第23話〔え えらいこっちゃ〕④
「おそらく次からは、かなり厳しい内容になると思いますが、――もし続行なら、どうしますか?」
審議の結果を待つ間、これまでのラウンドを基に述べる。
「どうして厳しいと分かるのですか?」
石台に腰を下ろし、場外側に脚を出している短髪の騎士が関心を持った顔で聞き返してくる。
「詳しい事は分かりませんが。ここまでの試合、隊長さんは本気を出していないと思うんです。ホリーさんは、どう思いますか?」
「ワタシはそんなコトはないと……――」
――が言い終わった直後に相手がナニかに気づいた様な仕草を見せる。
「……ヨウジどのはどうして、そう思うのですか?」
ム。
「ええと、一ラウンド目はそもそも剣を一本しか使ってませんでした」
最終二本にはなったが。
「そして二ラウンド目は、一方的に攻撃していたにもかかわらず決め手を欠く、と言うかは要所要所でホリーさんの動向を見守っている様にも見えました。ただ最後は明らかに終わらせようとしていたので、次からはやり方を変えてくるはずです」
「な、なるほど……――言われてみれば、たしかに……」
「正直ホリーさんのやる気を害したくはありません。けど、いつまでも続けられる内容の試合でない以上は、そろそろ結論を出さないと後の祭りになります」
「あとの祭り? あっ、今夜は魔火ですね!」
いや、そういう話では。
『――お待たせいたしました。審議した結果を発表いたします。二ラウンド目、終了間際に起きた場外落下の判定は、ゴングが鳴ったあと、と判断しました。よって今から一分の休憩をはさみ、三ラウンド目を開始いたします』
ふム。
「――どうしますか? 言い難いのなら、自分が」
「まっ待ってください、少し考えさせてくださいっ」
「それはいいですけど――」
――時間が。
そして日頃を知ってる身としては、何故こんなに頑張るのかと思う。
――平生、誰かの為や仕事上で直向きな努力をしているところはよく見掛ける。しかし自身の事となると、食欲を除き、積極性のなさが目立っていた。たぶんその理由は――。
「ホリーさん、ひとつ提案があります」
――無差別に嫌われる事を怖れる原因となった過去に在る。
「ぇ? あ、はい。なにですか?」
「もし棄権したくないのなら、次のラウンドは、なにがなんでも耐えてください。その代わり、四ラウンド目で勝つ方法を考えてみます」
「え、……勝つ? 勝つのですか?」
「正確には見込みがあるかを考えてみる、という意味です。だから無ければ、そう言います。で棄権しましょう。勿論、三ラウンド中に敗けても俺は気にしませんし棄権するのも自由です。――どうですか?」
「それでいきましょう! 凄くイイ案ですっ」
と短髪の騎士が言ったところで。
『まもなく三ラウンド目、開始のゴングを鳴らします。両選手、準備をお願いします』
ただ一番の問題は。
「――ホリーさん、さっきも言いましたが、厳しい試合になると思うので……――頑張ってください」
置いていた剣を取って立ち上がる相手に言う。
「はい。うまくいくかどうかは分かりませんがヨウジどのの話を聞いて少し考えも浮かんだので、いろいろとやってみます」
ム。――それはそれで不安だ。
***
「にしても、男にフラれたくらいでキレルなんて、こどもね」
三ラウンド目が開始したと同時に試合を観戦しながら少女が改めて述べる。
「おや。その口振りからして救世主様は失恋経験がおありでしょうか?」
「……――ないわよ。わたし、実りのない恋愛はしない主義なの」
「それは詰まり、いずれ略奪すると?」
「なわけないでしょっ。――気持ちの先は、向かう対象が居なくなったからって、じぶんに都合よくは向かないの。それに奪ったところで、虚しいだけよ」
「誠に奥深い言葉であります」
「……――アンタは、どうなのよ? それなりに数はこなしてるんでしょ」
「いえいえ私は恋に奥手でしたので、絶賛初恋中、とだけ申し上げておきます。もちろんお相手はヒ・ミ・ツですよ」
