第21話〔え えらいこっちゃ〕②
試合場に向かう道すがら先刻思い付いた事を短髪の騎士に提案する。と驚く様に焦る素振りで相手が。
「そッそんなの無理ですっ。ワタシの実力で隊長の攻撃を受けきるなんて、――だいたい手数からして圧倒されますっ」
「なら、ホリーさんも剣を二本使えば――なんとかなりませんか?」
「なりませんなりません、逆に隊長を怒らせて猛攻になります!」
ふム。
「なにも全て剣で受ける必要はありません。試合中逃げまわって、攻撃も一切しなくていいです。ということなら、どうですか?」
「え……えっと、攻撃しなくていいのですか……?」
「はい。一度たりとも、し返さなくていいです」
「……それだと、絶対に勝てませんよ?」
「そうですね。――ホリーさんは攻撃と防御、どっちが得意ですか?」
「どちらも不得意です」
自信満々に言わないで。
「そうしたら、普段戦っている時はどうやって攻守を?」
「相手の攻撃を受けてから、斬れそうなら斬ります」
「では今回は斬れそうでも斬らずに、守る事を徹してください。たぶん、いつもより守りやすいはずです」
「それはそうですけど……――勝たなくていいのですか?」
「勝つな、とは言いません。けど勝たなくてもいいですよ」
「どうしてですか……?」
「目的はホリーさんが無事に試合を終える事です。勝ち敗けとかは二の次ですね」
「そ、それなら試合に出ず棄権したほうが」
「単純に、それをしたら少なからずホリーさんは非難されます。避けるには相応の結果、頑張る姿を観てもらうしかありません」
「でも逃げ回る姿を観せたら余計に……」
「かもしれません。けど、放棄するよりは笑いも起きるかもしれませんし、きっとマシにはなるはずです」
と言った途端に、隣を歩いていた騎士が立ち止まり。反応して、やや進んだ場所で足を止め、振り返る。
「どうしたんですか? いちお急いだほうが」
外の光が差し込む通路の先に指を向けて言う。
「ヨウジどのはいったい、何がしたいのですか?」
今まで一度も見たことのない真剣な表情をして、相手が聞いてくる。
「質問の……――どういう意味ですか?」
「ヨウジどのはセコンドとして試合場に出る意味をきちんと分かってません。ワタシが試合で逃げ回れば、皆はそう指示されたと思いますよ」
ああ、なるほど。
「別にいいですよ。むしろ非難が半分になったら嬉しいくらいです」
「嬉しい? 責められる事がですか?」
「ホリーさんに非難が集中しない事が、です」
「……――それは変です。ヨウジどのが優しいのは知っています。それでも、得の無い事に平気で関わろうとするのは、特別変です」
ム。
「得が無い訳ではないですよ。ホリーさんの為になるのは俺にとっても望ましい事です。それと、平気だとは思わないでください」
「平気ではない? ヨウジどのが、ですか」
そう言う短髪の騎士に顔だけでなく体も向け直し。
「自分はホリーさんみたいに忍耐強くもなければ、ジャグネスさんの様な強さも持ってません。そして預言者様や鈴木さんと違い、多くの人を助ける事だって出来ません。だからと言って、無理に役立つ積もりはないです」
「え、でも……?」
「何がしたいのかは自分でも、よく分かりません。ただ平気でないから、何かをしたくなる時が来るんです。それを特別変だと言うなら、結果的に得るモノも特別で。そしてもしそれが辛い事だったら、空いた気持ちを埋めるのは得別な感情だと思います」
「……――ヨウジどのにとっての、特別な喜びと言うのは?」
ム。
「今回の場合だと、ホリーさんが無事に帰ってくる事ですね」
と言ったところで時間が気になる。
そろそろ行かないと、失格に。
で急ぐ旨を伝えようとした矢先、握り拳を作り相手が決定の意思を声を上げ言葉にする。
「どうしたんですか、急に……」
「ワタシは決めました。一番や二番ではなく、特別になろうとっ」
「え。あ、はい……、ちなみにどういう意味で……?」
