待ち遠しそうな声で自分の名を口にする。
よ、よーしよし……。
試合開始と同時に終わった第三試合の後、直ぐに放送で次が招集され。結果、控室に戻る途中の通路で出くわす。
「この前は、ありがとうございます。おかげで出店は繁盛した上、無事に終える事もできました」
「……――それはよかった」
平静な口調で、髪を全て後ろになで上げた騎士が述べる。
「試合、頑張ってください。怪我とかをしない程度に無理はせず」
そう言った後に、実力からして失礼だったかなと思う。
「お心遣い感謝します。しかし最終的に楽園を手にするのはワタシですので悪しからず」
ム。
「それは……ハイ、優勝した人のモノですから自分は特に気にはしません」
「……――それならよかった」
ム?
「ところで何故さっきから洋治さんはアリエル様の頭を……撫でているんですか?」
正直そろそろ腕がだるい。
オールバックの騎士と別れ、控室の扉を開けた直後――。
『本戦一回戦、第四試合が終了しました。本戦準決勝、第一試合に出る選手は速やかに試合場までお越しください』
――切迫した状態を作り出す報が場内で流れる。
あ、マズい。
「ジャグネスさん、終わったら戻ってきますので休んでいてください」
「ぇ? あ、ハイ……」
よし、急ごう。
そして、やや息を切らし間に合った試合場にて。
『ええ、本戦準決勝、第一試合に出る予定だった選手が先の二試合を見て運営に棄権を申し入れました。よって本戦準決勝の第一試合勝者は、ホリ・ホック選手となります』
お、おお……。
『並びに本戦準決勝、第二試合に出る選手には速やかに試合場までお越しいただきます』
ああもう。
そうして、更に息を切らし戻った会場内の分かれ道で待っていた女騎士と合流する。
「あ、待っていてくれたんですね」
「はい。えっと、……大丈夫でしょうか?」
自分の様子を見て、心配そうな顔と声で相手が言う。
「とりあえずはまぁ。ただしばらく撫でるのは、休憩で」
実際、筋肉痛になりそうだし。
「ハ、ハイっ。私ちゃんと我慢できます。ですので、ご安心くださいっ」
どういう意味の安心だろう。――などと思っていると。
「ァ。――汗……、……こんな所でナニを?」
自分とは反対の道から来た対戦相手の騎士が、自分達を見、言いつつ目を細める。
――その流れから、一緒に行く事となり。横並びになって三人、自分は真ん中、で試合場へと歩く。
「そういえば、タルナートさんも毎年出てるんですか? この大会に」
「……――そうですね、去年までは」
と物静かに相手が答える。
「去年まで? けど今年も……?」
「ワタシとしては去年を最後に、以降出場はしないつもりでした」
「なら、どうして?」
「マァその、らくえ――賞品に目が眩み」
其処は正直に言うんだな。
「ドキドキの楽園というやつですか?」
返事を待つかたわら、若干話し相手に寄った視界の端で女騎士の耳がピクリと動く。
「そうです。何か問題でも?」
言い方には凄みがあるものの、明らかに恥じらっている。
「……ないですけど。ちなみに誰と行くかは決めてるんですか?」
「誰? 決める?」
ム。
「一緒に、旅行に行く相手です」
「……――その相手を見つけに行くんです」
えっ現地調達。
「ときに何故アリエル様が出場を?」
「え? いや、大会は自由参加ですし。それに去年も出てたのでは?」
「マァそうですね。アリエル様の腕前なら出たくなる気持ち、ワタシには分かります」
あ――そっか。
「タルナートさんは去年、ジャグネスさんに勝ったんですよね」
「ェ、ァ、マァそうですね」
やや慌てた感じの返答に、デリカシーのない発言をしてしまった事に気づき。咄嗟横目で女騎士を見る。しかし特に変わった様子もなく、オールバックの騎士が居る方に顔を向けていた。
――聞こえてなかったのかな?
「そして生憎ですが、今回もワタシの勝ちで終わります」
ム。
「どうして、そう思うんですか?」
「前回の試合で直接本人に申し上げましたが。アリエル様には決定的な、弱点が存在します。それを克服しない内は何度挑まれたところで、結果はそうそう変わりません」
「弱点……?」
「聞かれたところで答えられませんよ」
それはそうか。――と女騎士の方へ再び目を向ける。案の定、様子は変わっていなかったが何処か一点を見つめている様にも見えた。
ム?
***
「さすがのわたしも、ダメ騎士が決勝戦までいくとは思わなかったわ」
準決勝の二試合目が行われる前、選手が現れる合間に、座ったまま石台を見下ろしている少女が、いつもと変わらぬ口調で預言者に向け、述べる。
「それだけ良い介添人ということでしょう」
「にしても、ダメ騎士が勝つってのは腑に落ちないわね」
「おそらく守る事に専念したのが功を奏したと思われます」
「どういうコトよ? 普通はあんなにナグらせたら調子づくもんじゃないの?」
「おや。その辺の知識をご存知なのですね?」
「……――そういうのはいいから、早く答えなさいよ」
「これは失礼しました。――私が知り得た情報の中に、王国騎士団九番隊の隊長は片刃刀による反撃を主な攻撃手段として用いる、とあります。詰まるところ相手の得意分野を封じた、と言っても過言ではありません」
「へぇ。――で、なんでアンタは、そんなことを知ってるわけ?」
「こう見えて趣味人なもので」
「……ようするに、暇人なんでしょ」
「おや失言でした。しかし、ここ最近になって趣味に生きる時間が増えたのは自明の事実でしょう。何しろ不毛な騎士を進歩させるほど優秀な人材に恵まれたのですから」
「ま。当然、否定はしないわ。でも、扱いには気をつけなさいよ。職権乱用は、他の反感を買うからね」
「無論、心得ております」
「どーだか」
救世主と呼ばれる少女が皮肉まじりに呟く。
*
『では両選手、一ラウンド目の開始位置へ。武器を構えたのち、合図で試合を始めます』
それを聞いて、わざわざリングから降りて自分と話していた女騎士が一度司会の方を見てから、自分に微笑む。
「それでは行ってきます」
「はい、行ってらっしゃい。気をつけて。――あ。そういえば、ジャグネスさん」
「はい? 何でしょう」
振り向こうとした体を戻し返事をする相手に、申し訳ないとは思いつつ、気になっていたことを質問する。
「来る途中、どうしてタルナートさんのことを何も言わずに見ていたんですか?」
「え。ぁ、えっと……白髪があったので、つい……」
そういうのは、長く見つめると失礼だよ。