と言いつつ口の前で指を振る相手に呆れた表情で応対する少女が、繰り広げられる試合場の戦いに――。
「ま、悪くないわね」
――遠回しの小さな声援を送る。
***
舞う刃の連撃を受け止めきれず間合いを離し窮地を脱したホリが三度場外を背負う。
次いで、今回のラウンドから手数に加わった突き上げる切っ先が追い撃つ。とそれを交差させた剣の中央で挟むように掬い上げ、軌道を変えて、出来た退路に短い髪の騎士が身体を逃がす。も見当を付けて放たれた二本目の突きが――。
「どぁッ」
――驚きのあまり思いがけずグイっと挟んだ刃を引き寄せた騎士の顔、すれすれを通る。
「ひっ」
そして体勢を崩す相手には目もくれずリング中央へ慌ただしく逃げるホリが足を止めて振り向いた時には、対戦するベネットは何事もなかったかのように立って敵の方を向いていた。
更に攻撃の手を緩める事なく前へ出たベネットに、武器を構え直し――。
「たっ隊長、今のはっ」
――顔の向きから最後の突きが自身を視界に捉えていないにもかかわらず精確に放たれた疑問をホリは発する。
「バカが、言う訳ないだろ」
とベネットは斬り掛かりに言う。その上で一撃目を受け止めたホリに二撃目は振るわず。
「お前のほうこそ、なんだその剣の使い方は? やはり私をバカにしているのか?」
言って質問の答えを待たず二撃目を振るい、ベネットは相手を一歩、二歩と後退させる。
「――こ、これは、先日異世界へ行った時にハシと言う物を見て、思いつきましたっ」
さがった所で再び剣を構え直す相手の思わぬ言葉に次の行動を反射的に抑え、出来る限り興味があることを悟られないよう表情を作って、ベネットは口を開く。
「い、……異世界に行ったのか?」
「はい、先週行きました」
「なんでお前が」
「ええっと、ヨウジどのが異世界人なので、なりゆき上です」
「……なりゆき」
と視線を伸ばし――。
「――あの方は……異世界人なのか?」
「はい、ヨウジどのは異世界人です」
「そん――そのような方と、どうしてお前が」
「ヨウジどのはジブンが転属した部隊の隊長なんです。なのでいろいろとよくしてもらってます」
「い、いろいろとよくし……――お前っ、時間と場所をわきまえて発言しろ!」
「え。なにですか?」
「なにって……ぁぅ、――もっもういい! お前が騎士という立場を忘れッ男と現を抜かしていたのはよく分かったっ」
「え? いや、ヨウジどのはジャグネス騎士団長の婚約者で」
「なら尚更ダメだろッ何を考えているんだお前はっ、婚約中の者と――っ」
「ごッ誤解ですっ、ジブンとヨウジどのはまだナニもっ」
「うるさいッたとえ何もなかったとしても、男と居るだけで十分に腑抜けだッ」
「そんな――ぁ。それなら隊長だって男性とお付き合いしてるじゃないですかっ」
途端にピタリとベネットの動きが止まり。次いで、過去の経験からくる不審を感じたホリの口から――。
「隊長……?」
――危惧した声色が出る。と片刃刀が小刻みに震え、その持ち主が湧き上がる感情を抑制しつつ。
「お、お前に、私の。――お前の、せィで」
「ぇ、あれ? もしかして隊長、別れちゃったのですか?」
「だったら……なんだ?」
「スミマセン。ジブン、そうとは知らず……」
「だろうな。たとえ知っていたとしても、お前に、私の苦しみを欠片も分かってもらいたくはない」
「そ、そうですかっ。あっでも、愚痴をぶちまける相手がほしい時は言ってください。ジブンそういうのは慣れっこなので」
「……――そうか。なら、お言葉に甘えて、ぶちまけてやろう」
顔を横に傾け、切っ先を相手に向けて押し殺した声で言い、ベネットは微笑む。
「ぇ? あ、え? 隊長……?」
*
ラウンド終了まで残り一分を切った頃、できれば続けてもらいたかった流れから一変して一方的な攻め手と守り手のせめぎ合いが始まる。
それにしても、変わった剣の使い方だな。まるでハサミみたいだ。
で試合を観つつ、困る。
ああ、どうしよう。なんにも思いつかない。