「ええっと、今直ぐは説明できませんが、ともかくヨウジどのに喜んでもらう為、いまから行う試合に集中しますッ」
ふム。――まぁそういう事なら、下手に触れないでおこう。
『それでは本戦一回戦の第二試合を始める前に、的をお渡しいたします。両選手、私の所にお越しください』
石台の中央で司会の女性が、そう告げる。
「ではちょっと行ってきます」
台に片足を乗せた姿勢で、短髪の騎士が振り返って言う。
「はい。自分はここで待ってますね」
そして、出てきた通路を背に四角いリングの傍で立ち、騎士の動向を見守る。と向かい側に居た同じ騎士の恰好をした対戦相手が少し遅れて台上に上がったのが見えた。
***
どうぞ。と司会から手渡された大きめの缶バッジに似た大会では馴染みの的を表裏見て、つけ方を確認したホリが踵を返そうとした丁度その時、やって来た対戦相手に声を掛けられる。
「しばらく振りね、ホリ」
挨拶を先延ばしにしようと思っていた訳ではないが、自身にとっては急な社交の始まりであったが為に気持ち驚きを挙動に出しながらもホリは話し掛けてきた相手に体の正面を向けて顔を見る。――と。
「あれ、隊長――その髪は……?」
自身とさほど身長の変わらない相手の髪がたを見て、ホリは更に胸中で驚く。何故なら以前は長かったものが見て直ぐに分かるほど短くなっていたからだ。
「そんな事はどうでもいい。――あそこに居る方は?」
そう言って、紫色を帯びた黒い髪を小さく揺らしホリの後ろへ隊長が視線を伸ばす。
「ええっと、ヨウジどのはジブンのセコンドです」
「二人の関係は?」
「え、ヨウジどのとジブンのですか?」
「それ以外に何がある」
ホリを睨む様に目をキツくしてベネットが言う。
「……ヨウジどのとは、転属先で知り合いました……」
「まさか男女交際する仲ではないだろうな?」
「へ。――ままっまさかッ、ヨウジどのはジャグネス騎士団長の婚約者ですよっ。そんな真似をしたらッいくら加護があってもたりませんっ」
「なに、騎士団長の……。――まあいい。お前のような者が男を連れて現れただけでも十分に罪だ。罪には罰を与えねばならん」
言い終わり、長く作られた服の襟を鼻骨まで伸ばしベネットは顔の表面を半分以上隠す。と次いでホリに背を向け、始まりの位置へ戻って行く。
そうする相手の後ろ姿を見ながらホリは、主に日焼け止めを目的として行っているという噂を思い出す。
『ぁ、待ってください。まだ的を渡してません……』
*
戻ってきた短髪の騎士に。
「なにかあったんですか? お話してたみたいですけど」
それに、なんとなく見られた気もする。
「ええっと、隊長がなにを言いたかったのか分かりませんでした。ただツミが、いえバツがどうと……」
全く以て意味が不明だ。
すると戻ってきた騎士がしゃがんでからリングの外に脚を出し、台に腰を下ろす。
ム?
敢えて質問はせず、様子を窺っていると手に持っていたバッジのような物を胸当ての真ん中あたりに押し付けた相手が次に手を離した時には吸着する様に物がくっ付いていた。
おお。
そして束の間バッジの中心部分が赤く光り、忽ち山なりにやや膨らんでガラス細工を思わせる見た目で硬質化する。
お、おお。――凄い。
「これでよし、と。――ん?」
でこっちを見たことで目が合った相手が、何故か頭を掻きつつ頬を染め。
「……ヨウジどの、ワタシのチチなんか見ても大したことは、――見るならジャグネス騎士団長か、預言者さまのほうが」
なにを言ってるんだ、この人は。
『では両選手、一ラウンド目の開始位置へ。武器を構えたのち、合図で試合を始めます』
ム。
「ホリーさん、とにかく無理はしないでください。先ずは凌ぐ姿勢を貫きましょう」
目の前のリング上で試合が始まるのを待っていた短髪の騎士に言う。と剣を一本出して手に持った相手が自分に振り返り。
「はい。ワタシ、この戦いを無事に終えて特別になりますっ」
あ、そういうのは先に言っちゃダメ。




