第22話〔え えらいこっちゃ〕③
お、おお……。――凄い。
はじめて見た時と同様に大凡を目で追い観戦する中、純粋に感嘆する。
――想像していたよりも遥かにちゃんとした試合の展開。無論徹底した守りの姿勢ではあるものの、互いに出した一本の剣がぶつかり――時に空を斬る流れは、セコンドという立場を忘れて見入ってしまう。
が攻守の立場を変えずに続いていた膠着状態を切り開くよう攻め手が攻撃の動作に沿って新たな刃を、光を伴い、出す。
それを、観ているこっちが肝を冷やす程に既の所で守り手が躱す。と更なる追撃が体勢を崩した短髪の騎士に。
***
胸部の的ではなく首を狙って放たれた一撃を紙一重で避けた後、台上に手をついて尻を床に落としたホリに迫った刃が、銅鑼の音を聞き、目前で止まる。
そして、二本となった曲がった片刃刀を手元に戻しベネットは襟の裏で舌打ちをした。
「隊長……?」
剣先が曲がっていなければ届いていたであろう恐怖より相手から感じる殺意の様なものに不安を抱き、ホリは意図せず呼び名を口に出す。
「お前のような者に二ラウンド目を要するとは、この上ない恥だ。やる気がないのなら、次が始まる前に去れ」
次いで見下す相手の反応など待たずに取って返すベネットの姿を立ち上がりながらホリは眺める。
*
短髪の騎士が戻ったのを確認した司会が口を開き――。
『では一分休憩をはさみ、二ラウンド目からは、その場での開始となります』
――と、マイクの様な物を下ろす。
さて。
「どんな感じですか? さっき、なにか話してるようにも見えましたが」
なんとなく思案している様子の相手に、率直な意見を求めるつもりで聞く。
「はい、ヨウジどのの指示に従い守る事に専念しているおかげで普段より戦いやすいです。ただ一本で二本を防ぐのは、やはり難しそうです」
ム。
「無理なら、危ない目に遭う前に棄権しましょう」
正直、見た目的な効果は既に十分果たした気がする。
「いえ大丈夫です。まだやれます。次はヨウジどのが言ってたように、ワタシも二本で」
「そうですか。……――ええと、続けるかどうかの判断は余程の事がない限りホリーさんに任せます。けど、どうして急にそんなやる気を?」
「え? ぁ――ええっと、なんだか楽しくて」
何故か恥ずかしそうな顔で頭を掻き、いつもとは違う雰囲気で騎士が言う。
「……楽しい?」
「はい。――……ワタシ、騎士としてジブンは価値のない存在だと思っていました。でも今は頑張ることでヨウジどのに喜んでもらえる、そう思うとナゼか楽しい気持ちになります。なので、もう少しだけお付き合いくださいっ」
ム。
『まもなく二ラウンド目、開始のゴングを鳴らします。両選手、準備をお願いします』
それに反応して、目の前の台上で立っている短髪の騎士が試合場の方を見る。
「ホリーさん、何はともあれ無事に。俺も出来るだけの事はします」
言うと、二本目の剣を出して手に持った相手がこっちを見。
「はい、必ず帰ってきます。のでヨウジどのは待っててください」
あ、そういうのも言わないほうが。
***
王の為に用意された椅子で空間を持て余しながら堂々と腰を下ろし二ラウンド目の状況を高所から観ている少女が、近くで同じように試合を観戦する預言者に話し掛ける。
「ね。なんか変じゃない?」
「ホリーの意外な頑張りについてでしょうか?」
「……それもあるけど。わたしが言いたいのは、この試合のコトよ」
「なるほど。どういった点を不審と、お考えでしょう?」
「さっきから観てたら、ダメ騎士の対戦相手、殺す気満々じゃない?」
「大会の規則上は問題ありません」
「でもこれ、お祭りでしょ……」
「おや、救世主様はホリーの生死を厭わぬ発言をしていたと記憶しているのですが」
「あくまでも事故死よ、事故死。――だいたい、ただ殺されてナニが面白いのよ」
「必死になって愛嬌を振りまくというのは、得てして難しいものなのですねェ」
「ま。じぶんにとっては美談でも、傍から見れば悲劇よ。だったら、せめて喜劇にして、周りに配慮すべきじゃない」
「――やや思い入れを感じる発言にも聞こえますが?」
「余計なことは気にしないのが、乙女のマナーよ」
「おや私の事を乙女などと、そのような」
と言いつつ口元に手を当てて照れて見せる預言者に、少女は呆れ顔で応対する。
「――して救世主様は、何故マリアがホリー相手に牙を剥くのかをお知りになりたいとは
思いませんか?」
「……マリアね。ま、いわ。知ってるんだったら、モチロン教えなさいよ」
少女が、話したそうにうずうずしている相手に言う。
*
一ラウンド目に続き、二ラウンド目も徹底した守りで対処する短髪の騎士が攻め手から逃げるように後ろへ二度跳んで距離を空ける。と少し間を置いてから、再び軽やかな動きで迫る刃を構え直した刃が防ぐ。そして――。
あ、マズい。
――後の無い状況での押し合いとなった。
***
刃を中央で交差させ、二本の刃を縦に受け止めたホリの背に場外がジリジリと近づく。
「いい加減にしろっ……私を、バカにしているのか?」
疑う余地のない勝ちを捨てた姿勢。忠告を無視する思い上がりの態度。そして、あまつさえ人真似に転じるという揶揄に、当初は死なない程度の恐怖を与える予定で事を済ませる積もりだったベネットの心中は逆巻いていた。
「なんとか言ったらどうだ……――ホリっ」
しかし、返答する余裕のない相手からは何も返らず。それを理解しても、余計に起こる怒りが押し切ろうとする力を強める。
「鬱陶しいだけなら見なければいい、面倒なら関わらなければいいっ。だがお前はいったいなんだッ、無害な顔でこれといった目的も持たず自分を垂れ流す! 私にとってそんなものは害虫でしかないッ! さっさと、駆除されろ――!」
次いでベネットの怒りが場外へと押し出される。
***
「なに、それ。ただの逆恨みじゃない?」
と預言者の話を聞いた少女が感想を述べる。
「仰るとおりです。まァやり場のない乙女心が行き着いた先の結果でしょう。私が思うに、恋愛とは歳を重ねるごとに慎重なものとなり、あげく縋り付きます。当然その労力は後になればなるほど端的には言い表せません」
「へぇ。それって、体験談から、てコト?」
「おや。私をそこらの乙女と御思いで?」
「じぶんで言ってれば世話ないわよ」
「ほほう、なかなかに味のある言い表し方ですね」
そう言って感心した途端に、ラウンド終了の銅鑼が鳴り響き――。
「おや、きわどい」
――話しながらも終始試合を観戦していた預言者が判断に惑う。
*
『これより審議を行いますので、しばらくお待ちください』
司会の女性が、ラウンドの終了際に起きた場外判定に伴う待機時間を宣告する。
ふム。
「どうなるかは分かりませんが、危ないところを怪我もなく済んで、よかったです」
と帰ってきた後、浮かない顔でリングに座っている短髪の騎士に言う。
「はい……、どうもです」
ム。
「どうしたんですか?」
そういえば、さっきもなにか話してるように見えたが。
「あの、ヨウジどの……」
神妙な面持ちで相手が口にする。
「はい? なんですか」
「ワタシって、虫みたいに見えますか……?」
なんらかの虫の知らせか何かだろうカ。




