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預り屋  作者: 蒼斗
8/20

 約束をした。あの子と、僕と、二人だけの約束。

 秘密の花園、というわけではないけれど、僕とあの子の場所。

 あの子は覚えているだろうか。幼さ故に許された言葉を。約束を。二人だけの秘密を。


 穏やかに揺れるシロツメクサの群生の中に、幼い二人の子供が座り込んでいた。

 少女の手には、シロツメクサやタンポポといった、白と黄で彩られた未完成の花冠。長いこと子供の体温に触れていたからか少しくたびれてしまっている。

 すぐ横で絵本をめくる少年の視線は、絵本と少女の横顔を行ったり来たりしている。

 時折強く吹く風が、一足先に次の生命へと繋ぐ種子を持った真っ白な綿毛を巻き上げ、少年たちの知らない土地へと運んでいく。

 それを追って視線を空へ向けた少年は、綿毛が見えなくなると急に本を膝に置き、手の届くところにあったシロツメクサを一本摘み取った。茎が長く残るように摘んだそれを、小さな体で隠しながら形を変えてみる。思い通りにできたのか、ニッコリと表情を明るくした。

 両手でそれをふんわりと握って少女の名を呼んだ。ちょうど花冠の端と端を繋ぎ終えた少女は、できたばかりのそれを頭にのせたまま少年の方を振り返る。小さな少女には大きかったのか、若干ずり落ちている。

 少年は一つ大きく息を吸い込むと、少女の瞳を真っ直ぐに見据えて口を開いた。


「おおきくなったら、ぼくとけっこんしてください」


 言葉と共に手を広げて少女に差し出した。手のひらにはシロツメクサで作られた指輪。

 少女は少年の瞳の奥を覗くように見返す。くもりのない二つの瞳がぶつかる。

 少女は左手を差し出した。少年は少女の細い薬指にその指輪を通す。少年の手が離れると、少女は自分の頭の上に乗っていた花冠を外して少年の頭にのせた。

 言葉はない。けれど、伝わっている。

 どちらともなく笑いあった二人を見ていたのは、暖かい光で二人を包んでいた太陽と、周りで咲きほこる花々だけだった。



 *



 この場所で決して色褪せることのない花冠と、同じシロツメクサでできた指輪を見る。棚の奥にひっそりと寄り添うようにあるそれらを隠すように、シキは手前に大きなガラスのケースを置いた。

 この預りモノの持ち主たちがどうなったかは知らない。けれど、あの時、手を繋いでここにやってきた二人の笑顔が、今も互いに向けられていることを願う。

 店主は明るい茶の瞳を閉じた。






 ここは「預り屋」。

 預けたいものなら何でも預ります。それが形あるものでも、無いものでも、何でも。

 

 あなたの大切なもの、ずっと残したいもの、『預り屋』に預けてみませんか?


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